第18話 遊園地
璃奈は三十分ほどお笑い動画を堪能し、そこでふと我に帰る。
「あ、ご、ごめん! あたしは楽しいけど、燈護君は退屈だったよね!」
「いやいや、自分の作品を楽しんでくれる璃奈の姿を眺めてたら、退屈なんて感じる暇はないよ」
「あ、あたしなんて……見る価値ないからっ」
「そんなことはないさ。むしろ璃奈だけ見つめていたい」
いや、本当に。
璃奈のコロコロと移ろっていく表情を眺めていると、幸せな気分になる。お金を払っている分は、十分に元が取れていると感じた。
璃奈は唇を引き結んで、顔を赤くする。
それから。
「……燈護君、将来女ったらしになる気がする」
「ええ? なんで?」
「……そんなことを気軽に言えちゃう人、生粋の遊び人に決まってるもん」
「そんなことないよー。俺だって、今の状況だから気楽に言えてるだけさ」
璃奈は恋人代行であって、本当の彼女じゃない。好きになった相手でもない。
恋愛感情を間に挟まないから、俺も気軽に歯の浮くセリフを吐けるというもの。好きになった人を前にして、今と同じ振る舞いなんてできないだろう。その人を前に一言もしゃべれず、全く俺に関心を持ってもらえないまま終わってしまうに違いない。
「……どうだか」
拗ねた様子の璃奈。その姿にもグッと来る。
「……璃奈こそ、近い将来モテモテになると思うけどなぁ。誰かを好きになったら、その相手の方から寄ってきてくれるよ」
「そ、それはあり得ないから! 今はまだ、お仕事頑張らなきゃって気持ちで燈護君と話せてるけど、学校なんかじゃ全然男の子と上手く話せなくて……」
「それもすぐに変わるよ。きっと」
「……だといいけど」
「璃奈は……えっと、これも訊いていいかわからないけど、彼氏ができたら、こういう仕事は辞めるの?」
「……まだまだ先の話だとは思うけど、うん、辞めると思う。彼氏がいるのに、他の誰かの彼女役をするの、あたしには無理……。もちろん、彼氏がいてもこういうお仕事を続ける人はいて、それはそれでいいとも思ってるけど」
「そっか。じゃあ、璃奈と会えるのも、短い間だけなんだなぁ」
璃奈は否定するが、璃奈ならすぐに彼氏はできるはず。璃奈が恋人代行としてどう変化していくのか、見届けたい気持ちはあるけれど、難しいだろうな。
「……あたしがこのお仕事辞めたら、友達になればいい」
「え?」
璃奈がぼそりと呟いた言葉に驚く。この仕事を辞めれば、プライベートで俺と会っても咎められないかもしれないけど、推奨はされないことではなかろうか。
「あ、ご、ごめん! なんでもない! 今のは忘れて! あたし、何言ってるんだろ……。っていうか、彼氏がいて、燈護君とあえて友達になるのも変だし……」
「……まぁ、そのときには、距離感を大事にしつつ、友達になれたらいいなって思うよ」
「……そう、だね」
璃奈がまた頬を染めている。そんなに恥ずかしがること? わからん。
ともあれ、その後もぼそぼそと話をしていたら目的の駅に到着。俺たちは電車を降り、駅の改札を抜けて、今度はバスに乗り換える。
バスの二人席に並んで座るのは、電車のときより密着度が高い。大丈夫かな、と少し心配になったが。
「俺、立ってようか? 狭くない?」
「……平気。燈護君、気を遣いすぎだよ。あたし、今は燈護君の『彼女』なんだから、距離が近いのも普通のこと」
「そっか」
「……燈護君は、想像してたのとちょっと違ったな」
「そう? どの辺が?」
「恋愛の勉強だって言ってたし、女性との交流もほとんどないってことだから、もっとガツガツ来るんじゃないかって想像してた。チャンスがあれば積極的にくっつこうとするとか……」
「璃奈相手にそんなことできないよ。初めてのデートで、嫌な思い出なんて残してほしくない。このお仕事を選んで良かったって思えて、今後も頑張りたいって思えるような一日にしたい。変なことはしないよ」
「……燈護君、たぶん、変だ」
「変かな?」
「だって、燈護君はお客さんだよ? 安くないお金を払ってるんだよ? もてなされて当然で、彼女のことより自分が楽しむことを優先して当然なんだよ? なんで、燈護君があたしのことを気遣ってるの?」
「んー……確かに変か」
「変だよ」
「けど、俺が目指すのは本当の彼女を作ることだ。本当の彼女とのデートで、彼女から一方的にもてなされるなんておかしいだろ? いざというときのことを想定すれば、俺が彼女を気遣うのは当然じゃない? 今回のデートだって、女性に対する気遣いとかを学ぶ機会だと思えば、俺が璃奈を思いやるのも自然だよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
「俺の訓練と思って、璃奈がされて嬉しいこともたくさん教えてよ。璃奈が楽しめるように頑張るからさ」
「……わかった。それが要望なら仕方ない……」
璃奈が思案顔でしばし口を閉ざす。不機嫌なわけではなさそうだから、放っておいていいのかな。
バスに揺られること十五分。
俺たちは、目的地である『スピードスターランド』へやってきた。各種ジェットコースターを売りにしているのだが、それ以外にも色々な施設が存在する。県内では一番大きな遊園地。
入場料を払い、早速園内へ。
「俺遊園地なんていつぶりかなぁ。小学校のとき以来か……」
「あたしも久しぶり。前回は中学生だったかな……? うっすらとしか記憶にないや」
二人並んで、ほやっとした顔で周囲を見回す。璃奈は意図していないだろうけれど、初めて恋人ができた者同士が、遊園地に遊びに来たという雰囲気が出ている。
恋愛に疎い俺には、この状況に感慨深いものがあるな。
先に我に帰ったのは璃奈で。
「あ、えっと、ごめん! ぼうっとしてちゃダメだよね! こほん。えーっと、移動中はまだ全然『彼女』になれてなかったけど、あたしもようやく落ち着いてきたし、そろそろ切り替えるね?」
「お、おう。わかった」
「じゃあ、これからあたしは燈護君の『彼女』。これからは、あたしを『彼女』だと思っていいからね?」
「ああ、わかった。宜しく」
「ん。楽しい一日にしようね、燈護君!」
璃奈が花のような笑顔を見せる。今日見た中で一番綺麗で、璃奈の覚悟が伝わってくるものだった。
俺も、ここからは彼氏彼女ということで、気持ちを切り替えようかな。
「燈護君、ジェットコースターは嫌いじゃないんだよね? あたしは……実のところ結構得意なんだけど、どの程度ならいける?」
「嫌いではないけど、あんまり激しいのはきついかなぁ。少しずつステップアップしたいかも」
「じゃあ、とりあえずフリーフォール行こうか?」
ビシィッ! と璃奈がフリーフォールの建物を指さす。落下と同時に乗客の悲鳴が響き渡っている。
……初っぱなから結構ハードル高いな。初めは、子供向けのゆったりしたジェットコースターに乗って気楽にきゃっきゃふふふしてても良かったんだが。
いやしかし。
璃奈が勧めてくれたのだから、断るわけにはいかない。
「……よし。それにしよう!」
「うん! 行こう!」
璃奈が手を引いてくれるので、それについていく。
にしても、仕事として当然かもしれないが、璃奈は事前にここに何があるかとか、どういう順番で回るかとかをきっちり調べたり考えたりしているのだろうな。
俺がデートするときにも、こういうことはきちんとしておいた方が良さそうだ。璃奈の頼りがいのある姿に、俺は魅力を感じてしまうのだから。
「ここ、バンジージャンプもできるんだよ? 後で行ってみようよ」
璃奈の瞳がきらきらしている。本当に絶叫系に強いみたい。
俺、どこまでついていけるかな? 絶叫系も嫌いじゃないけれど、一日中乗り回したいと思うほどではないが……。
「……まぁ、行ってみよう。俺も、一生に一度くらいは、やってみたいと思ってた」
「一度でいいの?」
きょとんとされた。璃奈は何度でもしたいらしい。
「やってみないとわからないな……」
「それもそっか。とにかく、せっかく来たんだし、目一杯楽しも!」
璃奈がぎゅっと力強く俺の手を握る。今回は、緊張ではなく、わくわくから来るものだと思う。
覚悟、決めようか。ハードな一日になるかもしれないが、璃奈のために全力を尽くそう。
璃奈の輝く笑顔を見られるのなら、頑張る価値は十分にある!
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