第4章 楽しい空のためなら
第18話 魔泉封鎖作戦のはじまり
ライラでの生活も数日が経ち、新生活に慣れてきた頃。
わたしたちはライラの会議室に呼ばれた。
チトセとリディアお姉ちゃん、フィユと一緒に集まった会議室は、明かりが落とされ仄暗い。
椅子に座ったわたしは、思わず大あくびをしてしまう。
わたしの豪快なあくびを見て、隣に座ったチトセは小さく笑いながら言った。
「大事な作戦の前に、随分と余裕そうだね」
「だって、暗いと眠くなってきちゃうんだもん」
「子供か!」
そんなツッコミを入れられても、眠気は強敵なんだから仕方がないよね。
眠気と戦うこと数分、レティス艦長が会議室にやってきた。
「皆、集まったみたいだな」
そう言ってわたしたちの前に立ったレティス艦長は、胸を張って言葉を続ける。
「いよいよ今日は魔泉封鎖作戦が行われる日だ。今日に備えて、皆も緊張感と闘争心に溢れていることだろう」
「え!? 魔泉封鎖作戦、今日だったの!? びっくり!」
「いやいや、私はびっくりしてるクーノにびっくりなんだけど」
あれ? チトセたちも作戦の日程、知ってたの?
そういえば前の戦いが終わった時に、6日後に魔泉封鎖作戦がどうたらってフィユが言ってたような気がする。
うん、とりあえずレティス艦長の説明を聞こう。
わたしがおとなしくなれば、レティス艦長はブリーフィングをはじめた。
「魔泉封鎖作戦は、これから行われる大規模な陽動作戦と、明日の未明から明け方にかけて行われる封鎖作戦本番の二段階に分かれている。我々はそのどちらにも参加するが、主力として参加するのは本番だ」
ふむふむ、これは忙しくなりそうな予感。
「陽動作戦には龍騎士団と騎士団の主力が参加する。彼らの任務は、陸地にまで達した魔泉へ侵攻する構えを見せることで、我々の魔泉封鎖作戦が地上制圧を主軸にした作戦だと敵に誤認させることだ」
ここでわたしの頭に疑問が浮かぶ。
だから、わたしは迷うことなく手を挙げた。
「はいは~い、質問!」
「なんだ?」
「陽動作戦って、魔物にも有効なの?」
「それについては、フィユが説明してくれる」
答えを丸投げしたレティス艦長は、腕を組み壁に寄りかかった。
代わりにフィユが立ち上がり、わたしに向かって質問の答えを教えてくれる。
「実はねぇ、『紫ノ月ノ民』が魔物たちを操る術を持っていたことが判明したんだよぉ。クーノも前回の戦いで見たよねぇ、魔物が囮作戦を仕掛けてきたところぉ」
「うん、見た!」
「あれも『紫ノ月ノ民』が魔物たちを操った結果だよぉ。普通ぅ、魔物は作戦を仕掛けるほどの知能はないからねぇ」
なるほど、そういうことだったんだね。
どうにも魔物が少しだけ強かったはずだよ。
わたしがフィユの説明に納得したと同時、リディアお姉ちゃんがフィユに尋ねた。
「たしか、特別な魔法陣を起動することで魔物を操れるのよね?」
「そうだよぉ。だけどぉ、魔法陣を作るには大量の人間の生き血が必要でぇ、魔法陣の起動には〝頭部〟も必要になるしぃ、挙句に魔物を操る人は精神を侵食されてぇ、最終的には魔物化しちゃうんだよねぇ」
「聞いてるだけでも気分が悪くなりそうな魔法だわ」
「同感だよぉ。だからぁ、魔物を操る魔法は物語の中の存在としてぇ、ずっと封印されていたんだけどねぇ。どうして『紫ノ月ノ民』なんかがぁ、あの魔法を使ってるんだろぉ?」
両手を持ち上げたフィユは苦笑い。
一方のチトセは、クールに言い放った。
「なんにせよ、おかげで私たちは魔物を騙すんじゃなくて、人間を騙せばいいことになったんだから、結果オーライ」
「そういうチトセちゃんのクールなところって、たまに怖く感じるわ」
困ったように笑うリディアお姉ちゃんと、クールなままのチトセ。
わたしはチトセのクールなところ、かっこいいと思うけどな~。
一連の話が終われば、再びレティス艦長が口を開いた。
「とにかく、これから大規模な陽動作戦がはじまる。騎士団はすでに出撃しているはずだ。第108戦闘飛行隊には、彼らの支援を行ってもらう」
その言葉にわたしたちはうなずく。
続けてレティス艦長は、わたしとフィユに視線を向けた。
「クーノとフィユのドラゴンたちにはデータリンク装置を装備させた。魔泉封鎖作戦本番ではデータリンク装置が不可欠であるから、陽動作戦中に慣れるように」
これでだいたいのブリーフィングは終わり。
と思ったのだけど、レティス艦長は人差し指を立てた。
まだ話を終わっていないらしい。
「それと、興味深い情報を手に入れた」
鋭い笑みを浮かべ、レティス艦長は続ける。
「魔泉を封鎖する際、一時的に魔力の激しい暴走が起きる。この時に、そのあまりに強大な魔力が次元の扉を開くそうだ。つまり、魔泉が封鎖される直前に魔泉に飛び込めば、我々は元の世界に帰れるかもしれない」
これは完全に想定外の話だった。
異世界からやってきたライラが、異世界に帰るチャンスを得たんだ。
チトセたちが故郷に帰るチャンスを得たんだ。
本当なら喜んでもいいはずの話。
だけどわたしの心には、悲しい気持ちが溢れてくる。
「みんな、元の世界に帰っちゃう……?」
チトセと一緒に飛ぶ空。
みんなと過ごすライラでの日常。
ライラが元の世界に戻れば、そのすべてが終わってしまう。
いきなり突きつけられたお別れの可能性に、わたしの目には涙が浮かんできた。
ところがレティス艦長は、優しくキザな声色で言う。
「そんな悲しい表情をする必要はないさ、クーノ。チトセは君から離れたりはしないよ」
「レ、レティス艦長!? 他に言い方なかったんですか!」
顔を赤くしたチトセは、席を立ちレティス艦長に抗議した。
それでもレティス艦長は、何事もなかったかのように言葉を続ける。
「2隻の輸送機に50人のクルーを乗せ、彼らを元の世界に返す。だが、チトセをはじめとした我々は、ここアオノ世界に残って魔物を退治するつもりだ。だからクーノが悲しむ必要はないさ」
それはつまり、ライラは元の世界に帰らないということ。
チトセやリディアお姉ちゃんは、アオノ世界に残るのを選んだということ。
これからもライラでの日常は続くということ。
これからもチトセと一緒の空を飛べるということ。
さっきまで悲しみに溢れていたわたしの心は、一気に喜びに染まった。
「まだまだ一緒にチトセと一緒にいられるんだね! 良かった~!」
「わわ! だから、いきなり抱きつかない――あれ!? クーノ、泣いてる!?」
「だってだって~! チトセとお別れなんて嫌だったから、チトセが残ってくれるって聞いて、嬉しくて、それで――」
「子供か!」
ツッコミを入れてくるチトセだけど、わたしは見逃さなかった。
今のチトセは、とても嬉しそうな表情をしている。
だからわたしも、涙は止まらないけれど、嬉しい表情をすることにした。
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