第8話 サテライト級重航宙戦艦ライラ

 しばらく戻れないと思っていた空は、あっという間に戻ってきた。


 ユリィに乗ったわたしは、フィユと一緒に航宙軍の輸送機を追っている。

 何もかもが遠く広々とした空に包まれて、わたしはユリィを力一杯に抱きしめた。


「ユリィとお別れせずに済んで、良かったよ~」


「がう! がうがう!」


 くるりと回転したユリィは、とっても楽しそう。

 隣で飛ぶドラゴンに乗ったフィユも、言葉に笑みが含まれている。


《龍騎士をクビにならなくてぇ、ホッとしたよぉ》


「うんうん! これでまた、いつでも空を飛べるもんね!」


《そうだねぇ》


 珍しく、フィユは苦笑いではない笑みを浮かべてるみたい。

 なんだかんだ言って、みんなも空を飛べて嬉しいんだね。


 さて、山のような雲を抜ければ、そこには街のような船が浮かんでいた。

 鉄の城塞、針山のような大砲、乱雑に並ぶ鉄塔、ゴテゴテと飛び出す建物。

 あれもこれも未知の景色のオンパレードだ。


 そんな巨大船を前に、無線機からはレティス艦長の声が聞こえてくる。


《そろそろ到着だ。あれが君たちの新しい家、サテライト級重航宙戦艦ライラだぞ》


「おお~!」


《遠くで見たときよりもぉ、近くで見た方がぁ、ずっと大きいねぇ》


「すごいすごい! これ、全部が船なんでしょ!? すごい!」


「がうぅ~がうがう!」


《うむ、我々の自慢の船だ。もっと褒めてくれていいぞ》


 機嫌を良くしたのか、レティス艦長の声が少しだけ高くなった。


 レティス艦長自慢の船ライラは、もうすぐそこ。

 ライラに近づくにつれて、わたしの視界と興味はライラに支配されていく。


 輸送機を追い続ければ、わたしたちはライラの艦尾に広がる甲板へと降り立った。


 甲板でユリィが翼をたたむと、わたしは辺りを見渡す。

 灰色一色の殺風景な甲板に並ぶのは、たくさんの無人戦闘機とかいうやつだ。

 一方で人の数は少なく、甲板を走り回るのは車輪をつけた機械ばかり。

 龍母艦とはまったく違った景色に、わたしもユリィも思わず目を丸くする。


 だけど、わたしが一番注目したのは、甲板の端に置かれた1機の大きな機体と、それに寄り添う黒髪の女性。


「あ! チトセだ~!」


 わたしはユリィから勢いよく飛び降り、チトセのもとに駆け寄った。

 駆け寄っただけじゃ物足りず、チトセに勢いよく抱きつく。


「わわ! あなたは――クーノ!?」


「えへへ~、また会えたね~」


「もう、いきなり抱きついてくるからびっくりした」


「いきなり抱きつくのはアオノ世界の挨拶の基本だよ!」


「ウソだよね。そこにいるフィユはいきなり抱きついてきてないもんね」


 チトセがそんなことを言った直後、フィユはニタリと笑ってチトセに抱きついた。


「ちょ、ちょっと!?」


「これがぁ、アオノ世界の挨拶の基本らしいからぁ」


「らしいって言ったよね!? 今の今まで知らなかったよね!?」


 バタバタともがくチトセ。

 わたしとフィユは振り払われないよう、さらにキツくチトセを抱きしめる。


 必死にチトセに抱きついていれば、背後から優しい声音がわたしの耳を包み込んだ。


「フフ、三人とも楽しそう。私も混ぜてほしいわ」


 振り返ってみるとそこには、明るい色の髪をボブヘアーにした、航宙軍の制服を着る、背の高い女の人が立っている。

 この人は誰だろう、と思えば、女の人は温和に笑って、おっとりと自己紹介をはじめた。


「はじめまして、クーノちゃんにフィユちゃん。私はリディア。チトセちゃんのウィングマンよ。リディアお姉ちゃんって呼んでね」


「チトセと同じパイロットさん!? わあ~! はじめまして! リディアお姉ちゃん!」


「わわ! 本当にお姉ちゃんって呼んでくれたわ! チトセちゃんには何回お願いしても、お姉ちゃんって呼んでくれないのに! ねえチトセちゃん! チトセちゃんもクーノちゃんみたいに、私のことをリディアお姉ちゃんって呼んでみて! さあ!」


「話がズレてきたよ、リディア」


「あああ! なんでよおお!」


「おっ、落ち着いてリディアお姉ちゃん!」


「あああ! クーノちゃああん!」


 悔しさと嬉しさに溢れたリディアお姉ちゃんは、いきなりわたしに抱きついてきた。


 あれ? チトセの世界では、いきなり抱きつくのが挨拶の基本じゃないよね?


 わたしとフィユがチトセに抱きつき、リディアお姉ちゃんがわたしに抱きつくという、なんだか変な状態。

 輸送機から降りてきたレティス艦長は、そんな変な状態も気にせず口を開く。


「リディア、新しいクルー二人に艦内を案内してやってくれ」


「はっ、はい! 了解致しました!」


 短い会話を終えて、レティス艦長はどこかへ。


 この隙に、チトセはわたしとフィユを振り払うことに成功。

 リディアお姉ちゃんは冷静さを取り戻したみたいだ。


 わたしから離れたリディアお姉ちゃんは、人さし指を立て宣言した。


「ということで、いきなりだけどライラの大冒険、はじまりよ!」


「おお~」


「今回の冒険の参加者は、私とクーノちゃん、フィユちゃん、それにチトセちゃん」


「おお~!」


「え!? なんで私も!? 私は戦闘機と一緒に――」


「せっかく同年代の子がクルーに加わったのよ? せっかくなら仲良くなりましょうよ」


 うんうん、リディアお姉ちゃんの言う通り。

 それに、チトセが一緒に来てくれれば、冒険は何倍にも楽しくなるはず。

 わたしは迷わずチトセに手を差し出した。


「チトセ! 行こ!」


「……分かった」


「やった!」


 一緒に冒険と決まれば、さっそく出発だ。


 歩き出したリディアお姉ちゃんとフィユを追うため、わたしはチトセの手を握る。

 これにチトセは頰を赤くした。


「あの、手……」


「うん? ああ、アオノ世界では手を繋ぐのが、冒険の基本なんだよ!」


「絶対ウソだよね!? いくつ謎マナーを作る気!?」


「えへへ~」


 手を握る本当の理由は笑って誤魔化して、わたしはチトセを引っ張った。

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