第50話 牽制
「なんで七星まで来てるのー!? っていうか、そっちの女は誰なのさー!?」
十五分後、夢衣を玄関で出迎えたところ、開口一番に叫ばれてしまった。
「あ、二人がいるの、伝えてなかったか」
「なんにも聞いてないよ! せっかく二人きりだと思ってたのに!」
「いやいや、流石に二人きりになるんだったら、あんなあっさり受け入れないよ」
「うう……乙女の純情を弄ばれた……」
「……俺、なんかやらかした……?」
「やらかしてるよ! バカァ!」
夢衣がポスンと俺の胸を殴ってくる。痛くはない。むしろ可愛い。
「えっと、ごめん?」
「疑問系! もういいよ! 燈護君はどうせそういう人だよ!」
「ちょっと夢衣ー? 近所迷惑だから静かにねー」
のほほんとした雰囲気で七星が指摘して、夢衣はふんすと息を吐く。
「失礼しました! っていうか、七星はいつからここにいるわけ?」
「昼前くらい」
「裏切り者ー! 今日は友達と遊ぶって言ってたくせにー!」
「そういう夢衣も一人で部屋に来てるじゃん。女の友情なんて信じちゃダメだってば」
「くぉー、なんも言えねーっ」
「ま、とりあえず落ち着いて中に入りなよ。……そのバッグの中身については、訊かないでおいてあげるからさ?」
「うっ」
夢衣は、普段よりも少し大きめのバッグを背負っている。何かいつもと違うものが入っているのか……?
まぁ、訊いちゃダメな雰囲気だから、訊かないけど。
夢衣を中に案内し、改めて夢衣と流美を引き合わせる。
「えっと、流美さん。今日、多少話してはいましたけど、こちらが時雨夢衣。俺と同じ十八歳です。
それで、夢衣。この人は、昨日初めて会った恋人代行の碧沢流美さんだよ」
「昨日会ったばかりの恋人代行が家に来てるってどういうこと!? 燈護君、どんな弱みを握ったの!?」
「俺をなんだと思ってるんだ……? 弱みなんて握ってないよ。まぁ、説明するから、とりあえず座って」
「はぁ……。燈護君の部屋から女の人の匂いがするよぅ……」
妙に落ち込んだ様子の夢衣を室内に案内し、座布団を渡して座らせる。座卓を囲み、四人で並ぶことになった。
「あ、っていうか、もしかして椿鳴歌さんですか?」
ここで夢衣が何かに気づき、はっとする。
「ええ、そうです。ご存じでしたか?」
「はい……。所属先も同じですし、髪の色が特徴的ですから……。紹介写真、顔は隠れてましたけど……」
「確かにこの髪色は他にいませんね。ただ……申し訳ありませんが、わたしはあなたのことはちょっと……」
「いいですいいです! 気にしないでください! あたしなんてまだ始めて一ヶ月のド新人ですから!」
こんな一幕がありつつも、夢衣と流美にそれぞれのことを改めて紹介した。
それから、夢衣が溜息混じりに言う。
「あたしが言うのもなんですけど、恋人代行って、プライベートで会うのはダメなんですよ?」
「ええ、そうですね。せいぜいばれないように致します」
「しれっと言いますね……」
「こういうのはばれなければいいんですよ。先生と生徒の恋愛と同じです」
「その例えはどうかと思いますけど!? ばれなくても先生と生徒の恋愛は良くないと思います!」
「だからこそ燃えるんじゃないですか」
「なんか体験談になってません!? まさか本当に!?」
「ご心配なく。友達の友達のお話です」
「まさか、友達の友達はすなわち自分です、とか言いませんよね……?」
「……おや。とっさにそれを思いつく方がいらっしゃるとは」
友達の友達は自分……?
あー、友達のそのまた友達じゃなくて、A君とB君が友達なら、A君の友達はB君だし、B君の友達はA君。A君から見て友達の友達とは、B君の友達であるA君自身である可能性があるわけか。ややこしい。
「……碧沢さん、本当に先生と付き合ってたんですか?」
夢衣がおそるおそる尋ねると、流美はふふと不敵に笑う。
「さぁ、どうでしょう?」
「……まぁいいです。これ以上は訊かないでおきます」
「時雨さんには少し早いかもしれませんね。……ただ、恋人代行で知り合った男性と仕事以外で会うのが良くないのは確かです。お店にばれたら罰金を払わされることになっています」
「……ですよねー。碧沢さん、怖くないんですか?」
「お店側はわたしたちのプライベートまで管理しているわけじゃありません。よほどへましない限りばれませんよ。
そもそもその罰則は、男性側が恋人代行に入れ込みすぎて暴走しないようにするための予防措置。あるいは、お客と恋人代行が直接金銭のやりとりをしないようにするためのもの。
トラブルに発展しない限り、お店側もいちいち取り締まりはしません」
「……そんなもんですかね?」
「会社は無駄なことをしないものです。ただし、お仕事のメールで、プライベートの接触を匂わせるような言葉を書いてしまうのはダメですね。いっそ、もうお仕事では会わない方が良いかもしれません」
「そうですね……」
夢衣は複雑そうな顔。
ここで、ふと七星が意地悪そうに笑う。
「んー、話を聞いてる感じ、あたしがお店側に現状を通報したら、二人って結構ヤバいのかな?」
ピクリ。二人が反応し、すっと冷めた顔で七星を見る。
「……あたし、七星のこと信じてるよ?」
「……わたし、せっかく出来たお友達に酷いことはしたくありませんよ?」
「わぉ、想像してたより視線が冷たいや。ま、あたしもそんなつまんないことはしないから安心して。言ってみただけ」
「うん……。あたし、七星を信じる……」
「良かったです。……七星さんがいなくなったら泣いてしまう人も、たくさんいると思いますので……」
「……流美のセリフにホラーの匂いを感じるんだけど、過去に誰にも言えない事件とか起こしてないよね?」
「起こしてません。準備段階で皆さん改心してくださいますから」
「それちゃんと冗談だよね!? あたしは流美のこと信じてるからね!?」
ふふふふ、といつもより黒くて深い笑みで、流美が七星を牽制。
雰囲気がまるっきりホラーだけど、彼女なりの冗談なのだと解釈している。そうでないと困る。
それはそうと、女性三人が集まると、俺が会話に入り込む余地がなくなるなぁ。
俺、ちょっと外にでも出ていた方が良くない? ここにいて大丈夫?
しばし、三人がまだまだ終わりの見えない会話を続けるのを、肩身の狭さを感じながら眺めることになった。
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