第11話 遭遇

 楽しい時間はあっという間で、気づけば午後五時を過ぎていた。

 カラオケを後にして、次に近くにあったゲームセンターにも立ち寄った。

 俺も澪も、得意なゲームなんてものはなかった。クレーンゲームをやっても何も取れなかったし、レースゲームをやってもお互いに順位はいまいち。二人の勝負は勝ったり負けたり。

 それでも、澪の笑顔が隣にあったから、俺は十分すぎるほどに満足。

 午後六時を過ぎた。

 澪との時間も、残りあと二時間。

 滅茶苦茶楽しい時間を過ごしたのに、もう満足してもいいくらいなのに、この二時間をもっと充実させたくて、やり残したことはないかと必死に探している自分がいる。


「……残り時間、少なくなってきちゃった。名残惜しいね」


 並んで歩道を歩きながら、澪が寂しそうにこぼす。


「うん。正直、時間が止まってくれればいいのにって思っちゃうよ」

「わかるなぁ。私も、もっと燈護と一緒にいたいかも。

 ……あ、別に、延長してよとか、そういうつもりじゃないよ? リピート狙いとか、そういうのでもなくてね? あんまりこういうこと言うべきじゃないんだけど、素直にそう思っちゃっただけ」

「……ありがとう。そう思ってくれただけで、本当に嬉しい」


 澪のためにできたことなんてたかがしれている。澪が頑張ってくれたから、俺も盛り上がれて、それがひるがえって澪の気持ちを盛り上げた。要するに、この楽しい時間は、八割くらいが澪のおかげ。

 それでもさ、こんなこと言われたら嬉しいもんだよ。男って単純だしさ。

 そして、澪は少し俯いたまま呟く。


「……たまにさ、こういうことはあるんだ。お仕事で知り合ったことに、ちょっと後悔しちゃう感じ。今は、時間が来たらもうおしまいで、お仕事以外では会うことも話すこともできない。お仕事で出会ってなければ、時間も距離感も気にせずにいられるのにね」

「……うん」

「って、ごめん、本当にこんなこと言っちゃダメだった。今のは忘れて! 燈護の優しさに甘えちゃった……」

「謝らないでよ。そんな風に言ってもらえて、俺はすごく嬉しい。

 澪の抱えた葛藤も、少しはわかると思う。澪はこういう仕事をしているけれど、だからって、澪個人としての気持ちを全部置き去りにできるわけじゃない。

 ただ、澪が何を思っていたって、俺はあくまでお客さんで、踏み込んではいけない領域はわきまえてるつもり。だから安心してよ」

「……うん。そうだね」


 澪が複雑そうな顔で深呼吸。それから、気を取り直したように笑顔で。


「それじゃあ、残り二時間だけど、楽しい時間を過ごそ? 良いレストランを紹介するから、そこでご飯食べながらゆっくりおしゃべりしよ」

「うん。そうしよう」


 澪に導かれ、川沿いにあるレストランに向かっていたところ。


「あれ? 犬丸じゃね? 隣にいるの、まさか彼女?」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 名前を呼ばれるまで全く視界に入っていなかったが、正面から、大学の知り合いである笹本健司ささもとけんじが歩いてきていた。その隣には彼女らしき女性がいて、仲睦まじげに手を繋いでいる。二人とも垢抜けた雰囲気を持っていて、いかにも大学生という風貌だ。

 笹本に、澪を本物の彼女だと紹介するのは気が引ける。こんな美人が彼女なわけないよな? と俺を見下している雰囲気は気に入らないが、見栄を張るのもかっこ悪い。

 澪の前では、しょうもない嘘を吐く男ではありたくない。


「……いや、彼女じゃないよ。恋人代行って聞いたことない? あれだよ」

「ああ、なるほど! なんか聞いたことはあるなぁ。でも、マジで利用してる奴は初めて見た。ヤれるわけでもないのに、単なる恋人のふりのためにお金払うとか、俺には信じられねぇや。どんだけ寂しいんだって話。

 ってか、女を金で買うとか、男としてどうなん? 女が欲しかったら、身近な女に興味持ってもらえるように努力でもしたら?」


 若干ほっとした表情で、笹本が澪をジロジロと見る。隣に彼女がいながら、別の女性にそこまで露骨に関心を示すのはどうだろうね。

 なんて思っていたら、隣の女性が不機嫌そうに澪に言う。


「……あんたさぁ、恋人代行? なんてよくやってられるよね。見知らぬ他人と恋人ごっこして遊ぶんでしょ? やってて虚しくならない?

 てきとーに愛想振りまいて、男に媚売って、甘ったるい言葉でも囁く感じ? そんな自分の安売り、あたしには無理だわー。手を繋ぐのだって、ちゃんと好きな人とじゃなきゃ無理ー。

 健司もさぁ、見た目だけ取り繕って中身空っぽの女に騙されないでよね? 男にちやほやされるだけで稼げるなんてラッキー、とか考えてるしょうもない奴だよ? こんなのと一緒にいたら、健司までくだらない人に見られちゃう」


 澪の手に力が籠もる。隣を見ると、澪はとても苦い顔をしている。

 きっと、この偏見に満ちた言葉に澪は傷ついているだろう。

 今日一日澪と一緒に過ごして、澪が決していい加減な気持ちでこの仕事をしているわけじゃないことは、容易に想像できた。

 澪はデートする相手のことを真剣に考え、一緒にいる時間を目一杯楽しんでほしいと願っている。

 お金のためだという気持ちももちろんあるだろう。けど、そんなのは仕事をしている人なら誰でも同じ。「お金なんていらないけど、とにかく他人のために尽くしたい」なんて考えている人がそうそういるわけない。


「……ふざけたこと言うな。何も知らないくせに。想像すらしないくせに」


 思わず、吐き捨てるように言ってしまった。

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