第24話 side 桃瀬璃奈

side 桃瀬璃奈


 遊園地を出て、近隣で食事をしてから、あたしと燈護は待ち合わせした都心の駅まで帰った。

 燈護と別れて、一人家に向かって夜道を歩く。

 途中、燈護は本当にバカだなぁ、なんて思う。


 まず、現地解散でもいいのに、わざわざ都心の駅まで一緒に帰ったのが、一つ目のバカ。移動に一時間もかかると、それだけ無駄にお金を払うことになる。

 それなのに、「本当のデートで、現地解散! さようなら! なんて言うわけにはいかないだろ?」だって。

 それはそうだけど……あたしは、本当の彼女じゃないんだから。融通利かせればいいのに。


 そして、二つ目のバカは……電車で爆睡してしまったあたしを、眠ったままにしていたこと。

 一日遊び回ったし、昨日は緊張してあまり眠れていなかったし、ある程度の達成感もあったし、電車は眠くなるものだしで、あたしは睡魔に負けてしまった。でも、あたしが眠っている間の時間についても、燈護はお金を払っている。

 あたしの場合、一時間四千円だ。決して安くない。むしろ高い。あたしが眠っているのを、放置していい金額じゃない。無理矢理起こして、せめて軽いおしゃべりでも強要して良いくらいだ。

 それなのに、燈護は、「疲れているだろうから、ゆっくり休んでくれていいよ」って肩を貸してくれた。

 なんでそんなことを許せるんだろう。意味がわからない。バカ過ぎて、優しすぎて……。


 それから、最後に三つ目。

 燈護は……たぶん、あたしの気持ち、気づいてないんだろうなぁ……。

 ただのお仕事のつもりだった。お仕事で知り合った男性を好きになるなんてありえないって思っていた。

 それなのに、燈護の温もりに触れていたら、自分でもびっくりするくらい、あっさりと燈護を好きになってしまっていた。あたし、自分で思っているよりちょろいのかもしれない。

 けど……。

 燈護は、こっちが初めてのお仕事だとしても、上手く切り替えのできないあたしを怒っても良かった。

 慣れないジェットコースターに付き合わせるなって怒っても良かった。

 財布を落とした上、それを一緒に探させるなんてありえないって怒っても良かった。

 他にもたくさん、あたしには至らないところがたくさんあった。たくさん、怒っても良かった。

 それでも燈護は、圧倒的な包容力であたしのダメなところを笑って許してくれた。

 あんな人、初めて見た。

 それに……燈護と話しているの、単純に楽しいんだよなぁ。

 大笑いするような楽しさがあるわけじゃない。でも、こっちの話に乗ってきてくれるし、興味を示してくれるし、盛り上げようともしてくれる。ちょっと意地悪だけど、それも悪くなかった。

 一人で頑張らなくていい。一緒に良いデートを作り上げていけばいい。

 そんな気持ちも伝わってきて、緊張も解れ、あたしも楽しくなってしまった。


「……もう、好きだよ。バカ……」


 あたし、燈護を好きになっちゃった。

 好きになっちゃいけなくて、付き合うことなんてできないはずの相手なのに。


「……付き合えないわけじゃ、ないか。あたしがこの仕事を辞めればいいだけ」


 仕事を辞めてしまえば、会社もいちいち文句は言わないはず。いざとなれば、そういう方法もある。

 だけど……今ここで仕事を辞めてしまったら、燈護があたしに残してくれたものが、無駄になってしまう気がする。

 誰かを支えたり、励ましたり、笑わせたり。そんなことをできる人になりたいと思った気持ちは、この仕事を続けていくことで生かせるはず。

 他の仕事でもいいのかもしれない。けれど、まだ何者でもない大学生のあたしには、今できる他の仕事が思いつかない。


「……まずは、このお仕事を頑張ろう。そして、燈護君が、ごく自然にあたしを好きになってくれるような、素敵な人になろう」


 自分が納得できるまで成長したら……。


「好きだって、伝えよう」


 今度こそ。

 伝えることさえできなかった、高校時代の失敗は繰り返さない。


「ん……? でも、燈護に早々に彼女ができちゃったらどうしよう……?」


 まだ恋愛の勉強中だと言っている。しかし、それはいつまで続くのか。

 あたしが成長できるまで、燈護はフリーのままでいてくれるのだろうか。

 そんなことはない気がする。燈護は素敵な人だから、ちょっとしたきっかけがあれば、すぐに彼女ができると思う。

 悠長なことは言っていられない。かもしれない。


「ど、どうしよう……? あたし、早く告白した方がいいのかな……?」


 ああ、もう。

 やっぱり、あたしはまだ高校時代と何も変わってない。

 好きな人がいるのに、また告白さえもできていない。


「……次。次会ったら、告白する。それくらいまでなら、燈護もまだフリーのはず」


 燈護は、いつあたしをデートに誘ってくれるだろうか。

 このお仕事を初めてから一ヶ月間は、少しだけ安い料金設定であたしをデートに誘える。だから、この間には誘ってくれると思う。たぶん。きっと。そうであってほしい。いや、できれば来週にでも、誘ってほしい。


「……ああ、なんだか胸が苦しくなってきた」


 恋をしていると、嫌でも実感してしまうこの痛み。

 もう、痛いだけで終わらせたくない。この恋を、成就させたい。


「……なりふり構ってられないかな。燈護君……。もう、恋人代行は嫌だ。あたしを、本当の彼女にしてよ」


 きゅっと胸元を掴む。

 胸の痛みに悶えながら、あたしは一人で夜道を歩き続けた。

 燈護が隣にいてくれたら、こんな夜道も輝いて見えるのにな、なんて思いながら。

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