第9話 街みたい、じゃなくて、街だった

 リディアお姉ちゃんに案内され、わたしたちが最初にやってきたのは、甲板からつながる広い部屋だ。

 ひどく味気ない灰色の広大な空間には、甲板以上にたくさんの無人戦闘機が並んでいる。

 数人の人たちと機械たちは、管をぶら下げた無人戦闘機の中身をお医者さんのようにいじっている。

 ほのかな照明も相まって、なんだか戦闘機たちの休憩所みたいな場所だ。


 リディアお姉ちゃんは足を止め、解説をはじめた。


「さあ、ここが格納庫よ。この格納庫には5機の無人偵察機、10機の輸送機、124機の無人戦闘機、6機の有人戦闘機を格納、整備することができるの。弾薬庫や燃料貯蔵庫から運ばれてきた弾薬・燃料を機体に載せるのもこの場所ね」


 つまり、龍母艦でいう龍舎みたいな場所ってことなんだろう。

 戦闘機の休憩所で間違いなかったみたいだね。


 ところで、格納庫には見たことのない無人機の姿もある。

 遠慮せず聞いてみよう。


「ねえねえリディアお姉ちゃん! あの翼が長いのは何?」


「あれは無人偵察機RQ270ユニヴァースホークよ。偵察機については、龍母艦でも説明を受けたわよね。宇宙空間から目標や戦場を監視し続けてくれて、たくさんの情報を届けてくれる、頼もしい無人機ちゃんだわ」


「ほ~」


 知らない無人機の正体が分かって、わたしはひとまず満足。

 でもリディアお姉ちゃんは満足していなかった。


「ちなみにユニヴァースホークが装備しているカメラは分解能が1センチ未満、モード切り替えによって地下30メートルまで可視化することが可能なのよ。データリンク装置としては最新のリンク32に接続可能で、レーダーを積んでいない味方機でもミサイルの誘導――」


「ど、どど、どうしよう。リディアお姉ちゃんが何を言ってるのか分からないよ……」


《クーノ、もうリディアの話は聞かなくて大丈夫だよ》


「そうなの?」


《うん。リディアって兵器製造会社の社長の令嬢だから、こういう話をはじめると、聞いてもないのにいつまでも喋り続けるんだよ。そういうときは無視するに限る》


「ふ~ん」


 それから数十分間、リディアお姉ちゃんのよく分からない話が続くけど、そのすべてをわたしは無視した。

 長い話が終われば、次の場所へ。


 大きなライラを移動するため、わたしたちは前後左右上下に動くリフトに乗った。

 格納庫を出発したリフトがたどり着いたのは、飾り気のない平面な空間。


 リフトを降りたわたしとフィユは、ここがどこだか想像もつかない。


「ここ、なに? なんだか今までと雰囲気が違うよ?」


「真っ白空間だねぇ」


 汚れひとつない真っ白な平面空間は、現実離れした雰囲気だ。

 リディアお姉ちゃんは壁にある小窓を指さして、この場所の正体を教えてくれる。


「実はここね、工場なのよ」


 意外な言葉を聞いて、わたしは小窓を覗き込む。

 小窓の向こう側に広がっていたのは、機械の腕たちがいろんなものを作る光景だった。

 本当に現実離れした光景だよ。


 機械の腕たちは、たまにやってくる人の指示を聞いて何かを作っているみたい。


「あれ、何を作ってるの?」


「なんでも、よ。戦闘機のパーツにミサイル、弾丸、戦闘機そのものから、椅子や歯ブラシ、鍋、冷凍食品まで、全部をこの工場で作ってるの。ライラがとてつもなく大きいのも、船体のほとんどをこの工場が占めてるからよ」


 続けてチトセが教えてくれた。


「ライラは単艦で10年以上戦えるよう設計されてるから、戦闘とかクルーの生活に必要なもの、全部この工場で作ってるんだよ」


「ほえ~」


 魔法も使わずに機械が機械を作るなんて、それこそ魔法みたいな出来事だ。

 わたし、もしかしたら今、異世界にいるも同然なのかもしれない。

 なんだかスケールが大きすぎて、よく分からなくなってきたよ。


 ひとつたしかなのは、チトセたちが住んでいる世界がすごいってこと。

 

一緒に小窓を覗いていたフィユは手を挙げる。


「はぁい、質問ですぅ」


「フィユちゃん、質問どうぞ」


「それだけたくさんの物を作るための資源はぁ、どこから調達するんですかぁ?」


「いい質問ね」


 人さし指を立て、ウィンクをしながら、リディアお姉ちゃんは解説を続けた。


「ライラではね、サテライト級重航宙戦艦の動力源である原子炉の核融合反応と、艦浮動装置の余剰エネルギーを利用して、惑星や衛星から採取した資源に元素変換を施し、資源を確保しているのよ」


「げんそへんかんってぇ?」


「こっちの世界で分かりやすく言えば、錬金術ね。水から金属を作る、みたいな」


「錬金術ぅ!? ライラ、すごすぎるよぉ」


「ただね、よく使う資源のスタビレニウムがアオノ世界に存在しないみたいなのよね。貯蔵が尽きる前に、どこかでスタビレニウムを見つけないとだわ」


「そのスタなんとかを見つければぁ、なんでもできるんでしょぉ。やっぱりすごすぎだよぉ」


 解説を聞いて、フィユは目をキラキラさせている。


 一方のわたしは、途中から解説の意味がよく分からなかったので、どこに驚けばいいのかもよく分からない。

 よく分からないうち、リディアお姉ちゃんの口が止まらなくなった。


「ちなみに、原子炉を利用したスタビレニウムの元素変換は危険を伴って、数年前に起きた事故では衛星の3分の1を――」


「またリディアお姉ちゃんの長い解説がはじまった!」


「気にしない気にしない」


 呆れたような表情のチトセは、リディアお姉ちゃんを押しながら工場を後にする。

 そんなチトセを追って、わたしたちも工場を後にした。


 工場を出れば、リフトに乗って次なる目的地へ。


 少ししてリフトが止まったのは、吹き抜けの通路がまっすぐと伸びる広い部屋だ。

 観葉植物と照明に飾られた通路は、たくさんのカラフルなお店に囲まれている。


「お? おお~! 市場みたいな場所に出た~!」


「これはぁ、完全に街だねぇ」


 もしかすると、わたしの故郷の市場より立派かも。

 通路の真ん中に立てば、リディアお姉ちゃんがいつも通り解説してくれた。


「そう、ここはライラの街。ライラに乗っている約3000人のクルーのための街よ」


「3000人!? ライラには3000人も人が乗ってるの!?」


「ええ。操艦要員、航宙要員、司令要員、整備要員、工場要員、研究要員、生活要員などなど集めたら、3000人ぐらいにはなるのよ。とは言っても、1200メートルの船に3000人は少ない方だけどね」


 あんまり人は見かけてないけど、3000人もいたんだね。

 全員が休みにこの街にくれば、この街も賑やかになりそう。


 ただ、今の街はほとんどわたしたちの貸切状態だ。

 さっそく、わたしはお店を見て回った。


「見て! ご飯が食べられるお店がある~! こっちにはお洋服屋さん! あ! 雑貨屋さんまであるよ~!」


 ガラス張りのおしゃれなお店が並ぶ中で、独特なかわいい雰囲気の雑貨屋さんが一軒。

 あの雑貨屋さん、すごく気になる。


 心の思うままに雑貨屋さんに入ってみれば、そこにはたくさんのぬいぐるみや置物が売られていた。

 どうやらかわいい空間に迷い込んだみたい。


 店内を歩き回っていると、ネコさんのぬいぐるみやガチョウさんの形をしたコップに混ざり込んだ、変なものを見つけた。


「なんだろうこの置物。6本足の生えた玉ねぎ?」


 謎な置物を手に取れば、チトセがのぞき込んでくる。


「それ、私たちの間でも謎置物として有名なヤツなんだよね。売れたとこ見たことないけど」


「……買う!」


「え!?」


 チトセは妖怪でも見るような顔をしているけど、知らない。

 わたしは6本足玉ねぎを持ってお会計に向かった。

 お会計に向かう途中で気がついた。


「あ、そういえば、ライラで使えるお金、持ってない」 


 重大すぎることに気がついて、わたしはがっくりと肩を落とす。

 そんなわたしの肩に手を置いてくれたのはチトセだった。


「なんでその謎置物がそこまで欲しいのかは分からないけど……はい、これ」


「これ、お金!? いいの!?」


「借金だからね。きちんと返してよ」


「当然だよ! チトセ、ありがとう!」


 優しいチトセから借りたお金のおかげで、わたしは6本足玉ねぎを買うことができた。

 6本足玉ねぎの入った水玉模様の紙袋を持って、わたしはルンルン気分。

 腰に手を当てたチトセは、わたしに質問する。


「それ、どうするの?」


「ユリィへのお土産だよ! きっとユリィ、すごく喜ぶと思う!」


「そ、そう。独特な趣味のドラゴンなんだね……」


 こうして、わたしは雑貨屋さんでのお買い物を終えた。


 その後もわたしたちは、リディアお姉ちゃんに連れられてライラを巡り巡る。

 街の次は居住区。居住区の次は会議室。会議室の次は艦橋。

 どこもかしこも、わたしにとっては未知の世界で、大冒険は驚きに満ち満ちていた。

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