第46話 side 椿鳴歌

side 椿鳴歌


 初対面の印象は、『意外と普通の人だな』というもの。

 中高一貫の男子校に通い、十八までろくに女性と関わったことがないのであれば、もっと何かをこじらせた人なのだろうと思っていた。

 しかし、まず外見でおかしなところはなく、むしろ普通に好印象。

 言葉を交わした感じも、特に変なところはない。

 拍子抜けといえば、拍子抜け。

 恋人代行とその客、という距離感を明確にするため、最初は余計に素っ気ない雰囲気を出したけれど、そんなことをする必要もなさそうな人だった。ちょっと優しくしただけで、自分はこの人に好かれているのかも、なんて勘違いはしないだろうと思えた。

 特別に魅力的ではないけれど、こういう人と付き合うと、平和で楽しい恋愛ができのかな、と思った。


 それから一日過ごして。

 不思議な人だなと思った。

 真面目な人かと思ったら、意外とひょうきんで面白い。

 ゆったり構えているかと思ったら、いざというときには力強さを見せる。

 たぶん過剰に優しい上に、人を想う熱い心もある。

 今まで彼女がいなかったという割には、わたしへの接し方は自然体。

 詳しい話は聞いていないけれど、ここ一ヶ月以内に女性と接する機会が増えたらしいから、それで女性にも慣れたのだろうか。

 少なくとも、女性とそつなく話せる程度の場数は踏んでいるみたい。

 なんでこの人に今まで彼女がいなかったのだろう? とさえ思うようになった。

 長いこと男子校で過ごしてきたから、というのはわかる。でも、もし身近なところで女性と接点があったら、恋人の一人くらいはできていただろうと思う。

 燈護の性格だと、いい人止まり、ということもたくさんあると思う。

 それでも、燈護を好きになる人は、決してゼロじゃない。

 ……わたしだって、そうなのだから。


「この仕事で人を好きになることはないって、思ってたのにな……」


 燈護と一緒の夕食を終えて、今日のデートももう終わり。わたしがお手洗いから席に戻ったら、燈護とはさよならしなければならない。

 ご飯、美味しかったな。

 都心駅近くにある、和食の料理店。

 今日のデートはほぼわたしがプランを考えたけれど、最後だけは燈護が候補を出した。その中でわたしの好みの場所ではあるから、美味しいのは自然なこと。

 でも、燈護と一緒だったから、余計に美味しく感じたのだろう。

 時間が過ぎるのが惜しかった。

 ゆっくり食べたって、終わりの時刻は決まっているのに、無駄に時間をかけて食事をした。


「……また、誘ってくれるのかな?」


 わたしから燈護を誘うことはできない。

 燈護から誘ってくれないなら、もう二度と会うこともない。

 会えないなんて嫌だ。切に思う。

 お仕事をクビになろうがなんだろうが、燈護とプライベートでも関わっていたい。


「……はぁ。なんでよりによって、お客さんを好きになっちゃうかなぁ」


 燈護を好きになった決定的な理由……というのは思いつかない。

 強いて言えば、あの危うい人からわたしを守ってくれたことで、燈護の印象がかなり変わったと思う。想像より力強い人だとは感じた。

 かといって、それで恋に落ちたとかではなくて……燈護の言動の一つ一つに、少しずつ惹かれていったような気がする。


「……燈護の傍に、いたいな」


 わたしは、元々あまり自分に自信がない。

 コスプレイヤーとしての自分には、それなりの人気がある。でも、あれは自分を良く見せているから人気があるだけで、素のわたしの人気とは言い難い。

 取り繕わないわたしに、どれだけの価値があるのか。考えてしまうこともある。

 素の自分、ありのままの自分、自然体の自分。そんなものに、価値はないのだと思っていた。

 けど、燈護は、素に近いのわたしにも明確に価値を見いだしてくれて、勇気づけてくれた。

 燈護が傍にいてくれたら、わたしはもっと、日々を力強く生きられる気がする。


「……燈護、右手はまだ痛むんだろうな。平気そうな顔してるけど、日々の生活に苦労してしまうはず……」


 ふと思いついたアイディア。

 こんなことをしたら、本当にクビになるかも。

 まぁ、それでもいいか。

 探せば仕事は他にもある。恋人代行をやっているのは、比較的効率的にお金を稼げるからというのも大きい。充実感もあるけれど、この仕事じゃないとダメだ、というものまでは感じていない。


「よし……。やってみよう」


 決意して、わたしは燈護の元に戻る。


「ごめんなさい、遅くなってしまって」

「いえ、お気になさらず。鳴歌さんの写真を見ていたら、時間なんてあっという間でした」

「……もう。口説いてるんですか?」


 口説いてくれればいいのに、燈護は、あくまでお客さんとしての気安さで、冗談を言っているだけだ。そんなのわかっている。


「そうですね。二回目のデートに上手く繋げられるように口説いてます。

 けど、こんなことばかり言ってると、『今日のあの勘違い野郎、マジキモかったわぁ。次とかねぇし』とか鳴歌さんに言われちゃうんでしょうね。へこむので、せめて裏アカのSNSに書き込むくらいにしてください」

「……そんなことはしません。口説いてくださるの、素直に嬉しいですよ?」


 本当に、嬉しいんですよ?

 冗談じゃなく、本気で口説いてくれるなら、もっと嬉しいのにな。


「お、そうですか? 良かった良かった。あ、っていうか、もう時間ですよね。出ましょうか」


 時刻は午後八時手前。今日のデートは、これでおしまい。

 燈護が会計を済ませて、二人で外に出る。

 あえて右手に触れると、燈護は痛みをこらえる顔。


「今日はごめんなさい。まだ痛むんですよね?」

「ええ、少しだけ。っていっても、少しだけです。心配いりません」

「正直、心配です。日常生活にも影響が出るのではありませんか? 確か、一人暮らしでしたよね? 洗濯とか、掃除とかもしづらいんじゃ……」

「平気ですよ。俺も男なんで、ある程度気合でなんとかなっちゃいますって」


 燈護は、本当に助けを必要としていないのかもしれない。でも、ここで引いちゃダメ。


「燈護さん。わたし、責任取ります」

「え? 責任?」

「燈護さんのプライベートに、少しだけ踏み込ませてください。燈護さんの生活のサポートをします」

「……え、それって?」

「これでデートはおしまいです。今夜から……というのは流石に急すぎますから、明日からでもサポートさせてください。家事など、わたしが代わりにやります」


 燈護がぽかんと口を開ける。

 わたしの立場としては、やってはいけないこと。

 それでも、理由はなんでもいいから、燈護を手放したくない。

 燈護はなんて言うだろう? 拒絶されてしまうだろうか?

 内心怯えながら、わたしは燈護の返事を待った。

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