第19話 攻め
「ま、まぁ、フリフォールなんて、単純に落ちるだけだもんな」
「そうそう。別にそんなに怖くないってぇ」
「で、でも、結構高くない? 気のせい?」
「景色が綺麗だね!」
「……ああ、人が蟻のようだ」
「ゴミには見えてないみたいで良かったよ」
「流石にゴミには見えん」
「優しさアピール?」
「ドキッとしてくれた?」
「ドキッとっていうか……わくわく?」
「俺との会話、無関係じゃん」
「そんなことないよー。……燈護君だから、あたしも気持ちの切り替えができたっていうか……」
「そっか。……あ、止まった」
「ついに来たね!」
「お、おお。……あああああああああああああああああああああああああああ」
「これ、逆さ吊りになったり、後ろに進んだりするやつだよね!? 大丈夫かな!?」
「大丈夫だからアトラクションとして成立してるんだってー。燈護君は心配性だなぁ」
「なんか、急激な落下もあったよね!?」
「さっきフリーフォールやったじゃん。大差ないってー」
「あ、進み始めた。……最初はゆっくり、だな」
「だんだん高いところに上っていく緊張感がいいよね!」
「そう、だね。ってか、意外と揺れるね……」
「途中で脱線したりして」
「止めて! 想像させないで!」
「あははっ。その辺はちゃんと点検してるでしょ。大丈夫だよー」
「だといいなぁ……」
「暗闇を抜けたら、隣に首なしの死体が、とかもまずないから大丈夫!」
「おお、なんだか懐かしいネタ」
「あたし、一巻から読んでるから!」
「へぇ、漫画とか好ああああああああああああああああああああああああ」
「バ、バンジージャンプって、結構高くない!? 大丈夫!? 本当にゴムが切れたりしないよね!?」
「大丈夫だよ。安全管理はちゃんとしてるはず! っていうか、そんなに高いかな?」
「ええ!? 高くない!? 落ちたら死ぬよ!?」
「まぁ、落ちたら死ぬだろうけど……そんな怖がるほど?」
「璃奈……鉄の心臓の持ち主……」
「あ、次、あたしたちの番! 頑張ってね、燈護君!」
「お、おう……。…………………………よし……いくぞ……いくぞ……」
「頑張れ、燈護君!」
「いったれ! あああああああああああああああああああああああああ!」
てな感じで時は進んだわけだが。
女性は絶叫系に対して無限の体力を有するらしい。
いや、女性、などと話を大きくするのは良くないので、ここははっきり、璃奈は、と言っておくべきなのだろうな。
璃奈は絶叫系が大好きらしく、フリーフォール、ジェットコースター、その他を制覇し、かつ何度もリピートして存分に楽しんだ。
俺はといえば、寿命の縮むような思いで絶叫系に挑み続けた。途中でだんだん悟りの境地を開きつつあり、妙な高揚感を得ていたが、果たしてそれで良かったのかどうかは不明。
とにかく、璃奈の弾ける笑顔を見られて最高だった! ということにしておこう!
それから、午後一時前になり、俺たちは施設内のレストランに立ち寄った。
食欲は……あるような、ないような。自分の体調がよくわからん。
「楽しかったぁ。遊園地なんて本当に久々に来たけど、こんなに楽しいところだったんだね」
絶叫系の余韻で、妙に艶っぽい雰囲気の璃奈が言う。なお、窓際の二人席に対面で座り、俺はナポリンタン、璃奈はカルボナーラのパスタを昼食として選んでいる。また、二人で食べるようにマルゲリータのピザも一枚ある。
「璃奈が楽しんでくれて良かったよ」
「……燈護君は、楽しくなかった?」
「そんなことないよ。俺も楽しかった」
「そう? 今更だけど……無理してない?」
璃奈がじっと俺を見つめてくる。余計な気を遣わせたくないな、と俺は笑顔を作る。
「無理してない。まぁ、絶叫系だけを攻め続ける必要はないかなー、とはちょっと思ったけど、楽しかったよ」
「あ、ご、ごめん! そうだよね! 遊園地は絶叫系だけじゃないんだし、他にも色々回るべきだったよね!?」
急に璃奈が申し訳なさそうな顔をするので、俺も慌てて手を振る。
「いやいや、いいんだ。将来的に、こんな風に絶叫系を攻め続けることになるかもしれないんだし? いい予行練習になったよ」
「……けど、やっぱりあたしの立場としては……」
「いいんだって。璃奈はきちんとお仕事もしてくれてる。遊園地楽しみながら、ずっと俺のことを気遣ってくれてたじゃないか。いい笑顔を見られて俺は満足だよ」
「……またそういうこと言う」
むすっと急に不服そうな顔。照れ隠しだなぁ、とわかっているので、そんな顔も尊い。
「本当、いい経験になったよ。バンジージャンプも、落ちていくときは単純に怖いし、内蔵せり上がる感じも奇妙だけど、終わった後の爽快感とか良かった。一人だったらきっと、興味はあっても実際にやってみようとは思わなかった。
璃奈のおかげで、確実に俺の世界が広がってる。一緒に来てくれて、本当にありがとう」
璃奈の顔が、今度はさっと赤らんで、すっと横を向いた。
「べ、別に……あたしは、燈護君の希望を叶えてるだけっていうか……感謝されるような立場じゃないって言うか……」
「俺は感謝したいんだよ。今日、璃奈とデートできて良かった」
「……あ、あたしじゃなくても、誘えば同じことをしてくれる人はたくさん……」
「璃奈。もういいじゃん、そういうの」
「え? そ、そういうのって……?」
「そりゃー、璃奈以外を誘うことだってできたよ? 璃奈を選んだのだって、たまたまというか、偶然というか。けど、俺は璃奈とここに来られて良かったって思ってる。
人生で一度きり、女性とデートとしてくる初めての遊園地は、璃奈が隣にいてくれたおかげで、一生忘れないような思い出になってる。他の人と一緒だったらどうだろうなぁ、とか考える余地がないくらい楽しんでいるんだから、もう俺は璃奈に感謝しかないんだよ」
「……そっか。なら、良かった」
璃奈が唇をむにむにさせる。男慣れも、褒められ慣れもしていない反応が、経験の浅い俺にはかなりツボだな。
「あたしからも……ありがとう。まだ途中だけど、燈護君が初めての相手で良かった。少なくとも今は、このお仕事始めて良かったって、思えてる」
「そっか。……これから色んな人に出会うだろうけど、頑張ってね」
「うん。頑張る。励ましてくれて、ありがとう。あ、そういえば……」
璃奈がピザを一欠片手に取り、こちらに差し出してくる。
「こういうの、憧れるんだよね? ほら、あーん……」
自分で始めておきながら、璃奈の顔が実に赤い。見ているだけで赤面してしまうぜ。
「えっと……じゃあ、遠慮、なく……」
璃奈の手からピザをいただく。
なんだろうなぁ。初めてじゃないはずなのに、ドキドキが止まらん。
璃奈のドキドキがそのままこっちに伝わってきているような錯覚を覚えた。
「ふふ。美味しい?」
「……うん」
もしゃもしゃ。ごくん。……気恥ずかしい。楽しいけど。
しかし、この状況なら、俺も攻めたい。
俺もピザを一欠片手に取り、璃奈に差し出してみる。
こういうのはNGかな? とも思ったが、璃奈は拒絶しなかった。
「……燈護君だから、特別」
とのこと。普通だったらしない、もしくは断る、のかな?
璃奈が気恥ずかしげに口を開き、俺の手からピザをぱくり。小動物を餌付けしているような……なんてことはないな。女性にご飯を食べさせるって、ドッキドキ。
「ありがと。おいひい」
「おいひいか。良かった良かった」
「もう! からかわないで!」
「ごめんごめん」
「燈護君はやっぱり意地悪だ……」
璃奈が視線を逸らして不機嫌顔。
恋人代行としての顔ではない……のかな。弾ける笑顔も、不機嫌そうな顔も、どっちも好きだなぁ。
ま、璃奈が本当に俺の彼女になることなんてないわけで。
寂しい気持ちは表に出てこないよう、胸の奥底に押し込めておくことにした。
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