第7話 きっかけ

 俺としては初めての感覚なのだけれど、隣で女性が笑っていると、いつもより自分たちの動画が面白く感じられた。

 中身は同じはずなのに、誰と見るかで印象は変わるらしい。

 願ってはいけないことだとは知っているけれど、澪がずっと隣で笑っていてくれたらいいなとは、思ってしまった。

 さておき。

 ぼちぼち俺たちは店を出て、『スイーツホリック』が入っている商業施設内を並んで歩く。当然のごとく澪が手を繋いでくれて、心臓のドキドキが止まらん。


「美味しいケーキ、ご馳走してくれてありがとうね。それに、面白い動画を見せてくれてありがとう。帰ってからも見るよ」

「どういたしまして。動画については……本当に見てくれるなら、嬉しいよ」

「む? もしかして、ビジネストークとしてこんなこと言ってると思ってる? 私、本当に見るよ? 面白かったからね」

「そっか。それは嬉しい」

「本当は、私が燈護を楽しませるデートのはずなんだけどなぁ。私の方が楽しんじゃってごめんね?」


 何度見ても、澪の笑顔が眩しい。


「……もう、その笑顔だけで全てが報われた気がする」

「大袈裟だなぁ。けど、そういう風に自分の喜びとかを素直に表現してくれると、こっちも嬉しくなっちゃうな」

「そうなの? ただ思いつくままに言ってるだけなんだけど」

「思うだけの人も多いからさ。こっちは言葉にしてほしいんだ。楽しいー、とか、かわいいねー、とか、好きだよー、とか」

「なるほど。えっと、じゃあ……澪、写真よりもずっと綺麗で、一目見たときからすごくドキドキしてる。俺の始めてのデート相手になってくれてありがとう。

 まだ出会って一時間程度だけど、今日は今までの人生で一番素敵な一日になるだろうって思ってる」

「……あ、あんまり率直に色々言われると、ちょっと照れちゃうな」


 澪が頬をピンクに染めつつ、左手で頬を掻く。可愛い。照れている美人をこんな間近で見られるなんて、恋人代行ってすごい。


「えっと、ごめん?」

「謝ることじゃ、ないよ。こっちも嬉しいから。私も……率直に言ってしまうと、今日一日過ごす相手が、燈護で良かったって思ってる。なんだか申し訳ないくらい、私も楽しいよ」

「そっか。それは良かった。本当に」


 今のは、お仕事としての言葉ではないんだろう。俺といることで、澪が楽しんでくれている。素晴らしいことだ。


「ちなみに、燈護ってさ、どうしてお笑いやろうと思ったの? やっぱり好きだから?」

「始めるきっかけは、猿荻と猫屋敷だよ。中学に入ってからできた友達なんだけど、中三のとき、猿荻が『お笑いやりてぇ』って言い出して、そこから三人で色々と試してみた。積極的にお笑いを見るようになったのはその頃。見てみたら案外楽しかったから、本気でやってみてもいいかなって思ったんだ。

 そして、俺が一番ネタを書くのが上手くて、二人は演じるのは上手かったから、こういう役割分担になった」

「そっかぁ。人の縁ってやつだねぇ」

「うん。始めた頃は、お笑いが特に好きなわけじゃなかった。けど、今は好き。見るのも、ネタを考えるのも」

「お笑い芸人になろうとは思わなかった?」

「流石にそこまでの話は出てないなぁ。個人として、面白おかしくやれたらいいなって言う程度だよ」

「そっか。今は、そういうのが主流になってきてるよね。憧れている何かを、本業じゃなくて副業にする。

  歌手だって、アイドルだって、漫画家だって、自分で勝手に始められる。その方が堅実で安心で、同時に自己実現も叶えられる」

「うん。特殊なものを本業にするのは、リスクが大きすぎる。副業感覚でも、案外人生は充実するよ」

「だよね。えっと、それじゃあ、燈護の希望通りちょっと服を買いに行こうか?」

「うん。お願いするよ」


 色々と事前に希望を伝えていた中に、服を選んでほしい、というのもある。

 ファッションなんてさっぱりわからないから、女性から見てもそれなりに見栄えのする服を選んでもらうのだ。

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