第19話 雨空も好きだよ

 ブリーフィングが終われば、わたしたちはすぐに出撃した。

 わたしはユリィに乗って、チトセとリディアお姉ちゃんは戦闘機に乗って、フィユはドラゴンに乗って、無人機たちと一緒に空を駆け抜ける。


 今日の天気は雨。空は見上げても、真っ黒な雲しか見えない。

 プロテクト魔法の障壁にはたくさんの雨粒が当たり、透明なはずの障壁が見えるようになっていた。


「雨、ちょっと強くなってきたね。ユリィ、大丈夫?」


「がうがう!」


「だよね! ユリィは雨なんか気にしないよね!」


「がう~! がう、がう~」


「データリンク装置が重いのは我慢!」


「がうぅ~」


 ユリィは不満そうに口を尖らせる。


 出撃前、ユリィの鞍と首元に大きな機械が取り付けられた。

 この機械こそ、戦闘機や無人機がレーダーで捉えた敵の居場所を共有できるデータリンク装置らしい。

 でもこの機械、ちょっと重いみたいで、ユリィはずっと不満げ。


 そんなユリィをなだめながら遠くを見渡せば、小さなドラゴンが見えた。


「眷属さんたちも戦場に到着したね」


「がうがう、がうぅ?」


「うん、龍騎士さんと騎士団のみんなに青い印をつけてくれるようお願いしてほしいな」


 わたしがそう言うと、ユリィはさっそく眷属さんたちに指示を出す。


「がう~がう~がう!」


 歌のようなユリィの指示が空に響いた直後だ。

 雨に霞んだ空の向こうに、いくつもの青い点が浮かんだ。


「眷属さんの準備は完了だね。次はデータリンク装置……ええと……ここをこうして……」


 航宙軍の人に教えてもらった通りに、わたしはデータリンク装置を起動する。

 起動できたのかな? なんか光ってるけど、よく分からない。


 よく分からないけど、次はデータリンク装置の接続だね。

 よし、どんどんスイッチを押していこう。

 スイッチをポチポチしていれば、無線機からチトセの声が聞こえてきた。


《クーノ、フィユ、データリンク装置の起動と接続、できた?》


《私はできたよぉ》


「ちょっと待って……できた! たぶん!」


 データリンク装置のモニター? には青い印が並んでるし、たぶん大丈夫なはず。 


「これでわたしとチトセ、同じものが見えるね」


《だね》


 チトセも同意してくれたし、データリンク装置は心配なし。


 眷属さんたちとデータリンク装置のおかげで、戦場の様子がだいぶ見えるようになった。

 今のところ、青い印がたくさん見える。


 同じ景色を見たフィユは、ちょっとだけ大げさに言った。


《龍騎士団はぁ、64人の龍騎士が攻撃に参加してるらしいよぉ。騎士団は3000人規模の主力級だしぃ、なかなか大きな戦いになるねぇ》


 ほとんどお祭りみたいだ。

 これだけの部隊が動くのは、きっと10年前の戦争以来。

 そう考えると、今の状況がどれだけ危機的なのかがよく分かる。

 

まあ、わたしからすれば、珍しい空を飛ぶチャンスなんだけどね。

 ところでなんだけど――


「ねえねえ、師匠とエヴァレットさんも作戦に参加するんだよね」


《だろうねぇ》


「じゃあ、またみんなで空を飛べるんだ! 豪華メンバーの再集結だね!」


《いつも通りのクーノを見てると、なんだか安心するよぉ》


 フィユの苦笑いが炸裂し、リディアお姉ちゃんが小さく笑う。

 どんなに今の状況が危機的状況でも、わたしたちはいつも通りだ。


 地上を進む騎士団を追い越し、小雨をかき分け飛び続ければ、地平線に青い魔力のカーテンが揺れている。


「見えてきたね」


「がう~」


 目的地の魔泉まで、あと少しだ。


 空から見下ろす魔泉付近の景色は、数日前とはだいぶ違っている。

 青の魔力が吹き出す魔泉の孔は、沿岸部だけじゃなく、陸地の丘まで呑み込んでいた。


「魔泉、陸地の奥まで広がっちゃってるよ。ちょっと前まで海の中にぽっかりあったのに」


「がうがう」


「そうだね、魔泉封鎖作戦、絶対に成功させよう」


 このまま魔泉が暴走を続ければ、人が住んでいる町だって魔泉に呑み込まれちゃう。

 そうはならないよう、わたしたちが頑張らないと。


 さらに魔泉に近づけば、小雨の向こうに太陽の光が射し込んでいるのが見える。

 空全体を覆っている雨雲は、空に向かって吹き出す魔力に追いやられ、魔泉の周囲だけ円筒状に抜け落ちているんだ。

 不思議な光景にわたしのワクワクは暴走寸前。


 対照的に、リディアお姉ちゃんはとっても冷静だった。


《魔泉付近に雲はないけれど、その代わり強力な魔力があるから、あんまり魔泉に近づきすぎちゃだめよ。私たちの任務は、あくまで陽動作戦の護衛なんだから》


《分かってるよぉ。クーノが分かってるかどうかはぁ、怪しいけどぉ》


「ひどい! わたしだってそのくらいは分かってるもん!」


《え!?》


「なんでチトセは驚いてるの!?」


 わたしだって、そこまでめちゃくちゃじゃないよ! ワクワクが暴発しない限り!

 なんて会話をしていると、遠話魔法がわたしとフィユの耳に届いた。


《こちら龍騎士団第3飛龍隊のトリオン、そちらの位置を確認した》


《こちら航宙軍第108戦闘飛行隊のフィユだよぉ。今日もよろしくねぇ》


 第3飛龍隊のトリオンって、なんだか懐かしい名前だね。

 航宙軍に移ってから第3飛龍隊のみんなと飛ぶのは、これがはじめてかな。

 トリオンとの挨拶が済めば、今度は透き通った声と聞き慣れた声が聞こえてくる。


《こちら第1炎龍隊、エヴァレット、こちらも航宙軍の位置を確認、した》


《ハ~イ、久しぶりね》


「エヴァレットさんに師匠!」


 ついに豪華メンバーが再集結だ。


「やっぱり二人も作戦に参加するんだね!」


《当たり前でしょ。こんなに楽しそうな戦場、見逃せないもの。何より、せっかく楽しいことを思いついたんだから》


「楽しいこと? それって、どんなこと?」


《秘密。といっても、すぐに分かるだろうけどね》


「ふ~ん」


 師匠が言う楽しいことの内容、すっごく気になる。

 気になるけど、すぐに分かるなら、まあいいや。


 それよりも、『紫ノ月ノ民』が動きだしたみたいだ。

 魔泉の淵に集まっていた魔物が一斉に飛び立ち、こっちに向かってきた。


 青い魔力のカーテンを背景に、真っ黒な魔物たちが虫みたく一斉に飛び立つのは、とっても気味の悪い光景。

 それでもチトセは、クールに言う。


《クーノ、今回もリードは任せるよ。ウィングマンは私に任せて》


「うん、分かった! この前みたいに、自由に空を飛ぶ!」


 やることはいつもと同じだ。

 チトセと一緒に、好き勝手に空を飛ぶ。

 そうすれば、わたしたちが魔物に負けることなんてあり得ないよね。

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