第2章 新生活がはじまりました
第7話 わたし、そんなに嫌われてたの?
メーノ魔泉での最初の戦闘から数日が経った。
この数日間で、みんなは大慌て。
まず、メーノ魔泉の暴走が激しさを増し、魔泉の穴は沿岸地域一帯を埋め尽くした。
穴から吹き出す強い魔力のせいで、今は魔泉に近づくことすら難しいらしい。
魔泉付近は魔物の巣窟と化し、大量の魔物たちがいつ街に攻めてくるかも分からない状況。
魔導師団が大規模な結界を張って魔物たちを止めているけど、それにも限界がある。
これだけでも十分に大慌てできる話だ。
加えて、魔泉の暴走が人為的なものだったことが判明したんだから、世間は大騒ぎ。
魔泉の暴走を引き起こしたのは、テロ集団『紫ノ月ノ民』という組織だ。
グロテスクな方法で作り出した特殊な魔鉱石を魔泉に投げ込むことで、魔泉の暴走を引き起こしたとかなんとか。
この辺は、わたしにはよく分からない話だ。
ちなみに『紫ノ月ノ民』の犯行声明は以下の通り。
『時は来た。いよいよ紫ノ月ノ民たちが、審判の日を告げた。これに呼応し、我ら紫ノ月ノ民は、白ノ月ノ民である悪しき存在――人類を絶滅させるための行動に出る。この世に住まう人類たちよ、魔力と天使たちの寛大さに包まれ静かに眠れ』
何を言ってるのかよく分からないけど、めちゃくちゃな犯行声明だってことは分かる。
人為的な理由で魔泉が暴走し、世界に危機が迫るなんて、冗談じゃないよ。
龍騎士団の偉い人たちもそう思ったらしく、龍騎士団は本格的に魔泉封鎖作戦を練っている最中だとか。
航宙軍の人たちも龍母艦にやってきて、無人戦闘機とかいろいろなことを教えてくれる。
とにもかくにも、この数日は空も飛んでいないのに、とても慌ただしかった。
あんなことが起きたんだから、みんなが大慌てになるのは当然だよね。
まあ、わたしはいつも通り、ユリィに寄りかかって空を眺めるだけなんだけど。
「あの雲、ウサギみたいな形だね」
「がうがう、がう~がう」
「え? ウサギよりもバイオリンっぽい? そうかな……」
「がう! がうがう、がう~がう!」
「え~、ウサギだよ~。絶対ウサギ!」
「がう~がう!」
「ウサギ!」
「がう~がう!」
なんだか今日のユリィは頑固だぞ。
こうなったからには、わたしは「ウサギ!」と連呼する。
おかげで「ウサギ!」と「がう~がう!」という言葉が甲板を飛び交った。
この言い争い(?)に終止符を打ったのは、甲板に響きわたる龍母艦の艦長の大声だ。
「おいクーノ! こっちへ来い!」
「うん?」
首をかしげるわたしに対し、取り巻きに囲まれた艦長は満面の笑みで言った。
「今すぐに荷物をまとめ、この龍母艦を降りろ!」
「へ? なんで?」
「貴様はもう、龍騎士団第3飛龍隊の一員ではないからだ!」
「……ほえ!?」
急すぎる話に訳が分からず、直角に首をかたむけるわたし。
笑みを浮かべたままの艦長とその取り巻きたちは、容赦のない言葉を垂れ流した。
「恥さらしの問題児がいなくなってくれて清々するよ」
「さあ、早く荷物をまとめろ。ここにお前の居場所はない」
やっぱり訳が分からない。
「ちょっと待って! どうして!? 龍騎士団を追い出されるってこと!?」
「第3飛龍隊を追い出されるだけだ。まあ、恥さらしに飛ぶ空を龍騎士団が用意してくれるとは思わない方がいいだろうが」
「おかしいよ! わたしがいなくなったら、戦力大幅ダウンだよ!?」
「恥さらしがうぬぼれたことを! どれだけ操縦の腕が良かろうと、命令を聞かぬ者は戦力には入らんのだ!」
「じゃあ、命令を聞く優等生さんたちは戦力になってるの!? 魔物に襲われた味方も助けられない、チトセに模擬戦で負けた、あの優等生さんたちが、第3飛龍隊の戦力なの!?」
「貴様! それは侮辱だぞ!」
「……ごめんなさい……ちょっと言い過ぎた……」
感情的になりすぎちゃった。
でも、納得はできない。
わたしが納得しているかどうかなんて、艦長はお構いなしみたいだけど。
「もう一度言う。今すぐに荷物をまとめ、ドラゴンと一緒に甲板へ出ろ。まさか、この命令も聞かないつもりじゃないだろうな?」
「……分かった」
ここで反抗すれば、本当に空を飛べなくなるかもしない。
だからわたしは、少ない希望のために艦長に従った。
自室に戻れば、カバンひとつで十分な量の自分の荷物をまとめる。
荷物をまとめれば、ほとんど記憶にない自室に別れを告げ、甲板に出た。
甲板にはユリィの姿が。
いつもわたしと一緒に空を飛んでくれる、大好きなドラゴンさん。
もしかしたら、ユリィとはここでお別れ?
ユリィも同じことを思ったらしく、ユリィは寂しそうにわたしを見つめた。
「がうぅ……」
「ユリィ……ユリィ~!」
「がううぅ~!」
思わずユリィに抱きつくと、ユリィもフワフワな羽毛でわたしを包んでくれる。
瞳に涙が浮かんだ時、間延びした声がわたしの鼓膜を震わせた。
「驚きだねぇ」
その声の主人は、ドラゴンと一緒に甲板に立つ、大量のカバンに押しつぶされそうなフィユだ。
「ど、どうしてフィユまで荷物をまとめてるの!?」
「さあねぇ。艦長に言われたからぁ」
「まさか、フィユも第3飛龍隊を追い出されちゃった!?」
「そういうことぉ。龍騎士、クビってことかなぁ」
諦めの瞳で遠くを見つめたフィユは、いつもの苦笑いにも余裕がない。
はじめて見る弱気なフィユに、わたしは涙が抑えられなくなり、もう一度ユリィを強く抱きしめた。
「うう……龍騎士、クビになっちゃったよ……うわ~ん! ユリィ~!」
「がううぅ~!」
「わたし、ユリィのこと忘れないよ! もし寂しくなったら、いつでもわたしのところに飛んできていいからね!」
「がう! がうがうがぁう!」
「うわあ~ん! ユリィ、大好きだよ~!」
涙が止まらないわたしを、ユリィは優しく包み込んでくれた。
このユリィの優しさに、わたしの感情は爆発寸前。
そんなわたしの肩を揺らし空を指さしていたのは、フィユだった。
「おやおやぁ、あれを見てぇ。なんかぁ、航宙軍の輸送機が来たよぉ」
「うわ~ん?」
涙でぼやける視界に、たしかに航宙軍の輸送機が見える。
両脇のエンジンを縦にした輸送機は、わたしの涙を吹き飛ばしながら甲板に降り立った。
輸送機から出てきたのは、マントとポニテをひらめかせるレティス艦長だ。
鋭い笑みを浮かべたレティス艦長は、わたしとフィユを見つけるなり手を差し出す。
「迎えに来たぞ、我々の新たなパイロットたち」
言葉の意味が分からず、わたしとフィユはぽかんとするだけ。
レティス艦長は顎に手を当てた。
「おや? その顔、何も知らないとでも言いたげだな。もしや、龍騎士団には君たちを第3飛龍隊から追い出せとだけ伝えたから、あの艦長はそれをそのまま伝えたな」
聞き捨てならないことをぶつぶつと口にするレティス艦長に、わたしは話しかけてみる。
「レティス艦長、さんだよね?」
「ああ、その通りだ。一体どういうことだ、と聞きたいのだな」
「うん!」
なんでもお見通しなレティス艦長は、両手を腰に当て、堂々と宣言した。
「君たちは本日付で龍騎士団第3飛龍隊を除隊、地球連合航宙軍オリオン艦隊第7艦隊航宙団第108戦闘飛行隊に配属されることとなった。ようこそ、我らが航宙軍へ」
再び手を差し出すレティス艦長に、わたしとフィユはやっぱりぽかんとするだけ。
レティス艦長の言葉の意味を理解したのは、それから十数秒後のこと。
「えええ!?」
「ふえぇ」
わたしもフィユも、驚きがそのまま口から飛び出すだけだった。
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