第48話 竜

 とりあえず、それぞれの自己紹介を済ませつつ、七星に状況を説明した。昨日のデートの全容もある程度話し、特にシュンタの下りは念入りに伝えた。


「ふぅん……。なるほどね。状況は理解した。燈護、お疲れ様。碧沢みどりさわさんを守ったことは、立派だと思う」

「えっと、まぁ、そういうことだから、俺は何も悪いことはしてない」

「わかってるよ、そんなの。燈護は悪いこととかしないでしょ」

「うん……」

「それでもさー、碧沢さん。あんたがここにいるの、まずいんじゃないの? 仕事で知り合った相手とプライベートで会うなんてさ?」

「……ええ、そうですね。本来なら禁止されていることです」

「じゃあ、もう早く帰れば? あとのことはあたしがやっておくから」

「そうはいきません。わたしのせいなんですから、わたしが責任を取ります」


 二人がじっと見つめ合う。……睨み合う?

 先に、溜息と共に視線を逸らしたのは七星で。


「そういうことなわけね?」

「ええ、まぁ。おそらくご想像の通りです」

「あ、そ。もういいや。好きにすれば?」

「……ええ、そうします」


 流美が拍子抜けした顔。七星は特に気にせず、続ける。


「そんで、お詫びに碧沢さんはご飯を作ろうとしていたわけね?」

「そうです。そして音海さんは……一緒に食べようと食事を買ってきた、と」

「そーだよ。あたし、料理得意じゃないし。勝手に買ってくるのもどうかとは思ったけど、燈護は基本的に好き嫌いないって聞いてたからね」

「苦手でも料理をした方が、男性的には嬉しいと思いますよ?」

「知ってる。けど、あたしは無理しないようにしてるんで。無理が必要な人間関係はすぐに破綻するからね」

「そうですか……」


 ふふ、と流美が淡く微笑み、七星がむっと不機嫌顔。


「燈護、この女はやめておきな。絶対性格悪いよ」

「性格悪いってことはないと思ってるけど……」

「ふん。たった一日の付き合いでわかることなんて高が知れてるっての」

「……それを言うなら、七星はまだ二十分程度……」

「はいはい。わかったわかった。買ってきた分はあたしが勝手に食べるから、燈護は美味しい手料理をお食べ。あ、場所は借りるね」


 七星は隅に置いてあった座布団を取り、座卓の前に座って食事を広げる。既に小慣れた感じがあるけど、うちに来るの初めてだよね?

 いや、それはそうと、七星を放置しておくのも良くないよな……。


「……七星、一人で全部食べるつもり?」

「食べないともったいないし?」

「実は元々一人で食べるつもりで、俺が羨ましそうにしてるのをあざ笑うつもりじゃなかった……?」

「どれだけひねくれ者だと思ってるわけ!?」

「いや……実のところ、だいぶ。突然やって来たのも、俺が一人で男の時間を楽しんでるのを、妨害するつもりだったんじゃないかと……」

「あ、それはちょっとある」

「あるの!?」

「当然訪問して、なんか赤い顔して股間隠してたら面白かったのに」

「ひねくれ過ぎだろ!? 男の純情をなんだと思ってる!?」

「むしろ見られて嬉しいくせに、何言ってんの?」

「嬉しくないけど!?」

「はいはい。そういうことにしておいてあげる。ってか、もうあたしのことはいいから、そっちの相手してあげてよ。女子高生を見つめるあんたみたいな目をしてるじゃない」

「どんな目だよ!?」


 振り返ると、流美はすこーし暗い顔で俺を見つめていた。睨んでいるというか、抑えがたい感情を内に押し込んでいるというか。


「ほら、欲情を必死に抑えてるあんたみたいな目じゃないの」

「それは流美さんに失礼だよ!?」

「失敬失敬。……ほんと、あたしのことはもういいからさ。せっかく遊びに来たのに、変にギスギスするのも、燈護を追いつめるのもつまらないでしょ」

「……その、食べきれない分は残しておいてよ。俺が食べるから」

「わかった。そーする」


 七星の方は落ち着いて、再び流美と向き合う。


「えっと、なんか変な空気になっちゃって申し訳ない。ぶっちゃけジャンクなフードより流美さんの手料理の方が食べたいから、今日は宜しく頼みます」

「ジャンクなフードで悪かったな!」


 ティッシュの箱を投げつけられてしまった。痛くはないが、悪いことをしたとは思う。流美を立てれば七星が立たず。どうしろと?


「……随分と仲が宜しいんですね」

「どうでしょう? 俺が相手して貰ってる感じだと思いますけど」

「あまり見せつけないでください。……歯止めが利かなくなります」

「歯止め……?」

「とにかくご飯を作ります。燈護さんは、しばらくわたしの傍で見ていてください」

「あ、はい……」

「くれぐれも、不必要にあの方に近寄らないように」

「はい……」


 よくわからない指示を出されて、俺は流美の傍でその料理の様子を見学することに。

 流美が料理を進める中、軽く尋ねてみる。


「ちなみに、今日のメニューはなんでしょうか?」

「メインは鶏肉とジャガイモのトマト煮です」

「へぇ、美味しそうですね。一人暮らし始めて一ヶ月以上経ちましたけど、自分ではまともに料理もしなくて……。そういう料理らしい料理、すごく楽しみです」

「……それは、良かったです。あと、他にも総菜を少々購入していますから、併せて召し上がってください」

「ありがとうございます」


 ここで、ちょっと意地悪な調子で七星が口を挟む。


「ふぅん、手料理って言っても、出来合いのものも買ってくんのね」

「……ええ、そうですよ? 色々作るのは大変ですし、時間もかかり過ぎます。少々偏見があるかもしれませんが、全ての料理を手作りするのは、よほど料理が好きな方か、ただの暇人です。

 わたしはほどほどに料理ができれば良いと考えますし、暇を持て余しているわけでもありませんから、総菜だって利用します。

 音海さんは、まさか全て手作りすることが素晴らしいなどとは思っていませんよね? その発想は、女性は家に入って家事全般を請け負うのが当然、とされていた時代のものだと思いますよ?」

「……ちっ。口の達者な女だこと!」

「あなたは口の悪い女性ですね」


 ちっ、と七星が舌打ち。

 間に挟まれる俺は非常に居心地が悪い。……俺、どうすればいいのかね?


「燈護さんは……ああいう粗暴な女性がお好きですか?」

「粗暴って……。確かにお嬢様な雰囲気はないけど、接しやすくていいと思ってますよ」

「……わたしは接しにくいですか?」

「そういうわけではないです。流美さんの穏やかな感じも落ち着きますよ」

「……燈護さんは浮気者ですね」

「ええ? そうですか?」

「まぁ、いいです。あまり問いつめても雰囲気を壊すだけですから」


 話をしながらも、流美の料理は進んでいく。器用なもんだなぁ。俺、会話しながら他のことをできないもんな。


「ねー、とーごー」


 間延びした感じで、七星が俺を呼ぶ。


「ん?」

「暇だからあんたの見てるエロ本とか見せて」

「急になんでそんな話になるんだよ!?」

「暇を持て余したらムラムラしてきた」

「はぁ!?」

「冗談だって。そんな騒がないでよ。あたしは燈護に構ってほしいだけなんだからさ」

「……構ってちゃんか」

「女は全員、構ってちゃんなのだよ」

「偏見が酷い……」

「そーでもないけどね。……けどま、燈護も大変だね。こっち見てあっち見て、落ち着く暇もない」

「……かなぁ」

「今はいいけどさ、最終的には……まぁ、いいや」

「最終的には……?」

「うっせ。訊くな」

「おう……」


 七星は何を考えているのか?

 俺の問いには答えず、むしゃむしゃと美味しそうにハンバーガーを頬張る。

 一時はどうなるかと思ったが、険悪なムードにはならなくて良かった。本当にそうなのかは不明だとしても。

 このまま無事に一日を過ごせれば良いのだが……。

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