第29話 三回
事前に目的地は聞いていなかった。着いてからのお楽しみー、と言われていた。
果たして、七星が向かった先はホテルだった。察するに、いわゆるラブホである。
は?
「な、なんでこんなとこ来たの!?」
ラブホテルという名前のラブホテルは存在していない、はず。
ただ、外観と名前がなんとなくセクシーな雰囲気を醸し出している気がして、ビ
ジネスホテルではないのがわかった。
「恋人代行って、こういうとこ来ないの?」
「キスがダメなのにこういうところに来るわけないだろ!? そもそも、個室に二人きりになることさえ禁止って場合があるくらいだよ!」
「あっはっは。ってか、ここが何かわかってる?」
「ラ、ラブホ……かな? たぶん」
「おー、正解。燈護って本当に童貞? 実はプロさんと経験あるんじゃないの?」
「経験はないけど、なんかビジネスホテルと違うってのはわかるよ」
「そっかそっか。で、どうする? 入ってみる?」
「入るわけないって! 俺たちはそういう関係じゃないだろ?」
「いざというときのため、見学だけでもしておきたくない? 本物の恋人代行とは来られないでしょ?」
「……入ってみたい気持ちはある。けど、えっと……でも……」
リアルラブホをちらちら見て、しどろもどろになる俺。七星は実に楽しそうににやにやしている。
「燈護は本当に純情だなぁ。ま、部屋に入っちゃったら余計なお金もかかるし、エントランス部分だけ見学していこうか?」
「……いいの?」
「だいじょうぶだって。何か迷惑かけるわけじゃないし、エントランスまで来て、やっぱり気が変わって帰っちゃうカップルだってふつーふつー」
「……そうか」
「そ。はい、一名様ごあんなーい」
七星がぐいっと手を引き、俺をラブホ内に招き入れる。
外観も内装も、どこか艶めかしい雰囲気を感じ取ってしまう。しかし、七星が至極無邪気な笑顔でいるものだから、一人でドキドキしているのがバカらしくなってしまう。
エントランスには
「普通のホテルとは違ってこういうパネルがあるから、使いたい部屋を選ぶんだよー」
「おう……」
「なに? 入るつもりないって言ってるのに緊張してるの?」
「……慣れないもんで」
「燈護がお金出すなら、どっか部屋に入ってみてもいいけど?」
「そ、それは流石に止めておこう! 何もしないのにもったいないし!」
「じゃあ、折半にする?」
「そういう問題か!? っていうか、なんでここで食い下がる!?」
「わかった。ここはあたしの奢りで」
「待て待て! なんでそこまでしてラブホに入りたがる!? おかしいだろ!?」
「はぁ……」
「その溜め息の意味は!?」
「お勉強が足りないなぁ。三回もチャンスをくれる女なんてそういないよ?」
「え? チャンス……?」
「ま、そこまで拒否されちゃぁ仕方ない。長居しても迷惑だし、さらっと見て帰ろうか」
「え? ……え?」
わけがわからないまま、七星に付き従う。エントランスは狭いので、そんなに見るべきものはない。ただ、そういう目的で入る人がたくさん来るのだと思うと、見るもの全てがなんとなく艶っぽい。
見学はすぐに終わり、俺たちはラブホの外へ。
「燈護、もしかしてラブホに欲情したの? 顔赤いよ?」
「う、うるさいな。欲情とかしないけど、変に緊張するんだよ」
「ああ、良かった。燈護の最大の萌えポイントがホテルだったらどうしようかと思った」
「そんな萌えポイントは聞いたことない」
「人はそれぞれ特殊な性癖の一つや二つ持ってるもんでしょ」
「……知らんけど」
そんな話をしつつ、俺たちは裏通りを抜けていく。
なんとなく身構えてしまっていたけれど、次に七星が向かったのは、健全なスポーツ施設だった。運動部経験者が好きそうな場所。
「勝手に連れて来ちゃったけど、なんか他に行きたいとこある?」
「いや、これって場所はない」
「じゃあいいね。ここで遊ぼ」
「うん」
手を繋いだまま、少し騒がしい店内へ。
一階はゲームセンターになっていて、二階から屋上までがスポーツ施設やカラオケ。
「運動嫌いじゃないよね? あ、別にエロい意味じゃないよ?」
「エロい意味にとらえる余地は全くなかったよ。運動は、遊びで良ければ好きだよ」
「良かった。あ、その前に軽くゲームもしてく? 燈護、クレーンゲームとか得意でしょ? なんかそういう雰囲気あるもん」
「なんだその偏見。下手だよ」
「ええ? 普段目立たない人って、ゲームセンターでは急に活躍するのがセオリーじゃないの?」
「どんなセオリーだよ……。俺には当てはまらない」
「そっかー……。じゃあ、燈護が活躍する場ってどこにもないんだね……」
「それも偏見が過ぎるだろ!? 俺をなんだと思ってるんだ!?」
「一人遊びを極めた人。あ、エロい意味じゃないよ?」
「エロい意味にとらえる余地は全くないだろ!?」
「まぁ、エロい意味でも一人遊びを極めてるでしょ?」
「んなことないよっ」
「まぁまぁ、お互い様だから」
「ん……? ここでお互い様っていうと……?」
「さ、早く上行こうかー」
何となく気になってしまう終わり方にもやっとしつつ、俺たちは進んでいく。
そこでふと、正面から最近見知った顔の女性が歩いてくる。
璃奈。
名前を呼びそうになって、とっさに口をつぐむ。
恋人代行と偶然どこかで出会ったとしても、相手のことは知らないふりをするのがマナーだろう。恋人代行をやっていることを、周囲に話していない可能性も高い。
璃奈も俺に気づいた。隣には同年代の女性が二人いて、たぶん友達だと思う。
プライベートの話は極力していなかったが、璃奈はこの辺りを活動範囲としていたらしい。それもそうか。同じ地域で生活しているから、恋人代行として出会うことになったのだ。
「あ……」
璃奈が目を見開き、そして、俺の隣にいる七星に視線をやる。それから、俺と七星が手を繋いでいることも確認。眉を寄せた。
せっかく会えたのだから、声をかけたい気持ちはある。しかし、璃奈がどう思っているのかはわからない。下手をすると迷惑をかけてしまうかもしれない。
寂しい気持ちはあるけれど、ここは気づかないふりでさっと視線を逸らす。
視界の端で、璃奈の顔が悲しげに歪んだ気がした。
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