第25話 日常……?

『次のデート、どこにしよっか? 無難なところだと動物園とか水族館かな? 水族館だと海浜公園が近いから、一日遊べると思う。

 ちょっと冒険するなら、離島に行くって言うのもありだよ。船もそんなにお金はかからない。他に行きたいところがあるならそれでもいいね。まだ三週間先だし、じっくり考えて。あなたの澪より。はーと』


『会社に色々報告したら、財布を一緒に探してくれてた二時間は、利用時間に含めなくていいんだって。返金は難しいけど、次回は二時間分無料でOKってことになったよ。

 というわけで、いつでもデートに誘ってね? っていうか、他の予定が入る前に早めに誘ってくれたら嬉しいなー、なんて。もちろん、燈護君にも予定があるだろうから、無理強いはできないけどさ。

 でもでも、早くお金も返した方がいいと思うし、早めにした方がいいんじゃないかなと思わないでもないっていうか、ね? どう?』


 大学の講義室で、スマホを眺めながら、ほんのりとにやける。

 これが営業メールだというのはわかっている。俺に特別な感情があるわけではない。しかし、女性からのデートのお誘いには心躍るものがある。

 それに、二つのメールを見ていると、自分が二股でもしている気分になる。本当の二股はいけないことだが、疑似的なものであれば背徳的な喜びに浸るのも悪くない。


「どったの? スマホ眺めてにやにやして。彼女から連絡でもきた?」


 突然声をかけられて、驚く。

 左隣を見れば、同じ学部、学年の音海七星おとみななせがにやつきながらこちらを見ている。

 高校時代はソフトボールをしていたらしく、体は引き締まっており、金髪ショートカットの似合う活発な印象の女性だ。美人でもあるけれど、同時に少年のような雰囲気もあり、中性的な美貌が男女問わず人気。女性にしては身長が高めで、百六十後半。

 今は教養科目の講義前で、同じ講義を受講しているので同じ部屋にいる。同じ学部のよしみとでもいうのか、たまに声をかけてくれることがある。


「あ……いや、別に……。彼女じゃないよ」

「ふぅん? じゃあ、そのスマホの待ち受けの子は誰? アイドルとかではなさそうだけど、まさか、適当に拾ってきた画像を待ち受けにしてるわけ?」

「あー……」


 璃奈の、自分の写真を待ち受けにしてよ、という発言が冗談だったとはわかっている。しかし、待ち受けを初期設定のまま放置していたから、あえてその冗談に乗ってみるのもいいと思ったのだ。


「えっと、妹?」

「妹ー? あんた、その年頃の妹と二人きりで観覧車に乗るわけ?」

「あー、まぁ、もちろん嘘だよ」

「ってか、絶対彼女でしょ。見ればわかるって」


 音海がくいっと俺の手を引き、スマホの画面をじっと見つめる。ふ、と軽く笑って、俺の手を離した。


「やっぱり彼女だ」

「……なんでだよ。違うって。本当に」

「じゃあ、本当に拾ってきた画像?」

「違うよ。まぁ、別に隠すことでもないから言うけど、恋人代行ってやつ」

「恋人代行? 噂の? うっそ、実際に利用してる人、初めて見た!」


 音海が改めて俺の手を取り、スマホの待ち受けを確認。へー、へー、としきりに感心している。


「恋人代行って、演技力抜群の子ばっかりなの?」

「いや、どうだろう? 俺もまだ二回しか利用したことないからわからない。でも、演技してるって感じはあんまりないかなぁ。基本的にはその人のままで、少しだけ彼女っぽさを演出してる感じ」

「ふぅん……。まぁ、演技の勉強してる人じゃないもんね。じゃあ……そういうことか」

「そういうことかって?」


 音海がちらりと俺を見る。数秒迷った後。


「その様子じゃ、言わない方がいいのかな」

「何を?」

「あたし、無粋な真似はしない女なのさ」

「ふぅん?」

「けど……あたし、犬丸に興味出てきたなぁ。ねぇ、今日って、講義は何時まである? あたし、午前中で終わりなんだけど」

「俺も午前中で終わりだよ」

「じゃあさ……午後、あたしとデートしない?」

「……は?」

「なにその、は? って。失礼な反応だなぁ。あたしとデートするのがそんなに嫌なわけ?」

「あ、ご、ごめん。そうじゃなくて、意外すぎてびっくりしただけ」


 身近な女性からデートのお誘いを受けるなんて思ってなかった。そうなることを目標にしてはいたけれど、まだまだ先の話だと思っていたのだ。


「じゃ、あたしとデートする?」

「い、いいけど……。本当にいいの?」


 っていうか、デートってこんなに気楽に誘うものなの? 大学生にもなればこれくらいが普通?


「あたしから誘ってるんじゃん。いいに決まってるよ」

「じゃあ……宜しく?」

「なんで疑問系? 別に変な誘いじゃないよ? いきなり厳つい男が現れて、『俺の彼女に何してんだゴラァ』とか言い出さないから安心して。ちなみに、あたしは今フリーだよ」

「流石にそこまでは想像してなかった。デートの翌日に、『あいつ胸ばっか見てくる童貞クソ野郎だったわ』とか言いふらされるくらいかと」

「犬丸の中であたしはどんだけ陰湿な女なんだよ……。んなことしないって」


 やれやれ、と音海が苦笑しつつ、続ける。


「むしろ、『犬丸って超紳士で素敵な男の子だった!』って広めてあげる」

「そんなことしたら、俺に弱みでも握られてるんじゃないかって疑われるよ」

「卑屈っ。それなら、『あいつ、案外悪くないのかも……てれてれ』って感じにしとくわ」

「それくらいならまぁ……」

「あたしの一言がきっかけで、モテモテライフが始まるといいね」

「そうだなぁ。俺の目標は、三股、四股は当たり前のウハウハハーレム大学生活だから」

「ガチで言ってるなら殴るよ?」


 音海の笑顔が怖い!


「き、急に本気のトーンで拳を握るなよ! 冗談だ! 俺はどちらかというと、誰か一人をとことん大事にしたいタイプ!」

「本当にぃ? 日替わりで女を家に連れ込みたいとか思ってない?」

「あくまで妄想としてなら、それもあり」

「やっぱり浮気性じゃん。サイテーだ」

「浮気するつもりはないって。俺は、ちゃんと了承もらって、皆と仲良く暮らしていくんだ」

「それも浮気の範疇だ、バカ」


 怒っているのか、違うのか、音海はくすくすと笑っている。それから、ふぅ、と軽く息を吐いて。


「……犬丸、しゃべると意外と面白いやつだね」

「それはどうも」

「服装とか髪型もちょっと変わったよね。背景の一部から、大学生Aくらいにはなったかも。それ、写真の子の影響?」

「褒めてるのかけなしているのか……。まぁ、これは別の人に色々と指導してもらった。一回目の利用のときにね。写真の子は二回目の利用」

「……早速浮気じゃん」

「いやいや、お互いに恋愛感情なんてないんだから、浮気も何もないよ。友達にすら、なれたのかどうかよくわからない」

「ふぅん……。まぁ、お金を介すると、距離感わかんないよね。ちなみに、一回目の人の写真は?」

「……ある」

「見せて」

「……まぁ、いいか」


 スマホを操作し、澪の写真を表示。それを音海に見せる。音海は目を見開き、スマホの画面に釘付け。


「ええ!? 恋人代行って、こんな美人さんまでいるの!?」

「うん。ただ、料金はちょっとお高めだよ」

「へー……。意外とすごいなぁ、恋人代行……。ふむふむ……こっちの人は流石に……。けど、ちょっと雰囲気が……」

「何か気になる?」

「まぁね。けど、いいや。見せてくれてありがと」


 音海が満足したようだし、そろそろ講義が始まる時刻なので、俺はスマホを鞄にしまう。


「とにかく、今日のデート、宜しくね?」


 音海が最後にふわりと笑う。一体何を考え、何を期待しているのか……。

 女性ってのは、まだまだわからないことばかりだ。

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