第12話 真剣
怪訝そうに、不機嫌そうに、目の前の二人が俺を見てくる。
「俺のことはどうでもいいよ。女性にモテなさ過ぎて、童貞こじらせた変態野郎かもしれない。お金払って一時でも恋人気分を味わいたいなんて、普通の人なら考えもしないのかもしれない。
けどさ、俺は澪と一日一緒に過ごして痛感した。澪は、真剣にこの仕事に取り組んでるって。
なぁ、二人は知ってるか? 今日出会ったばかりの他人を楽しませること、笑わせること、満足させることがどれだけ大変か。友達相手じゃないぞ。お金を払ってくれたお客さんを相手に、そのお金に見合った満足感を与えるんだ。
お金を払った人間ってのはな、ものすごくシビアなんだ。お金が絡んでなければ笑ってくれるような話でも、有料だと思うと笑わなくなることなんてざらにあるんだ。大金を払っているほどそうだ。
俺は、路上でお笑いライブやったこともあるからわかる。俺たちを見て笑ったならちょっとでもお金をくれと言ったら、途端に苦笑したり、見なかったふりしたりする人もたくさんいた。
俺だって、俺なりの大金を払ってデートをして、本当に満足できるのかなって半信半疑だった。きっと、楽してお金稼ぎたいと思ってるような子が来るんだろうなー、とか失礼なことも思ってた。
けど、全然違ったよ。澪は本気で俺のために尽くしてくれた。俺が笑っていられるように、満足できるように、今日一日が最高の思い出になるように、お金をかけた以上のものを得られるように、真剣だったんだ。
ただなんとなく綺麗な人と一緒に過ごすだけじゃ得られない満足感と幸福感を、俺は得ることができた。
澪が必死に俺をもてなしてくれたおかげだ。俺だけのために、一生懸命になってくれたおかげだ。
澪は、全身全霊で、俺と向き合ってくれていたんだ。
何も知らず、澪のことを悪く言うな。澪は中身空っぽなんかじゃない。本当に魅力的で、素敵な人だ」
自分にしては珍しく、苛立ちを隠さない言い方になってしまった。
健司の彼女だって、本気で澪をバカにしたわけではないかもしれない。彼氏が興味を持っているから、苛立ってしまっただけかもしれない。
少し申し訳なく思うけれど……黙ってはいられなかった。
「な、何よ。いきなり饒舌になって。コミュ力ない奴って、こういうことするから嫌。健司、もう行こ! ほら、早く!」
若干気まずそうな顔で、彼女が健司を引っ張って歩いていく。
健司は若干名残惜しそうに澪を見ていたが、彼女に急かされて澪から視線を外した。
取り残される、俺と澪。
若干の気まずさを感じながら、俺から口を開く。
「……ごめん。俺だって澪のことよく知らないのに、余計なこと言っちゃったかも」
澪は、すっきりした顔でふふと笑った。
「ううん。余計なことなんかじゃないよ。燈護が私の仕事ぶりを評価してくれて、すごく嬉しかった。私の真剣さもきちんと伝わってて安心した。
中にはさ、楽してお金稼ぎたい、くらいの気持ちでやってる子もいるよ。それでなんとかなっちゃうこともあるよ。
けど、私は、このお仕事もプライドを持ってやってるし、真剣に取り組んでる。デートする相手には、最高の時間を過ごしてほしいと思ってる。そのために、私にできる限りのことをするって決めてる。
燈護には……私の気持ちが伝わってるってわかって、頑張って良かったって思った。
ありがとう。燈護の気持ち、すごく嬉しかったよ」
風が流れて、澪の髪がふわりと舞う。
柔らかな香水の香りも漂ってきて、澪の温かな気持ちが香ってきたような、そんな気持ちになった。
「そう言えばさ、写真撮ってなかったよね?」
「ああ、うん。けど、写真って本当に撮っていいの?」
写真は撮っていいことになっていたとは思うが、自分からお願いするのは気が引けていた。
「写真はいいよ。ただし、ネットにあげるとかはダメ。違反すると罰金とかあるから気をつけて」
「うん。わかった。……ただ、写真撮っていいことになってても、女性からすると本当は嫌なんじゃないかと思ってた。仕方なく撮られるのかなー、って」
「優しいなぁ、相変わらず。結構なお金払ってるのに。ま、正直言うと、嫌なときもあるよ。この人に写真渡したら何されるか心配……みたいな。けど、燈護ならいい。むしろ、私の写真を持っててほしい、かも」
「持っててほしい……? どういう意味?」
「なーんでもない。さ、少し歩くと橋があって結構景色もいいから、そっちで撮ろう」
澪が腕を組んでくる。おおっと、距離が近すぎないかい?
「こ、この距離感はありなの?」
「私がありと思えば、ありだよ。燈護は、特別にね?」
「そ、そっか」
「さ、早く早く!」
「あ、あんまり近づくと……その……」
胸が当たりそうなんだけどね!? いや、ちょいちょい当たってるけどね!?
そんなこと一切気にしていない様子で、澪が俺を導いていく。笑顔も眩しい。
あくまで俺はお客様。
そう言い聞かせていないと、ころっと恋に落ちてしまいそうだった。
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