第49話 親睦
二人の雰囲気が良くない。でも、俺は二人と恋仲なわけではないし、浮気云々と責められることもない……よね?
ただ、世の中の二股男子は大変だろうな、と思う。付き合っている二人がはち合わせなんて、俺なら耐えられそうにない。
ほどなくして流美の料理も完成し、三人で食卓を囲むことに。家にある座卓は円形をしており、等間隔で座った。
なお、途中で七星も少し食べたいと言い出したので、流美は渋々といった様子だが三人分用意している。
「いただきます」
まともな手料理なんて久しぶり。メインとなる鶏肉のトマト煮を食べると、適度に酸味が利いてとても美味しい。
「美味しいなぁ。流美さん、料理得意なんですか?」
「得意とまでは言いませんよ。困らない程度に嗜む程度です。本格的な料理まではできません」
「そうでしたか。けど、適度にできるって大事ですよね。俺は最低限のことさえなかなかできてないので尊敬しますよ」
「……その手が治ったら、料理をお教えしましょうか? よほど不器用でなければ、料理もそう難しいことではありません」
「いいんですか?」
「ええ、いいですよ。だいたい、燈護さんは彼女を作りたくて恋人代行で予行練習をされてるんでしたよね? 女性としては、彼氏が最低限の生活能力を持っていないと嫌だと思ってしまうものです。難しいことはできなくて良いので、基本は学びましょう」
「……そうですよね。料理は女性がするものなんて時代ではありませんし、男の側も色々と身につけなきゃですね」
しかし、この分だと俺の手が治っても流美は俺の部屋に来るつもりなのかな? ありがたいことだが、距離感が掴みづらいな。どういうつもりなのだろう?
ここで、もそもそと食事を進めていた七星が言う。
「これ、美味しいね。燈護、碧沢さんから色々学んで、あたしに食べさせてよ」
「それは、まぁ、食べてくれる人がいたほうが張り合いはあるけど……」
「よっしゃ。毎日ここ来るわ。あたしの食生活は燈護の努力にかかってるから宜しくね?」
「おいおい、毎日来るつもりかよ。それは流石にたかりすぎ」
「いっそ一緒に暮らしてみる? そしたら燈護があたしにご飯作ってくれるのも自然だし?」
「……はい?」
七星はにやにやしながら俺を見つめている。これ、からかわれてるよね?
「燈護がご飯作って、あたしは後かたづけ担当。他にも、掃除とか洗濯とかはあたしがやったげるよ。これでお互いに負担軽減、ハッピーじゃない?」
「いや、話を進めるなよ。そういう関係じゃないだろ?」
「そういう関係になればいいんじゃないのー?」
うん? それはつまり?
パンッ、と流美が強めに手を叩き、思考が途切れる。
「何を勝手に話を進めているのですか? そんなことは許しませんよ?」
流美が冷ややか目で七星を睨む。
「うわ、容赦なく冷たい視線っ。そういうのは女しかいないときにした方がいいんじゃない?」
「……この後、少々お時間いただけますか?」
「こっわ! ねぇ、燈護、この人怖いよー。助けてー」
「反応しづらいところで話を振るなよ……」
「だからこそじゃん? もうあたし怖くて燈護の傍から離れられなーい」
七星がかわい子ぶっているのを、男の俺はまぁ可愛いとも思ってしまうわけだけれど。
流美の視線は相変わらず冷ややかなんだよなぁ。俺もちょっと怖い……。
「えっとー、とりあえず、せっかく美味しいご飯があるんだから、素直に美味しくいただこうよ。ね?」
「はーい。ごめんね、碧沢さん。あたし、性格悪いもんで、ついからかい過ぎちゃうの」
「……まぁ、根っからの悪人とは思っていませんよ。陰湿さは感じませんから、ちょっと苛つく程度です」
「んじゃ、後で連絡先教えてよ。コスプレもやってるんでしょ? 興味はあったんだよねぇ。色々教えてくんない?」
七星があっけらかんと距離を詰めたことに、流美がきょとんとする。
「……
「そう? 別にただの人だよ」
「なかなか珍しいタイプです。……複雑ですが、嫌いではありませんよ」
七星はニシシと愉快そうに笑い、流美が軽く溜息を吐く。
七星って、不思議なやつだ。喧嘩しているように見えて、いつの間にか人との距離を縮めている。
本人は自分を性格悪いと言っているけれど、本当はそうじゃないし、変に取り繕わないから、嫌いにはならないんだよなぁ。
空気も一転し、明るい雰囲気で食事と会話が進む。
とても楽しくて、七星が来てくれて良かったと思う。俺と流美だけではここまで盛り上がらなかっただろう。
食事が終わったら、七星が皿などの後片づけをした。俺も手伝おうと思ったのに、怪我人は大人しくしていろと命じられてしまった。
それも終わったら、主に七星と流美がおしゃべりに花を咲かせた。俺は少し場違いな感じがあったので、隅の方でひっそりとお笑いのネタ作りに集中。
せっかく女性が二人も部屋にいるのに何やってんだという感じもあるけれど、俺のことは眼中になさそうだったので空気を読んだのだ。決してただへたれただけではない。
二人の会話を聞き流したり、時折会話に入り込んだり、一緒に動画を観たり。二人が下の名前で呼びあうようになるのも、そう時間はかからなかった。
そうこうするうちに、午後五時を回った。
休日が終わってく気配に寂しさを感じていると、スマホがメッセージを受信。夢衣からだった。
『今から燈護君のおうちに行ってもいいかな?』
「今から……?」
「お、夢衣から? ふぅん、事前に連絡してくるとか偉いじゃん」
無遠慮に画面を覗き込んできたのは、当然七星。
「おい、勝手に画面覗くなよ」
「いいじゃんいいじゃん。代わりにあたしのブラ紐見せてあげるから」
「その交換条件はずるい! スマホのやりとりなんて全部見せてしまいたくなるなないか!」
「んじゃ、はい。ちらっ」
「へ?」
七星が本当に指で襟を引っ張り、レモン色の可愛らしいブラを覗かせた。ってか、ブラ紐どころかカップまで丸見えなんだけど!?
あまりの衝撃に、目を見開いた上に口をぽかんと開けてしまう。
「ちょっと! はしたないですよ!」
流美が七星の襟を元に戻し、魅惑の布地が見えなくなってしまう。
「流美は細かいねぇ」
「普通です! 男性にいきなり下着を見せるものではありません!」
「仕方ない。流美の前では控えるか」
「わたしの前以外でも控えてください!」
「あ、それより、夢衣も来るの? もうパーティーでもやっちゃう?」
「はぁ……。本当に七星は……」
ケラケラ笑う七星、呆れる流美。
俺はまだ心臓がバクバクしている。
「あー、えっと……まぁ、来るって言うなら、拒む理由はないよな」
夢衣が来たところで、修羅場になるわけもあるまい。
むしろ、女性三人にとって良い出会いになるのではなかろうか。
『来てもいいよ』
端的に返信して、スマホを置く。
俺の日曜日は、もう少し続くようだ。
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