第52話 別に

 澪にメールで確認したら、女性の友達三人が一緒でも問題ないとのことだった。


『別にいいけどー……』


 最初、こんな感じの微妙な反応だったのはなんだろうか。

 ともあれ、来週は五人で遊ぶ運びに。

 それはそうとして。

 午後八時半過ぎにお開きとなり、俺は最寄り駅まで夢衣と流美を送った。なお、七星の家は近所なので、一人でさっさと帰っていった。

 そして、改めて家に帰ってきたのだが。


「……七星、何してるの?」


 マンションのエントランスに、七星が一人で立っていた。帰ったんじゃなかったのか?


「家の鍵なくしちゃった。泊めて?」

「はぁ!? 何言ってるんだよ! なんかすっごい嘘っぽいけど、本当だとしても他の友達のところに行けよ!」


 あのにやにや笑いは嘘を吐いたり冗談を言っているときの表情。鍵はなくしていないはず。


「あたし、他に友達いないの」

「……七星、本当に平気で嘘吐くよなぁ」

「聞いたことない? 女は呼吸を吸うように嘘を吐くって」

「聞いたことはある。けど、七星が今それを言っていいのか?」

「いいのいいの。あたし、性格良いキャラで通してないもん」

「性格は……まぁ、悪くはないけどな」


 嘘を吐くにしても、七星は人を傷つけるようなことはしない。むしろその場を盛り上げるように適当なことを言っているだけで、ある意味他人を楽しませるための言葉を紡いでいるだけ。

 性格が悪い人は、人を傷つけたり貶めたりするもの。そうじゃない七星は、きっと性格が良いと言っても問題ないくらい。


「それで、鍵をなくして路頭に迷っちゃいそうなあたしを、燈護は見捨てるの?」

「見捨てはしない。……じゃあ、とりあえず一緒に鍵を探そうか?」

「そうだね。たぶん、燈護の部屋の中だから、入れて?」

「おい……。そのまま居座る気だろ」

「正解」

「それ言っちゃっていいの!?」

「細かいことは気にしない気にしない。ほらほら、さっさと部屋に入れてよ」

「随分と偉そうな態度だ……」


 本当に入れて良いものか。っていうか、そもそもなんで戻ってきた?


「なぁ……なんで戻ってきたんだよ」

「ねぇ、それ、本当に言わないとわかんないの?」


 にやにやを引っ込めて、七星が真剣な顔で俺を見る。

 いや、察していないわけではない。そんな都合のいいことありえないと思っていて、勘違いするなと自分に言い聞かせているだけで。


「えっと……でも……」

「夢衣と流美がわざわざ家に来た理由も、言われないとわかんない?」

「……勘違いじゃなければ、もしかしてこういうことなのかなと思うことはあるけどさ」

「戸惑うのもわからないわけじゃないよ。燈護にしてみれば急な変化だろうし。けどさ、もう皆の気持ちなんて明らかじゃん? 女はシビアで身勝手な生き物なんだから、特別な関心を持ってない男の部屋になんて来なよ」

「……そうなのか」

「当然でしょ? もう小学生じゃないんだし、男の部屋に単身でも乗り込むってのは、あなたに抱かれてもいいですっていう意思表示だよ」

「そう、なのか?」

「それくらいの気持ちがないと、男の自宅で二人きりになんてならないよ。そりゃーね、ガチで友達にしか思ってない男女が、お互いの家に気軽に出入りすることはゼロじゃないよ? でも、それはむしろイレギュラー。全体の一割未満のはず」

「そっか……」

「つーことで、あたしを部屋にいれてちょーだい?」

「今の話を聞いたら、部屋には入れられないよ……」


 部屋に入れるってことは、関係を一歩進めましょう、という合図になってしまう。

 俺は七星のことが好きだけど、それはまだ恋愛感情としてじゃない。……たぶん。どうだろう。自信はない。


「あたしじゃ、ダメ?」

「ダメとかじゃなくて……」

「まだすぐには決められない?」

「まぁ、そう、かな」

「三人同時だもんね。仕方ないか……。じゃあわかった。ここはぐっとこらえて、今夜は何もしないって誓う。だから部屋に入れて?」

「おい、何がわかったんだ。何もわかってないだろ」

「うるさいなぁ、もう」


 七星が俺に近づき、そのまま……ぎゅっと抱きついてきた。

 女性の柔らかさを感じ、爽やかな香りも鼻腔をくすぐる。


「部屋に入れてって、言ってんじゃん」

「お、おう……」

「燈護と離れたくないの。一人で部屋にいると寂しくなるの」

「……そう」


 急に乙女になってない!? 七星、こんなキャラだったっけ!? もっとボーイッシュで、別に一人でも平気ですけど? みたいな態度を取る人じゃなかった!?


「何もしてくれなくていいよ。側にいてくれれば、それで十分」

「……ああ、もう、わかったよ。本当に、泊めるだけだからな?」

「うん。それでいい。ありがと」


 話はついたはずなのに、七星は離れてくれない。


「……部屋に来ていいから、そろそろ離れてくれない?」

「部屋に行ったらハグできないじゃん。もう少しこうしてたい」

「……七星はいつの間にそんな乙女になったんだよ」

「燈護はあたしの何を知ってるの? あたしは男勝りじゃないしさばさばしてないし爽やかでもない」

「そう……。色々、勘違いされやすいのかな」

「あたしはさ。いい人でいられるときもあるよ。そうなれないときもあるよ。男っぽい雰囲気になることもあるよ。女っぽい雰囲気になることもあるよ。……それじゃ、いけない? あたしは、誰がいつ見ても、一貫してあたしらしいって思われるようなあたしじゃないとダメ?」

「……そんなことはないさ。誰しも性格に振れ幅はある。色んな一面を持って、それが寄り集まったのが一人の人間」

「良かった。燈護はわかってくれて。まぁ、女なんてこんなもんだよ。一貫して超いい人ってことは、たぶんない。そういう風に体もできてる」

「そうか……」

「一緒に暮らしてみれば、どういうことかわかるよ。一緒に暮らしてみない?」

「それは、また別の話……」

「そう。今は無理強いしない」


 七星は離れない。人が来るかもしれないから、俺はあまり落ち着かないぞ?


「早く離れろって思ってる?」

「正直言うと、少し」

「痛っ。足を踏むなっ」

「正直に言い過ぎ。罰として部屋に入ってもぎゅってするわ」

「罰って言うよりご褒美だな……」

「望めばもっといいご褒美が手にはいるよ?」

「遠慮する」

「ちっ」

「本気の舌打ちやめて」


 程なくして、どうやら落ち着いたらしい七星が俺を解放。


「じゃ、そろそろ行こうか。今夜は寝かさないぞ?」

「いや、寝るよ。明日普通に平日なんだから……」

「ちっ。ノリの悪いやつっ」


 本当に部屋に入れて良いのだろうか? っていうか、俺、押しに弱いな……。

 自分自身に呆れながら、七星を部屋に案内するのだった。

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