第51話 好み
三人の話が落ち着いたところで、夕食の準備をすることに。
といっても、俺は相変わらず何もすることがなく、流美と夢衣がキッチンに立った。
恐縮しながら待つことしばし。
滞りなく料理が出てきて、食卓に四人分のハヤシライスとサラダが並んだ。
食べてみるとやはり美味しくて、幸福な気分になれた。女性の手料理っていいなぁ……。料理は女性がすべきだなんて偏見はないけれど、作ってもらえるのは単純に嬉しい。
食事も終え、午後八時手前。
明日はそれぞれ学校があるので、そろそろお開きにした方が良いのかなと思ったのだけれど、そういう雰囲気でもなく。
「燈護ってさ、結局どんな人と付き合いたいわけ?」
七星に尋ねられて、答えに迷う。夢衣と流美にも注目され、少し気圧されてしまった。
「うーん……正直、具体的なイメージはないというか……」
「大学内に気になる相手とかいないわけ?」
「そうだなぁ。大学内の話で言うなら、雪村花恋さんとか?」
「……うわ、いかにも童貞っぽい趣味」
「仕方ないだろ。俺は女性に慣れてないんだよ」
雪村花恋は、学部、学科、学年が同じで、大和撫子タイプの女性。綺麗でおしとやかで、男性を立ててくれそうな人だ。
ただし。
「あの子、彼氏いるよ」
「知ってるよ。高校も同じなんだってね」
「なんだ、知ってたのか。……ネトリ趣味があるってこと?」
「違うって。最初見たときにちょっと気になった程度で、雪村さんと付き合おうとか考えてるわけじゃない」
「なんだ。じゃあ、気になってないじゃん」
「まぁ、眺めるだけで満足かなぁ」
「うわ、変態だっ」
「……眺めるだけで変態扱いは酷い」
「どうせこっそり写真撮って、十八禁画像とコラージュとか作ってるんでしょ?」
「偏見が酷い! 世の全ての男がそんなことしてるわけじゃないからな!?」
二人で話していると、流美が言う。
「雪村さんとは、どんな女性ですか?」
「ん? 写真見る? ほら、燈護、見せてあげなよ」
「俺が盗撮してる前提で話すな」
「しゃーない。あたしがこそっと撮ったやつを……」
「七星が盗撮してるのかよ!?」
「嘘嘘。たまたま写り込むように角度を調整して自撮りしただけ」
「それはたまたまとは言わないだろ!?」
「細かいことは気にしなーい」
七星がスマホを操作し、写真を表示する。どんな盗撮画像が出てくるかと思いきや、ごく普通に七瀬と雪村含む女性四人の写真だった。場所は学食。
「……なんだ、普通に仲良さげだな」
「つか普通に友達だし」
「さっきの会話はなんだったんだ……」
「あたしは意味のない嘘も吐く女なのさ」
「なんだそれ」
雪村の写真を見て、夢衣と流美が髪をいじりながら唸る。
「ロングの黒髪、優しそうな顔、清純そうな雰囲気……」
「男性の理想を詰め込んだような女性ですね……」
「っていうか、これ、桜庭澪さんタイプじゃないの?」
「桜庭澪さん……? うちのお店でいつもトップランク入りしてるあの人ですか……?」
「そうそう。燈護君、最初に遊んだのが桜庭さんなんだって。そこで色々教えてもらったらしいよ。服装とか髪型も全部、桜庭さんのアドバイス通りだって」
「へぇ……。既に桜庭さん色に染まりつつあるということですか……」
二人から鋭い視線を向けられる。俺、なんか悪いことした……?
一人、にやにやしているのは七星で。
「そういえばタイプは同じだよねぇ。じゃあつまり、燈護は雪村推しっていうより、桜庭推しなわけだ? 確か写真持ってたよね? あの写真もう一回見せてよ」
七星に乞われて、俺は大人しくスマホを操作。三人がスマホを覗き込むのが少々気恥ずかしいが、それはさておき、圧倒的に流美の写真が増えてしまったので探すのが大変……。
「うっわ。どんだけ流美の写真撮ってるの!?」
「燈護君のスマホが流美さん色に染まってる……。っていうか、待ち受けも流美さんだった……。少し前はあたしだったのに……」
七星が呆れ、夢衣は憎々しげな顔。夢衣には悪いことをした、のか……?
「えっと……後で待ち受けは夢衣に戻しておこうかな……」
「そのままで構いません。燈護さんはわたしの写真が気に入ったのでしょう?」
「燈護君! あたしの写真、待ち受けにするって約束したよね!?」
「ええっと……」
流美の写真が気に入ったのは確か。ただ、夢衣の写真より気に入ったというわけではなく、単に気分転換的に変えただけ。
そして、夢衣は、自分の写真を待ち受けにする必要はないと言っていたはずで……。
「はいはい、しょーもないところで喧嘩しないの」
七星が割って入ってくれて、場が落ち着く。助かった。
画面をスライドしまくって、ようやく澪の写真に行き着いた。
まだ一ヶ月前なのに、随分と懐かしく感じる。
「綺麗な人だよねぇ。モデルか女優にしか見えんわ」
「うぅ……この人にはかなりの格の違いを感じる……」
「美しい人ですね。性格も非常に良いと評判です。……燈護さん、諦めましょう。彼女は燈護さんの手には余ります」
「いや、俺も澪とお付き合いできるとか考えてるわけじゃないけどね? 憧れは確かにあるけど、あくまで恋人代行として仲良くしてもらえれば十分。来週土曜日に会う予定で、もしかしたらそれが最後になるかもなぁ……。予約も取りづらい人だし、自由に出来るお金も少なくなってきたし……」
澪は、俺の中で特別な存在だとは思う。しかし、諸々の理由でさらにまた来月も会うかどうかはわからない。まだまだ教えてもらいたいこともたくさんあるが、身近な七星や夢衣から学んでも良いのかもしれない。
「ふぅん……燈護と桜庭、来週会うんだ?」
「最後と思って、燈護君がハメを外す可能性も……?」
「……油断は出来ませんね」
三人がうむむと何かを思案。そして、何を言い出すかと思いきや。
「ねぇ、あたしも桜庭に会いたいな。そのデート、あたしも混ぜてよ」
「……できればあたしも」
「それならわたしも」
「ええ? 五人で会うってこと? それ、規約的にどうなの……?」
二人きりのデート以外で恋人代行を利用してはいけません、という規約は確かにない。問題はないか……?
思案する俺に、流美が言う。
「特に問題はないと思いますよ。わたしも、恋人代行として、お客さんと共に彼の友達のパーティーに参加したことがあります。それと似たようなものでしょう」
「それもそうか……。だったら、いいのかな……」
「あとは燈護さんの気持ち次第です。桜庭さんと二人きりのデートをしたいのか、わたしたちと一緒でも良いと思うのか」
三人からじっと見つめられる。
澪と二人きりでデートしたい気持ちはある。楽しかったもんな。
ただ……五人で過ごすというのも、楽しいかなと思う。二人きりのデートなら、その気になればまたできないわけじゃない。五人で集まるのは、もうこれっきりになるかもしれない。
「……わかった。俺はそれでもいい。澪にも訊いてみるかな……。けど、皆、予定は空いてるの?」
三人が頷く。夢衣と流美は特に恋人代行としてのお仕事が入ってるかと思ったが、そうでもないんだな。
俺の心を見透かすように、夢衣と流美が言う。
「恋人代行ってね、そんなにしょっちゅう予約が入るもんじゃないんだよ?」
「そうですね。お客さんから選ばれるのも一苦労です。ただ、わたしに関しては、来週の土曜日はたまたま個人的な用事のために空けていたので問題ありません」
「そっか。ならいいか」
「ちなみに、個人的な用事というのはコスプレ衣装の制作です。急いではいないので問題ありません」
「あ、なるほど」
ちょっと気になっていた疑問も解決し、とにかく五人で遊ぶ運びになった。
一体どうなることやら……。
楽しい一日になればいいけどなぁ……。
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