第33話 選択

 ここで俺が選ぶべきは、七星なのだろうとは思う。

 そもそも今日は七星とのデートの日で、夢衣は不測の闖入者ちんにゅうしゃ

 七星と楽しく遊んでいたのに、それを差し置いて夢衣を選ぶなんてどうかしている。七星に失礼過ぎるというものだ。

 申し訳ない気持ちはある。でも、やっぱりここは……。


「ごめん、夢衣……」


 謝ると、夢衣が泣きそうな顔になる。

 断腸の思い……なんて初めて使うけれど、それくらいの気持ちで、俺は七星の手を取った。

 七星は意外そうな顔で、へぇ、と呟いた。


「あたしでいいの?」

「今日は七星とのデートの日だと思ってたし、もっと七星のこと、知りたい気持ちもある」

「……ま、付き合ってるわけでもないし、それで納得してあげる」

「うん……」

「それじゃ、引き続きあたしと燈護がデートするんで、あんたはもう友達のとこに帰りなよ」

 

 七星が、突き放すように夢衣に言う。夢衣は唇を引き結び、すぐには動かない。

 涙をこらえるようにして、じっと俺を見つめてくる。

 本当に……すごく胸が痛い。なんでそんな目で見る?

 動かない夢衣。

 膠着状態が数十秒程続く。俺からは何とも言えない状況で、ふぅ、と七星が溜息。


「……全く。これじゃあたしが悪役みたいじゃない。あたしの方が先にデートしてたんだけど? あたしと燈護がデートを続けるのなんて、当然のことなんだけど? ……けど、もういいよ。いっそ三人で遊んじゃう? それとも、三人が嫌だって言うなら、あたしはもう帰ろうか?」

「いや、七星が帰るのはおかしいだろ。……まぁ、三人で遊ぶってのも変だけど……」


 夢衣が俺の空いている方の手を握ってくる。


「……三人でもいい。ごめんなさい。あたしがバカなことしてるって、わかってる。でも……ごめんなさい」

「夢衣……」

「はいはい、三人で遊ぶのね。もうそれでいーよ。それでいいから、いつまでも暗い顔しないでくれる? っていうか、あんたって、燈護の待ち受けの写真の子だよね? 二回目の恋人代行のお相手。名前は? あたし、音海七星おとみななせ。今十八の大学一年」

「あ、えと、時雨夢衣しぐれむい……。あたしも十八で、大学一年。けど、え? 待ち受けの子って?」


 夢衣が俺を見る。本人には言ってなかったな。


「あ、えっと、この前の写真、待ち受けに使わせてもらってる。その写真を七星に見られて、軽くどういう関係なのかも話した」

「え? え? え!? 本当に待ち受けにしちゃったの!?」

「うん。なんか、まずかった?」


 夢衣にスマホの待ち受け画面を見せる。夢衣は恥ずかしそうに紅潮した。


「ほ、本当に使わなくてもいいのに! あんなの冗談だよ!」

「そうだろうけど、デフォルトのままだったから、ちょうどいいかなって」

「……や、止めてよ。恥ずかしい」

「あ、嫌だった? ごめん、変えるね」


 俺がスマホを操作しようとすると、夢衣ががしりと手を掴んでくる。


「か、変えなくていい!」

「え? どっち? 嫌なんじゃ……」

「嫌じゃない! 嫌じゃないから、そのままで!」

「あ、そう……?」


 はて、夢衣の言動が矛盾しているが、どうしてだろう?


「……けっ。時雨さん! ボウリング、カラオケ、ビリヤード、ダーツ……何かしたいことは!?」


 七星が不機嫌そうに尋ねる。


「あ、えっと、その中なら、カラオケかな……」

「じゃ、カラオケ行こうか。ただ、その前にコイン使い切らないと。ちょっと待ってて」


 七星が再びバッターボックスに入っていく。再び百三十キロを打ちまくるが……なんか、妙に力が入っているような。怒ってる、かな? まぁ、そうだよな。邪魔が入った、という感覚になっているだろうし。

 七星は何も悪くないのに、気を遣わせてしまって、我慢させてしまって、申し訳ない。

 何か……後で埋め合わせをしないといけないな。


「ごめん、燈護君。あたしのわがままで、雰囲気壊しちゃって……」


 夢衣がぺこりと頭を下げてくる。気まずい。


「まぁ……恋人ごっこのデートだから、こんなイレギュラーもあり、なんじゃないかな……。俺は両手に花のウハウハデートができるだけだから、謝る必要はないよ。後で、また七星にも謝っておいて」

「うん……」

「けど、どうしてわざわざ様子を見に来たんだ?」

「……燈護君のそういうところは、好きじゃないよ」

「うぇ、ごめん。俺、察しが悪くて……」

「今はそれでいいよ。それよりさ、燈護君」

「ん?」

「あたしたち、偶然出会ったんだから……お互いのプライベートのこと、もう少し話してもいいよね? どこに住んでるとか、どこの大学に通ってるとか」

「俺は構わないよ」

「良かった。それとさ。友達になっても、いいよね?」

「……その辺の機微は、俺にはわからない。俺の気持ちだけいうなら、夢衣と友達になれたら、すごく嬉しいよ」

「そっか。良かった。じゃあ、今日から友達ね?」

「うん……」


 夢衣がようやくふわりと笑った。出会いが恋人代行なのに、どこまで距離を縮めていいのかはわからない。

 けれど、夢衣と友達になれたのは嬉しいし、そのことを後悔しないようにしたいとは思う。

 それはそうと。


「えっと、今日の夢衣は、友達、だよね? 手を繋ぐのは、次回、恋人代行としてデートしてもらってるときがいいんじゃないかな……?」

「あ、そ、そうだよね!? ごめん、いつまで握ってるんだろ!?」


 夢衣が手を引っ込め、赤い顔を俯ける。俺も、顔が赤くなってそうだな。


「……ったく、ちょっと目を離すとイチャつき始めるんだから。今日の彼女はあたしなんだけどー?」


 七星が不機嫌そうな顔で出てくる。


「い、イチャついてるわけじゃない……」

「そーかいそーかい。燈護、あたしが渡したメダル、まだ使ってないよね?」

「ああ、うん」

「じゃ、それ使ってきて。打てるところに入ればいいからさ」

「返そうか?」

「……いらないよ。ってか、時雨さんと話があるから、ちょっと席外せって言ってるの。そんくらいは察しなさい」

「あ、ごめん! 悪い……」

「今日の残りのデート、全部燈護のおごりだからね」

「了解」

「ほら、さっさと行け」


 ぺしんと強めに肩を叩かれる。

 二人を残して大丈夫かな? と不安はあるが、俺はそそくさとバッターボックスに逃げ込んだ。

 情けない話……。ただ、今の状況を考えるに、浮気なんてするもんじゃねぇなぁ、とは思った。

 女性二人に挟まれるなんて、とても気が休まるものじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る