第26話 冗談?

 午前中の講義が終わったら、音海と待ち合わせしている大学の正門前にやってきた。大学内で女性と待ち合わせをする日が来るなんて……と感慨深いものがあるものの、音海が一体何を考えているかわからなくて不安でもある。


「……ま、俺に恨みがあるわけでもないだろうし、悪いようにはならないか」


 スマホ片手に、音海を待つこと数分。


「よう、燈護! こんなところで何突っ立ってんだ? 誰かと待ち合わせか?」


 声をかけてきたのは、俺の数少ない友人にしてお笑い仲間の猿荻賑さるおぎしん。ひょうきんな顔をしており、ボケ担当としては実に味がある。小柄ではあるが、筋トレが趣味のため意外とがっしりしており、体を張ったボケもこなせる肉体派。

 同じ大学には通っているが、学部は別。講義も特に合わせてはいないので、別行動になることが多い。ちなみに、もう一人のお笑い仲間、猫屋敷祝ねこやしきしゅうも同様だ。


「や、賑。今日は……まぁ、ちょっと待ち合わせだ」

「ふぅん? ふぅん? 一体誰と待ち合わせなんだい? まさかまさかとは思うが、相手は女じゃないだろうな? 三十歳まで童貞を貫くというあの日の誓い、まさか忘れたわけではあるまいな!?」


 しんが俺の近くで無駄に反復横飛びしながら、般若のような顔を作る。若干の気持ち悪さを感じながらも、やはり面白くて笑ってしまう。


「変な動きするなって! 皆何事かと思って見てるから!」

「見てくれるなら本望! いっそ、動画として投稿してバズらせてほしい!」

「賑って、プロ志望でもないのにお笑いに命かけてるよなぁ……」

「趣味だからこそ、余計なことを考えずにのめり込めるのだ!」

「まぁね。本気でやるからこそ楽しいってものあるよな」

「そういうことだ!」


 賑が満足するまで放っておくしかないか……と苦笑していると。


「ねぇ、そこの近寄りがたい雰囲気を出してる人、まさか犬丸の知り合いなの? あたし、もしかして関わっちゃいけない人に関わった感じ?」


 俺の待ち人がやってきて、賑がピタリと動きを止める。顔面が強烈に歪んでいるのは、俺としては面白い。音海は引いているけれど。


「おおおおおおおい! 燈護! 裏切ったのかぁ!? 童貞の誓いはどこに行ったぁ!?」

「そんな誓いはしてないし、大声で叫ぶな。まぁ、えっと、今日はこの音海さんとちょっと用事があるから、またな」

「待て待て待て! 一体どんな用事だ!? 二人でどこに行こうって言うんだ!? 十八歳未満立ち入り禁止の場所に行こうとしているんじゃあるまいな!?」

「行かないから安心しろって。ほら、あんまりのんびりしてると昼飯食べる時間なくなるぞ? どうせ学食で食べるんだろ?」


 賑を右手で追い払う仕草。すると、賑は「きょええええええ!」と意味不明な叫びをあげた後、学食に向かって駆けていった。


「燈護が浮気してるって、シズカちゃんに言いつけてやるぅううううう!」


 そんな捨てゼリフを吐くが、もちろんシズカちゃんなんて知らない。


「……なんか、騒がしいやつだね。犬丸とどういう関係?」

「一応友達で、お笑い仲間」

「……へ? お笑い仲間? 犬丸、お笑いとかやってんの? え、漫才とかそういうの?」


 音海がきょとんとして首を傾げる。

 お笑いやっている人なんてめったにいないから、お笑いをやっていると打ち明けるとだいたいこんな反応をされる。


「一応。俺は裏方が多いけどさ」

「へぇ……そうなんだ。イメージ違うなぁ。さっきの人がお笑いやってたら、ああなるほどって思うけど、犬丸は全然しっくり来ない……」

「そんなもんだよ。お笑いやってる人、全部が陽気で普段から面白いことやってるわけじゃない」

「そんなもんなんだ……。意外……。うーん、ますます犬丸に興味出てきたなっ」


 音海が好奇の視線を俺に寄越す。男としての興味は持たれていないだろうけど、女性に興味を持ってもらえるなら、きっかけはきっと何でもいいんだろうな。


「案外普通で、がっかりさせると思うよ」

「どうだか? じゃ、とりあえずご飯食べ行こうよ。どっか行きたいところある?」

「うーん、音海さんの手料理が食べられればどこでもいいかな」

「ん? 高校時代、『砂糖と塩ってどうやったら間違えられるの!?』って絶賛された、あたしの殺人料理が食べたいって?」

「それ絶賛じゃないから! リアルではありえないドジっ子専用スキルに、生命の神秘を見ただけだから!」

「生命の神秘……。あたし、結構すごい人?」

「うん。ガチで砂糖と塩を間違えられるのは、ある意味才能」

「ふふ? どうする? あたしのドジっ子ぶり、見に来る?」

「いやぁ……。ん? ちなみに、見たいって言ったらどうなるんだ?」

「んー……うち、来る?」

「へ?」


 今、なんと?

 俺はまさか、音海の家に誘われたのか? いやいや、こんなのはただ、童貞の俺をからかって遊んでいるだけ。そうに違いない。


「じょ、冗談でもそういうこと言うなって。童貞の純情を弄ぶな」

「冗談じゃなくしてもいいよ? 犬丸、無害っぽいし」

「……へ?」


 音海は、どうやら本気で俺を誘っているように思える。にやつくでもなく、ごく自然に俺を見つめている。

 これは、えっと……どう答えるべき? 冗談じゃ、なくしてもいいのか?

 こんなとき、どうすればいいのか……。澪、もしくは璃奈。どうか教えてくれまいか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る