第10話 特別

 歌い終わると、澪は笑顔で拍手をくれた。


「なんだ、やっぱり上手いじゃないの! 声も良かったよ!」

「いや……上手い人はもっと上手いから……」

「プロより上手く歌えないのは当たり前! 褒められて謙遜されるより、ありがとうって笑ってもらえた方がこっちとしても嬉しいよ!」

「……そっか。うん。ありがとう」


 控えめながら、微笑んでみる。澪もはにかんでくれて、胸が熱くなる。


「じゃあ、今度は私の番ね。……ちなみに、リクエストがあれば、軽いダンス付きでもいいよ?」

「え? ダンスもできるの?」

「うん。踊れるのは十曲分くらいだけどね」

「それでもすごいよ。ダンス、好きなんだ?」

「んー、好きと言えば好きだけど、こういうときのために覚えたっていうのが本当のところ」

「……なるほど。本当に、澪って努力家だよなぁ……」

「ただ隣にいるだけ、適当に愛想振りまくだけ、普段通りの姿を見せるだけ……それで満足してもらえることなんてほとんどないからね」

「……だよね」

「私はお仕事としての意味合いで話をしたけど、恋愛だってそうだよ。なんとなく適当に過ごしているだけで、誰かにとっての特別な存在になんてなれない」

「うん。わかる。澪がこんなにも魅力的なのは、ただ綺麗だからじゃないって、痛いほど感じてる」

「……ん。それじゃ、私が踊れる曲はこれなんだけど、どれがいいかな?」


 澪が候補をスマホに表示して、俺に提示してくれる。その中から、アイドルの有名な曲を選ぶ。若干机と椅子を移動してスペースを作ったら、澪が凛とした姿で立つ。

 曲が流れ始めると、澪は笑顔を保ちながらも、相当な練習量を感じさせる動きでダンスを始めた。激しい動きはないけれど、同時に歌も歌っていて、しかもそれが上手くて、圧倒されてしまった。自分だけのために、本物のアイドルが歌い踊ってくれているとさえ思ってしまった。

 誰かのために、真剣になれる人ってすごく綺麗だ。

 特殊なお仕事だけれど、相手のために真摯に取り組んでいるのがわかる。

 実のところ、お小遣い稼ぎの感覚で取り組む女性に割と適当に相手をされるのかなー、とも予想していたけれど、澪に関しては全然違った。

 値段設定がお高めなのは、こういうことなのだなと実感。

 一曲終わると、俺は痛いくらいに手を叩いて、澪のパフォーマンスを労った。


「すごいよ! 綺麗だったし可愛かったし歌も上手かったし! 感動した!」

「へへ、ありがとう。そんなに喜んでもらえたら、私も頑張った甲斐があるよ」

「本当にすごいよ! 動画として撮っておきたかった!」

「ごめん、それはNGにしてる」

「わかってるけど! でも、良かった! 生まれて始めて、アイドルにはまる人の気持ちが理解できた!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。……続けてっていうのは大変だから、また後で、ダンス付きをやってもいいよ」

「マジか! ありがとう! めっちゃ楽しみ!」


 澪が隣に戻ってくる。隣に現役アイドルが座っているようで、気分の盛り上がりが激しい。


「燈護も、もっと歌ってよ。デュエットとかもしよ?」

「うん! わかった! デュエるスタンバイ!」

「それ、意味が違うんじゃない? カードバトルしたいの?」

「わかってくれてありがとう! なんのこと? ってめっちゃ滑るかもと思って、実はすごくドキドキしてた!」

「あははっ。果敢に攻める姿勢、いいよ!」

「滑ったときのフォローは頼んだ! つまんねー! って言ってくれるだけで報われるから!」

「りょーかい」

「隣の柿はよく客食う柿だ!」

「うーん、微妙……」

「つまらんわ! ってど突いてほしかった……」

「ごめんごめん。次は上手くやるから」

「えっとじゃあ……」

「あ、まだ続ける?」

「続けた方がいい雰囲気じゃなかった!?」

「どちらかというと、私はちょっと無理してて……」

「ごめんなさい! 歌います!」

「あははっ」


 俺は急ぎマイクを握りしめる。澪はケラケラと笑ってくれいて、頑張ってみて良かったと思う。

 他人が見たら本当につまらないやり取りかもしれないけれど、澪が笑ってくれれば、それでいいや。

 それから、しばし気分の盛り上がった状態でカラオケを楽しんだ。

 そして、歌い疲れたときには、ゆったりととおしゃべりをした。

 俺は男子校時代のことをよく話した。文化祭で女装させられたこと、披露した漫才が割と好評だったこと、逆にピンでしたネタが大滑りしたこと。スマホに動画も残っていたので、それも見せた。

 澪は、もっと色んなことを話してくれた。沖縄旅行で見た海が綺麗だったとか、高校生のときに女の子からラブレターをもらって戸惑ったとか、大学では男避けに遠距離恋愛中と称していることとか。


「燈護は、そう遠くないうちに、誰かと付き合い始めるんだろうなぁ」


 澪がしみじみと呟いて、俺は驚く。


「どうして? 俺、全然モテる要素なんてないだろ?」

「そんなことないよ。面白くて、優しくて、素直で、学ぶ姿勢もあって、人を大切にすることができる。私も、一緒にいてすごく心地良い。モテる要素は十分だよ」

「そうかな……」

「いずれわかるよ。……私だってね、誰とでも自然に楽しく盛り上がれるわけじゃないの。燈護もこの時間を良いものにしようって頑張ってくれるから、私ももっと頑張れる。

 そりゃー、燈護が、アイドルみたいに不特定多数の人から人気になるとは言わないよ。でも、誰かにとって特別になれる要素は、ちゃんと持ってる」


 たぶん、リップサービスで言っているわけではないと思う。

 真っ直ぐな瞳に、穏やかな微笑。

 澪の言葉、信じてみよう。例え勘違いだったとしても、それもまた力になると信じて。


「ありがとう。自信が湧いてきた」

「ん。素直で宜しい」


 澪がぎゅっと強めに手を握ってくれる。それだけで、余計に勇気も湧いてきた。

 澪と過ごすこの時間は、この先もずっと俺に力を与えてくれるような予感がした。

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