第17話 理由

 電車移動はまだ時間がかかる。お互いのことを知るには丁度いい時間だし、色々と尋ねてみよう。

 璃奈の紅潮が納まった頃に、こちらから話しかける。


「もし良かったら教えてほしいんだけど、璃奈はどうしてこのお仕事をしているの? 人をもてなすのが好きだから、とか?」


 璃奈は緩く首を横に振る。


「そんな立派な理由じゃないよ。あたしは……自分を変えたいなって思っただけ」

「自分を? 何か、自分に不満でも?」

「……うん。あたし、高校まではすごく地味で引っ込み思案で臆病で……目立つことも嫌いだったし、他人と接するのも苦手だった……」

「へぇ? そんな風には見えないな」

「……少し、頑張った」


 璃奈が再び頬を染める。少し俯いた状態を見ていると、昔は今ほどの明るさを持っていなかったのだろうと察せられる。


「すごいな。変わりたいって思って、それを実際に行動に移すんだから。なかなかできないよ。大抵の人は、変わりたいなぁって憧れて、何も変える努力もできずにずるずるいっちゃうんだから」

「……ほ、褒めても何も出ないからっ」


 璃奈がさらに顔を赤くする。赤面しやすい子なのかな? 見ていて楽しいぞ?


「別に何か欲しいわけじゃないよ。立派だなって思っただけ」

「……どうも」

「とにかく、こうして一歩踏み出せたなら、璃奈はどんどん変わっていくんだろうな」

「……だと、いいな。自分に自信がなくて、好きな人ができても、何にもできずに終わっちゃうなんて、もう嫌……」

「そっか……」


 変わるために動き出した大きな要因は、失恋か。

 失恋を機に変わり始める女の子って、なんか良い。もしかして、そのきっかけで髪をばっさり切ったとか? 本当にそういうことをする子っているのかな?


「……璃奈って、昔は髪が長かったりする?」

「え? なんでわかるの?」

「あ、いや、別に……」


 いた。そういう子がいた。目の前に……っ。

 そっかぁ……。失恋を機に髪を切って、自分を変えるために動き出したのかぁ。

 俺と同い年なのだけれど、相変わらず可愛いなと思ってしまう。俺みたいな童貞がこんなことを思うのは、おこがましいかもしれないけれど。


「髪も、実は最近染めてみたんだよね……。似合う、かな?」

「うん。すごく似合う。昔の璃奈のことは知らないけど、垢抜けて、良い雰囲気の大学生に見える」

「そっか……良かった……」


 璃奈が嬉しそうに唇をむにむにさせる。

 うーん、この子、何をさせても可愛いしかない。


「えっと、ちなみに……変わるために、この仕事を選んだ理由とかはあるの? 他にも、色々とあるんじゃないかなーとは思うんだけど」

「……正直に言っちゃうと、自分に一番向いてなさそうと思ったから、かな」

「え? そうなの? 度胸あるなぁ」

「今までの自分なら絶対にしないだろうってことをやって、とにかく自分を追い込んでしまおうって……。無謀な気もしたけど、まずは面接とか研修受けてみたら、意外と高評価で……。緊張してばたばたすることをなくせば、いい『彼女』になれるよ、って」

「ふむふむ」


 運営の人、わかってるなぁ。恋人代行とはいえ、男はたぶん接客されたいわけではないのだ。ある程度はお仕事としてしっかりやってほしいけれど、素の表情も見せてもらい、本当に彼女と一緒に過ごしている感覚を味わいたいとも思う。

 璃奈のように、素をほんのりと晒しながらも、しっかり頑張ろうとしている姿を見せられると、俺としては満たされた気分になる。


「あたしの性格も、『彼女』に向いてるって言ってもらえた。引っ込み思案も、臆病も、相手をよく見て、よく考える人の性格だって。

 そうやって相手の気持ちを察せられたら、あとは思い切ってその人のために行動するだけ。それで相手はとても喜んでくれるはずだって」

「なるほどなぁ。本業の人がそういうなら、きっとそうなんだな。俺から見ても璃奈は魅力的だし、璃奈はこの仕事に向いていると思うよ」

「……そ、そうかな。あたし、まだ全然いい感じに振る舞えてないし……お仕事の話までしちゃってるし……燈護君に逆に気を遣われてもいるし……」

「初めてじゃ仕方ないでしょ。経験を積んだら、璃奈も始めからいい感じに振る舞えるようになる。もしくは、気持ちの切り替えがスムーズにできるようになる」

「……だといいな」

「大丈夫だって。俺も……まぁ、全然分野は違うけど、何度か舞台に立ったら、多少は気持ちの切り替えもできるようになったし」

「……舞台? 何かやってたの? 演劇とか?」


 お笑いをやっていることは、事前に伝えていない。人によって反応が分かれるからなぁ。璃奈は……どうだろう?


「いや、お笑いを少々。俺は主に脚本担当」

「お、お笑い……?」


 璃奈がきょとんとする。璃奈の今までの生活に、お笑いはあまり関わっていなかったようだ。

 お笑いって、好きな人はとことん好きだけど、そうでもない人はほとんど見ないからなぁ。


「まぁ、俺はほとんど裏方なんだけど、たまに出演することもあって。初めてのときはテンパりまくってやばかったよ。でも、何度か経験するうちに多少はマシになった。人前に立つのが苦手でも、案外慣れはするみたいだ」

「へぇ……。ね、ねぇ、そのお笑いって、動画とかある?」

「あるよ。観てみる?」

「うん……」

「わかった。ちなみに、璃奈はお笑いとかあまり見ないよね?」

「……うん。あんまり……」

「合わなかったらごめんね。無理して観なくていいから』


 スマホと有線のイヤホンを取り出し、動画アプリを準備。


「このイヤホン、半分ずつ使って聞こう。ちなみに、新しく買った奴できれいだから安心して」

「え? 新しく買ったの? 準備がいいね……」

「まぁね。彼女と一つのイヤホンを共有するって、男の子の憧れだからさ」

「そっかぁ……。ごめん、あたしはそういうの全然準備してなかった……」


 ふむむ、と思案顔の璃奈。いずれは璃奈も事前に準備しておくようになるのかな?

 さておき、初心者でも楽しめるだろう、シンプルな内容の動画を璃奈に紹介。俺は黒子として出演しているのだが、黒子姿の俺に、璃奈はまずくすりと笑った。


「黒子実際にやってる人、初めて見たよ」

「見るとこはそこじゃないけどなー」

「あ、そうだよね。ごめん」


 動画が進むにつれて、始めは困惑顔だった璃奈も、くすくすと楽しそうに笑うようになってきた。

 リラックスしてくれて良かったと思うと同時、自分の作品で女性が笑ってくれるのは本当に嬉しいとも思う。

 これが本当の彼女だったら、もっと嬉しいんだろうな。

 大切に思う人の笑顔を引き出せたなら、それ以上の幸せはないように思う。

 璃奈の笑顔をこそっと見つめ、少し申し訳ない気持ちになりつつ、まだ見ぬ本当の彼女が隣に座る光景を夢見ていた。

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