第6話 ネタ
コント『中退』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
猫屋敷『おい、猿荻、高校辞めるって本気かよ?』
猿荻『猫屋敷……。もしかして、先生に聞いたのか?』
猫屋敷『ああ、そうだ。猿荻が高校辞めるって言い出したから、引き留めるように説得してくれって』
猿荻『なんだよ……ったく、誰にも言うなって言ってたのに……』
猫屋敷『まぁ、それは俺もどうかとは思う。教師として、個人情報などの大切さについてきちんと学び直すべき案件だ』
猿荻『お、おう……そうだな』
猫屋敷『それはそうと、本気で辞める気なのか?』
猿荻『ああ、辞める。今の時代、高校にきちんと通うのが一番偉いってわけじゃないだろ? 勉強なら自分でもできるし、大検受かれば大学受験はできる』
猫屋敷『そうか……。確かに、世の中には真面目系クズと呼ばれる人種もいて、表面上は真面目に学校に通うし成績もいい、だけど、精神的には全くのお子ちゃまで、善悪の区別も付かず、将来的にとんでもないことをやらかす奴もいる。まさかあの人がこんなことをするなんて!? なんてな。お前は、そんな奴にはなりたくないって言うんだな?』
猿荻『え? あ、ああ……うん? ま、まぁな。それによ……俺たちさ、自分たちが生きてるのを当たり前に思ってるけど、本当は、明日にも人生が終わる可能性だってあるんだぜ? 今日死んじまっても後悔しないような人生を送りたい。そう思うと、高校なんて通ってる暇はねぇって思った』
猫屋敷『そうだな……。俺たちの人生、いつ終わるかなんてわからない……』
猿荻『だろ?』
猫屋敷『けど、本当にいいのか? 俺たちの人生が明日終わる可能性、一体何パーセントだ? 逆に、俺たちに明日も明後日も、いっそ十年後もある可能性は九十九.九九パーセントくらいはあるはずだ。それなら、高校に通って堅実に歩んでいくのも、そう悪くないんじゃないかと俺は思う。
圧倒的高確率で、俺たちにはまだ長い未来がある。それでも、明日死んでしまうかもしれない可能性を重視し、直近の人生に後悔がないように生きていくって言うのか?』
猿荻『お、あー……えっと。ま、まぁ、その、あれだな。だけど、やっぱり、高校生活って色々と窮屈だろ? 俺は、もっと自由に生きていきたいんだ』
猫屋敷『そうか。高校生活ってのは、人によっては本当に苦しいばかりだもんな。ちなみに、猿荻は、高校辞めて何をするつもりなんだ?』
猿荻『ああ……実は、配信者になろうと思ってる。好きなことで生きていく。そんな人
間になりたい』
猫屋敷『……それは確かに理想だな。だけど、いいのか? 配信で、本当に好きなことをして生きている奴なんてまずいない。視聴者の好みや流行をきっちり分析し、自分の好みもやりたいことも抑え込んで、とにかく皆に楽しんでもらえることをやるのが、配信者の素顔だ。
悪く言えば、配信者なんて視聴者の奴隷とも言える。決して本当に自由ではない。それがわかった上で、猿荻は配信者になるって言ってるんだよな?』
猿荻『え、あ……ええ? いや、そ、それくらい、わかってる、よ。当然だろ?』
猫屋敷『そうか。ちなみに、どんな配信をするつもりなんだ? って言うか、もう始めてる?』
猿荻『いや、まだこれからで、色々挑戦してみようかと思ってるんだ。そして、そこから自分の適性を探っていこうって』
猫屋敷『なるほどな。これだっていうのに固執せず、色々と挑戦してみるのはいいことだ』
猿荻『だろ? 自分のまだ見ぬ可能性を、どんどん広げて行くつもりだ』
猫屋敷『そうだな、まぁ、これからすごく大変だとは思う。配信業界、才能の固まりみたいな連中はたくさんいて、そこで生き残り続けるのは血を吐くような努力が必要だろう。
ぶっちゃけ、誰かの言いなりになって、高校、大学と卒業し、会社に就職して社会の歯車になる方が、よほど楽だ。ちなみに、そうした中で、まずは就職までで戦っていくのは、だいたい同年代の一般人。
しかし、猿荻が戦っていくのは、アスリートで言えば全国大会常連級の怪物たち。すっげーきついと思うけど、応援してる』
猿荻『あ、ああ……』
猫屋敷『配信始めたら教えてくれよ。絶対見るから』
猿荻『おお……ありがとう』
猫屋敷『いやぁ、俺は楽しみだよ。今後、猿荻がどう活躍していくか。あ、今のうちにサインもらっててもいいか?』
猿荻『あ、いや、まだサインも何もなくて……』
猫屋敷『そっか。まずは身一つ、裸一貫からの始まりだな。頑張れよ!』
猿荻『うん……。えっと……俺、考え直した方がいいのかな……?』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なんて言うか、ちょっとシニカルなお笑いだね」
「まぁ、ねぇ……」
澪からの反応は、実のところ微妙だった。俺の学校では割とウケたネタだけれど、一般ウケはしないみたいだ。女性ウケがいまいちなのかな?
「けど、面白かったよ。これ、高校生の時の作品だよね? 演者も脚本もちゃんとしてて、すごいなって思った」
「すごいと思われるより、笑ってもらえたら嬉しかったんだけどね」
「ちゃんと面白かったよ?」
「ありがとう。けど、そうだなぁ……。ちょっとこっちも見てくれる? 脚本も何もなく、アイディアだけ提供した奴だけど、シンプルに面白いかも」
別の動画を再生する。
タイトルは、『時間停止』。ちょっとやらしい雰囲気も感じるタイトルだけど、そんなことはない。時間を停止させる不思議な時計を手に入れた猫屋敷が、ダンスの練習をしている猿荻の時間を頻繁に止めるというだけ。
とても辛い姿勢の維持を強要されたり、停止中の顔がめちゃくちゃ不細工だったり、空中停止の為に黒子である俺が活躍したりと、実にシンプルなお笑いだ。
先ほどとは違い、澪の反応がとても良かった。頭空っぽで、ただただ面白いだけのネタの方が、やはり多くの人の心を掴むと思う。
ただ、このネタについては、俺の脚本担当としての仕事はほとんどなかった。むしろ、猿荻と猫屋敷の方が良いアイディアを出していた。
俺が中心になって考えたネタで笑ってくれたら、もっと嬉しいのにな。少し、いや、かなり、悔しい。
「すごいなぁ。本当にお笑いやってるんだね」
ひとしきり笑ってくれた澪が、その名残を見せながらこちらを向く。
有線イヤホンを使っているおかげで顔が近くて、輝く瞳にドキリと胸が高鳴った。
「ま、まぁ……ね。素人なりに、この動画投稿で稼げてもいる」
彼女のレンタル費用もここから来ている。一人当たり月に一、二万円程度の稼ぎだけれど、高校時代からの積み重ねでそれなりの額になった。
「しっかし、意外だなぁ。こういうことやってる割には、燈護って生真面目な感じ」
「もしかしたら、普段は生真面目だから、反動で変なネタを思いつくのかも」
「ああ、反動。なるほど。……これは浮気するなぁ」
「ええ!? なんで!?」
「今まで女性に縁がなかった分、誰かと付き合い始めたら、反動で色んな子に手を出しそう」
「そ、そんなことは、ないよ?」
「自信なさそー。余計なお世話だけど、浮気はダメだよ?」
「わかってるよ……」
「宜しい。ねぇ、もう少し見てもいい? 面白いの、もっと紹介してよ」
「あ、ああ……いいよ」
それから二十分ほど、俺と澪は二人で動画を見続けた。
俺の考えたネタで澪がコロコロと笑ってくれるのが本当に嬉しくて、その笑顔が
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