第8話 服選び

 澪が連れて行ってくれたのは、商業施設内にある、値段設定低めの服屋。


「こういうお店でもいいんだ?」

「ん? もっと高級なブランドものでコーディネートしてほしかった?」

「んー、ファッションって、そういうものかと」

「そういうのもありだよ。けど、上級者向けかな。まずはもっと簡単なものから始めた方がいいと思う。

 ちなみにね、動画とかでも紹介されてるけど、『おしゃれであるとは、ダサくないこと』なんだよ」

「ふぅん? ダサくないことがおしゃれなの?」

「ダサくなければ、普通におしゃれに見えるの。私のワンピースだって、さほど凝ったデザインにはしてない。シンプルですっきり見えて、清楚感は十分出てるでしょ?」

「うん。確かに」

「おしゃれに特別に興味があるわけじゃなければ、ダサくないようにするだけで十分。もし興味が出てきたら、色々と工夫してみたらいいよ」

「そっかー。了解」

「まぁ、とは言え。せっかく私が選ぶのに、誰にでも似合う白シャツと青のジーンズとかだけじゃ、物足りないよね。無難なものも押さえつつ、多少は冒険するくらいの服も選んでいこうか」

「うん。わかった。……ちなみに、澪だったら、ここで服を揃えた人でも、好きになることはあるのかな?」


 何気ない問い。深い意味はない。別に、恋人代行である澪に、本気で俺を好きになってほしいなんて夢は見ていない。けど、そういう風に受け取られても仕方ないかなとも思った。

 澪は一瞬返答に詰まる。だけど、すぐに良い笑顔を見せた。


「私にとっての一番を目指す心意気はよし。私について言うなら、こういうお店で揃えても全然いいと思う。

 逆にファッションにこだわりがありすぎる人は、正直言うとこっちも疲れちゃうからさ。『俺はいつもこんなにおしゃれに気を遣ってるんだから、彼女のお前も常に最高の自分であれ』とか強要されるのは辛い。

 特別なデートの日なんかにはきっちりおしゃれしたいけど、なんでもない日にはだらっとした服装でいたいの。

 燈護も、頑張り過ぎなくていいよ。そして、頑張り過ぎない燈護を、むしろ好きになってくれる人もいる。女性だって、おしゃれに関心がある人ばかりじゃないからね。そういう相手が、燈護にとって相応しい人だと思う」

「そっか。わかった」


 澪の指導のもと、俺に似合う服選びが始まった。

 とりあえず一度自分で選んでみて、と言われて選んだけれど、当然のごとく却下。


「軽く冒険してみようとは言ったけど、好きな色形と、似合う色形は違うんだよね。私も、それで残念な気持ちになることも多いよ」


 そんなフォローを入れられて、俺は改めて澪と共に服を選ぶ。


「一応訊いてみるけど、イエベ、ブルベ、って言葉は知ってる?」

「さっぱりわからない」

「イエベはイエローベース、ブルベはブルーベースの略。同じ日本人の肌でも、それぞれ少しずつ色は違うでしょう? その微妙な違いで、自分に似合う色って違ってくるの。ちなみに、イエベにも種類があって、春タイプと秋タイプに別れる」

「ほ、ほう……?」

「あはは! ファッション知識ゼロだと、なんのこっちゃって感じだよね? けど、女性ならだいたい知ってることだから、多少知識を持っておくといいと思う。帰ってからでも調べてみて。

 ただ……自己診断のイエベ、ブルベって結構間違ってることも多いみたいで、実はあんまり役に立たない知識じゃないかとも思ったりする」

「ほ、ほう」

「ふふ。今は用語解説とかいらないね。将来のために、一応調べてみるくらいでいいかな。

 それより、燈護には……ブラウン、紺、カーキ……くらいが特に似合いそう。季節的には明るめの方がいいから……」


 澪が俺の服を選び、俺が持つ籠に放り込んでいく。


「色選びも大事だけど、燈護は服のサイズ感も変えた方がいいな。オーバーサイズをファッションとして着こなすのはありだけど、燈護の場合は単純にサイズが大きすぎ。

 身長は百七十ちょっと? 今着てるシャツ、Lとかじゃない? その身長ならMでいいし、いっそSでも丁度いいくらいのがたくさんある。

 下も、もう少し細くしていい。せっかく足は細めで見栄えがするはずなのに、ぶかぶかな服のせいでちょっと見栄えが悪い」


 澪の話を、できる限り頭に入れていく。たぶん、俺に合わせて用語は控えめで、わかりやすく話してくれるから助かった。


「本当は髪も切った方がいいんだけど……むしろ、髪を先に切った方が良かったか……けど、それはこのデートとしてはちょっと時間が掛かりすぎ……。まぁ、それは後! さ、まずはこの一式を試着しよ!」


 澪に手を引かれて、試着室へ向かう。そこでまた澪の指導の下、人生初のプチファッションショーを開くことになり、俺は気恥ずかしさで一杯。だけど、澪はとても楽しそうにしていたから、もうそれで俺は大満足であった。

 そして、今後のことも考えていくつか服を新調し、早速その中の一式を着ていく。明るめのブラウン系のシャツにネイビー系のチノパンだ。残りは買い物袋の中で、後でロッカーに預ける予定。


「うん、それだけでもだいぶ見栄えが変わるね。色とサイズ感をちゃんとして、後は変な柄を入れないだけで、だいぶいい感じに見えるよ」

「……ありがとう。俺のために、色々と選んでくれて」

「こちらこそ、人の服を選ぶのは楽しかったよ。ありがとう」


 ええ子やなぁ……。本当、澪と一緒にいるのは、全くストレスがないどころか、自分がデート上手にでもなれたかのように感じる。

 澪が頑張ってくれてるから、楽しいデートになっている。それは忘れてはいけないけれど。


「あと……これ。燈護が着替えてる間に、似合いそうな髪型調べておいた。メールで送るね? 今日切るのは時間がもったいないから、時間のあるときに切るといいよ。美容師さんに任せてもいいけど、そうじゃなければ、こんな感じにしてくださいって言えばいいから」


 澪がスマホに表示した写真を見せてくれる。ふむふむ……。自分に似合うかは不明だけれど、さっぱりした印象になるな。

 澪のおかげで、自分がどんどん変化していく。外見を変えた程度で中身まで良くなるとは思わないけれど、何もわかってなかったときよりは、多少の自信がついてきた。

 ダメダメな自分を導いてくれるお姉さん彼女、素晴らしい!

 このまま行けば……本当の彼女ができる日も近いかもしれない!

 ……澪を彼女にする日は来ないだろうと言うのは、正直残念だけれど。


「何から何まで、ありがとう。すごく助かるよ」

「いえいえー。変わろうとしてる人、努力してる人を見ると、応援したくなっちゃうんだ。

 じゃ、燈護の服の次は……靴、かな。それから、私が行くようなお店も回りたい、だったよね? じゃ、早速行ってみよっ」

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