第5話 イヤホン

 澪はおしゃべりがとても上手だった。

 元々俺は話すのが得意ではない上、相手が女性では何を話せばいいのかわからない。

 そんな中、澪が率先して話をしてくれて、さらに俺への問いかけも織り交ぜて、俺も会話を楽しむことができた。妙な沈黙が流れることもなくて、心地よかった。澪と接していると、自分がおしゃべり上手にでもなったかのような錯覚を覚える。

 これがデートのプロという奴か、とこんなところでも感心。もはや感動。

 ケーキも食べ終わり、後はセットのコーヒーを残すのみというところで。


「燈護って、もしかして配信者とかしてる?」

「え? してないよ? なんでそう思ったの?」

「あ、してないのか……。なんとなく、燈護には話すことを練習してる人の雰囲気があったんだけどなぁ」

「そう? むしろ会話は苦手な方かな」

「そうなの? それにしてはしっかり話してるし、配信に限らず、何かしらやってるとは思ったんだけどな」

「そういうの、わかるもんなんだ?」

「色んな人と話してるとね、すこーしわかるの。

 何も練習してない男の子って本当におしゃべりが苦手で、こっちが何か尋ねても、うん、ああ、そう、とかしか返してくれなかったりするの。声もぼそぼそしてるし。

 それに、自分の気持ちや考えを言葉にするのも苦手で、こっちが想像力を働かせて補足することが多い。

 燈護の場合、結構しっかり話してくれるから、何か練習はしてるだろうなと思った」

「なるほど……。

 強いて言えば、俺はしゃべりの練習をしてるってわけじゃなくて、副産物として少し伝え方を学んだ感じかな」

「副産物?」

「俺、高校生の頃から、漫才とかコントのネタを考えてるんだよね。だから、何もしていない人とは、違うものを感じるかもしれない」

「へぇ? 漫才とかコント? ネタを自分で考えている人、初めて会ったよ。でも、ネタを考えるだけ? 自分ではやらないの?」

「俺は主にネタを考えるだけ。演じるのは友達の二人。俺はさ、多少アイディアは出せるけど、演者としての素質も華もないんだ。あの二人を見ていると、本当にそう思う。

 あの二人が演じて、動画投稿や配信もして、収益化にも繋がったけど、俺が演じていたらああはならない。だから、俺はほぼ裏方で、ネタを提供してる」

「そっか……。その辺の機微は私にはわからないけど、ネタを考えられるだけでもすごいよねっ」


 おっと……。澪の笑顔が眩しい……っ。


「ほ、本格的な芸人として通用するほどじゃないんだけどさ」

「それを言ったら、テレビに出ない配信者は皆そうだよ?」

「それもそうか……」

「プロじゃなければ価値はない、なんて時代じゃないよ。素人なりの配信が、むしろプロよりも誰かの心を打つことだってある」


 澪の言葉に熱が籠もる。その瞳も、輝きが増したように感じる。


「……もしかして、澪は配信活動をしているのかな?」

「え? あ……えっとー……」


 澪が視線を逸らす。狼狽うろたえ方は素のもので、それだけでも答えだった。


「澪が配信をしているから、同業にも敏感なんだね」


 澪が観念したように頷く。


「……そういうところ、あるかも」

「澪はどんな配信をしてるの?」

「私がやるのはただの雑談。それに、頻度もすごく少ないの。収益とかもまるでなし」

「へぇ、それでも気になる」

「……誰にも言わない、ネットに書き込まない、燈護も検索しない。約束してくれるなら、詳しく教えてもいいよ」


 最後の条件は……守れるかな? まぁ、無理だろうな。


「……その条件なら、聞かないでおく。自分で検索しないっていう条件だけは、守れない気がするから」

「燈護は真面目だなぁ」


 呆れているような、喜んでいるような。


「不真面目にあまり向いていないだけだよ」

「ふむ。そんな人がお笑いのネタか……。意外かも。お笑いやってますって雰囲気は感じなかったな」

「ネタとしては色々書けるけど、普段はごく普通だよ。俺はそういう地味な性格しているんだ」

「そうかぁ……。ねぇ、燈護の関わってる動画、見せてよ。気になる」

「誰にも言わない、ネットに書き込まない、今後検索しない。約束できる?」

「うん、無理。だから見せて?」

「ぷっ」


 澪の不真面目ぶりに、思わず笑ってしまう。

 俺も冗談のつもりで言ったけれど、たぶん、澪のようなスタンスでいいんだろう。

 澪だって、もしかしたら……俺が検索することも実は許していて、見せてくれようとしていたのかもしれない。後で改めて訊いてみようかな。

 スマホを取り出し、動画アプリを起動させる。


「面白くなかったらごめんね」

「そのときは、いわゆる滑り芸の類だと思うことにするよ。『面白くなかったね!』って突っ込むから、ちゃんと笑ってね?」

「お、意外とお笑いのツボをわかってる? 面白くない話に、面白くない! って突っ込むと笑いが取れるのは、ある意味鉄板だ」

「お笑いも好きだよ。いつも見てるわけじゃないけど、漫才とかコントの大会は見てる」

「そっか。十分だ」

「あと、これ。イヤホン」


 澪が有線のイヤホンを手渡してくる。店の中だし、それを使って二人で聞こうと……?

 お、おお? それって、左右一つずつのイヤホンを、カップルで共有するあれか? 普通なら音楽を聴くのだろうけれど、とにかく憧れのシチュエーションの一つ。


「どうしたの?」

「いや……憧れのシチュエーションが実現するな、と」

「そのために持ってるイヤホンだよ? 普段はワイヤレス使ってるもん」

「ぷっ。なんだその用意周到さ! プロ意識高過ぎ!」

「なんのなんの。これくらいは当然だよ」


 男の子の憧れを叶えるお仕事。澪は自然体でこなしているように見えるが、やはり繊細な気遣いが必要なのだろう。すごい人だよ、本当に。

 ドキドキしながら、一つのイヤホンを二人で共有。スマホの位置とケーブルの長さから、必然的に二人の距離が近づく。ふわりと漂うのは、ケーキとは違う香水の甘さ。


「……いい雰囲気の音楽でも流したくなってきた」

「それは後。先に燈護の奴を見せて」

「後ってことは、後ではありなの?」

「それはありでしょ。むしろ、ダメな理由って何かある?」

「そういえば、ないなぁ」

「そういうこと。ほらほら、燈護の一押し、これぞ俺の最高傑作っていうネタを見せて?」

「……プレッシャーが辛い」

「面白くなかったら膝枕で慰めてあげるから」

「……一番ウケなかった動画を再生したくなってきた」

「それはダメー」


 やべ、このやり取り楽しすぎて、永遠に続けられる。

 だが、澪も待っていることだし、ここは動画を再生しよう。


「えっと、一応事前に言っておくと、背の高くて角張った顔の奴が猫屋敷祝ねこやしきしゅうで、小柄で筋肉質なのが猿荻賑さるおぎしんね」

「ふむふむ。確かに、演者として華のある外見してるね」

「今、婉曲的に、二人は顔だけで笑いが取れるって言った?」

「言ってないってば。もー……」


 澪がくすくすと笑っている。この勢いで、動画も楽しんでくれるといいな……。

 今までで一番、切実に、そう思った。

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