第45話 不真面目
その後、まずはフラワーミュージアムで撮影会をした後、近くの浜辺でも撮影会をした。
澄み渡る空と海は大変美しく、鳴歌と一緒に写すと一層絵になる光景だった。
なお、たまにツーショットを撮ることもあったのだけれど、鳴歌と並ぶと、自分の姿が邪魔だなとしか思えなかった。
それなのに、鳴歌はできればその写真を残しておいてほしいと言う。鳴歌がそう言うのなら、わざわざ消すことはしないけどね。
撮影に満足したら、近くにある水族館にも赴いた。
俺からすると初めての水族館デートで、薄暗い館内を、手を繋いで歩くだけでも心地良い。
水族館を観覧しながら、鳴歌の笑顔が増えたかも、とは気づいていた。
いつも笑顔でいるわけではないし、大笑いすることもない。それでも、ぐっと雰囲気が柔らかくなったように感じられて、これもまた気分が良い。
「水族館っていいですね。鳴歌さんが海の生き物に夢中になっている間に、俺は鳴歌さんの横顔をこっそり覗けます」
途中、冗談のつもりでそんなことを言ってみたら。
「な、何を言ってるんですか! わたしより展示を見てください!」
鳴歌が妙に取り乱して、ぷいっと顔を背けてしまった。
キモい、とか言われなくて良かったけれど、この反応はなんだろう。
「鳴歌さん写真展とかどっかで開催しないんですか? 会場中、全部鳴歌さんの歴代のコスプレ写真で埋め尽くす感じで」
「そんなことしませんっ。どこのトップコスプレイヤーですかっ」
「結構人は集まると思いますよ? レンタルギャラリーとかで開いてみません?」
「開きませんっ。自分の写真だけを展示するなんて、承認欲求高過ぎですよ!」
「仕方ないですね。なら、バリエーションをつけるために、高校一年生の鳴歌さん、二年生の鳴歌さん、三年生の鳴歌さん……と、年齢ごとにスペースを区切りましょう」
「結局全部わたしじゃないですか! もう、バカなこと言わないでください!」
鳴歌は恥ずかしがるけれど、俺はすこぶる楽しい。
「じゃあ、自宅を鳴歌さん写真展にするので、歴代の写真をください。有料でもいいです」
「そ、それは……本気で、やるんですか?」
おっと? 気持ち悪いから止めてください、とでも言われると思ったが、交渉の余地ありなのか?
「写真をくださるなら、ぎりぎりまで引き延ばしてたくさん飾りますよ」
「……今の立場ではお渡しできないので、後日にしてください。名刺もお渡ししていますので」
後日であってもやってはいけないことではないかと思うのだけど、指摘はすまい。俺は真面目な人間でもないし。
「……わかりました。ちなみに、R15指定になりそうなものも購入できますか?」
「もう! 急にまた何を言い出すんですか!」
「いやぁ、男として気になってしまうものでして」
「そういうのは……あんまりありませんからね。期待しないでください」
あんまりってことは、少しはあるの? すっげー期待しちゃうんだけど。
「楽しみですね。全て言い値で買いますよ」
「……別にお金を取るつもりはありません。今日は、わたしのせいで痛い思いもさせてしまいました。今も右手は痛むんでしょう? 長引くようなら、ちゃんと病院に行ってくださいね」
「了解です」
「っていうか……燈護さん、意外とお調子者なんですね。急におかしなことを言い出して……」
「多少は仲良くなれたと思ったので、そろそろ不真面目な一面を見せてもいいかな、と。真面目一辺倒な人間だと思われるのも心外ですし」
「……それなら、わたしも不真面目なところ、見せちゃいますよ?」
「いいですよ。新しい一面、見せてください」
むすっとした顔の鳴歌が、俺を隅の方に連れて行く。それから少し姿勢を低くするように指示。
従うと、鳴歌は俺の耳に口を寄せて、聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの音量で囁く。
「次お会いする機会があるなら……もう、恋人代行は嫌ですっ」
俺にはそう聞こえたけれど、もしかしたら都合良く聞き間違えているのかもしれない。
「今、なんて……」
「二回は言いませんっ。追求も禁止ですっ。残りの展示、見ていきましょう!」
鳴歌が俺の手を引く。表情も見えない。ただ、薄暗い証明の中でも、僅かに覗く耳が赤くなっているのはわかった。
俺の聞き間違いでなければ、鳴歌は……俺と、客と恋人代行を越えた関係を求めている?
……んなわけないか。どうせ聞き間違いだろう。
それからしばし、鳴歌は俺に対して素っ気ない態度を取った。その心情を計りかねていると、だんだんと鳴歌の態度も軟化。再び、ごく普通に会話をするようになった。
「鳴歌さんが人魚コスで水槽内を泳いでるところがみたいですね」
「またそういうことを……」
「せめて水着コスで泳いでくれてればいいんですけどね」
「それはただの水着です! コスプレでもなんでもありません!」
「水に濡れても透けない水着でいいですから」
「それもただの水着です!」
「じゃあ、やっぱり人魚コスになるしかありませんねっ」
「何がやっぱりですか! 魚を見てるだけで欲まみれになりすぎです!」
「冗談ですよ。あ、魚の曲線って、ちょっといやらしい感じしません?」
「しません! もう、そんなことばっかり言ってると、違反通報しちゃいますよ?」
「うわ、それはマジで止めて! せっかくのデートが終わってしまう! 鳴歌さんにもまた会えなくなる!」
「全く……。調子に乗りすぎです。けど……また会えなくなるのは、わたしも嫌です。今回は許容範囲として、通報はしません」
「それは良かったです」
「……通報はしないので、恋人代行だとしても、また会ってくださいね」
「ええ、そのつもりです」
鳴歌の態度……。俺をお客さんとして、リピートを希望しているんだよね?
たぶん、きっと。
俺たちの関係で、お仕事の枠を越えた個人的な関係を求めているわけもない。
そうだよね?
そのはずなのだけれど。
「お願いしますね。本当に」
肉親との別れに立ち会ったような、切なそうな鳴歌の顔は、仕事で取り繕っているとは思えなかった。
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