第6話 今度は勝負!
龍舎では、ワラのベッドで横たわったユリィがつまらなそうにあくびをしている。
わたしは模擬戦用の水魔杖を手に取り、それをユリィの鞍の右側と後部に取り付けた。
そしてユリィの背中に乗り、ハーネスを鞍にくくりつけ、体を守るプロテクト魔法陣を起動する。
淡い光が体を覆い、それが見えなくなれば、わたしは手綱を握ってユリィに言った。
「行くよ!」
「がう?」
「どこにって、チトセと模擬戦をしに!」
「がう!? がうがう!」
模擬戦をすると聞いて、ユリィのテンションが爆発した。
ユリィは龍舎を飛び出し、甲板に立つ。
甲板に立てば、ユリィは間を置くことなく空へと飛び上がった。
チトセはすでに龍母艦を飛び立ち、南へと向かっている。
だからわたしたちは、大急ぎで北へと向かった。
「えへへ~、楽しみだね」
「がうぅがう」
模擬戦が待ちきれないわたしたちは、北の空から龍母艦の合図を待つ。
眼下には山脈、頭上には太陽と、東の空に昇る白ノ月、遠くには龍母艦とライラ。
その時をまだかまだかと待っていると、龍母艦から花火が上がった。
「よおし! 模擬戦開始~!」
「がう~!」
わたしとユリィは一直線にチトセのもとへ向かう。
またチトセと一緒の空を飛べるんだ。
魔泉の空で感じた楽しさを、また感じることができるんだ。
だったら、今回も大好きな空を思いっきり楽しもう。
以前と違って、チトセは対戦相手だ。
わたしは魔泉上空のチトセ、トリオンと戦うチトセの飛び方を思い出す。
「せんとーきの特徴は、ともかく速い、だよね」
「がう」
「決めた! ユリィ、低空飛行!」
「がう~!」
まだチトセのせんとーきが見えないうちに、わたしたちは山脈スレスレまで下降した。
山と山の間を縫うように飛び抜ければ、遠くの空に小さな点が見えてくる。
チトセのせんとーきのお出ましだ。
「あの〝細長い筒〟は撃ってこないみたいだね」
当然といえば当然。山の隙間を飛ぶわたしたちに、遠距離攻撃を仕掛けることはできない。
変わらず低空飛行を続ければ、チトセは高空からわたしたちを見下ろす。
「こっちを観察してるのかな? だとすると、あんまり時間はかけたくないかも」
手の内を知られる前に、模擬戦に決着をつけたい。
だからわたしは、チトセを倒すいくつかの方法を考えた。
考えた末、わたしは擬似爆裂魔杖を握り、ユリィの手綱を思いっきり引く。
「がうう!? がうう!」
翼を大きく振り、ユリィは垂直に空を上った。
視界の左右を支配していた雄大な山脈は、一瞬で広大な大空に上書きされる。
チトセはわたしに呼応するように、せんとーきの高度を上げた。
せんとーきの速さにユリィは勝てず、先に高空にたどり着いたのはチトセ。
ここでわたしは、ユリィをチトセのせんとーきに突撃させる。
高度で優位に立ったチトセも、せんとーきを背面飛行させ、わたしたちに向かってまっすぐ突撃してきた。
「やっぱり! チトセならそう来るよね!」
まだ出会って数時間。
ところがチトセは、わたしの信頼した通りの動きをしてくれる。
それがたまらなく楽しい。
「次は光の弾を――」
撃ってきた。ただし、わたしの頭上ではなく、進行方向に。
きっとチトセは分かってる。今の状況はトリオンのときと同じ。でも、わたしがトリオンと同じ考えではないことを。
わたしは、進行方向を飛び抜ける光の弾を避けない。
避けない代わりに、擬似爆裂魔杖に魔力を込めた。
「うおりゃあぁ!」
威力はないけど、見た目は爆裂魔法と変わらない擬似爆裂魔法が、わたしとチトセの中間地点で炸裂した。
偽物の炎を前にして、高速で飛ぶチトセのせんとーきは速度を緩める。
その瞬間、わずかに安定性を失うせんとーき。
ユリィはせんとーきを通り越した。
絶好のチャンス到来だ。
「ええい!」
擬似爆裂魔杖を捨て、手綱を引けば、ユリィはその場で宙返りを決めた。
目の前にはせんとーきの上面が。
ガラスの中に座るチトセは、はじめて驚いたような顔でわたしをみつめている。
わたしはすぐに水魔杖を手に取り、水魔法を発動した。
飛び出した水魔法はせんとーきをずぶ濡れにする。
「勝った!」
楽しすぎる空、チトセに勝った喜び。
なんだか、ここは天国なんじゃないかって思うぐらい、わたしは大興奮。
でも、このままだと本当に天国行きになりそう。
「がううううう!」
無茶な宙返りのせいで、ユリィは真っ逆さまに地上に落ちていった。
地面すれすれでユリィが翼をはためかせ、なんとか墜落は避けられたけど、危ない危ない。
「ふう……死ぬとこだったね」
「がう!」
「そんなに怒らないでよ。チトセに勝つためには、無茶ぐらいしないと」
「がうう! がうがう!」
ちょっとだけ不機嫌になったユリィに連れられて、わたしは龍母艦へと戻った
*
龍母艦の甲板上で待っていた艦長と乗組員、龍騎士たちは、忌々しそうにわたしを見つめている。
中には「恥さらしが調子に乗るな」「腕がいいからって贔屓されやがって」なんて口にする人まで。
わたしがそれらを無視して甲板に立てば、お菓子を持ったフィユが話しかけてきた。
「危なっかしい戦いだったねぇ。撃ち漏らしたら、きっと負けてたよぉ?」
「撃ち漏らさないから負けないもん!」
「相変わらず、すごい自信だねぇ」
そしてフィユはお菓子を口にする。
フィユが口をモゴモゴさせる間、今度は師匠がわたしの肩を叩いた。
「最高の飛びっぷり、見てるだけで楽しかった! あなたならきっと――」
言いかけて、師匠はにっこりと笑うだけ。
直後、水に濡れたせんとーきが甲板に降り立った。
チトセがせんとーきを降りれば、わたしはチトセのもとに駆け寄る。
「ねえねえチトセ! どうだった? 楽しかった?」
するとチトセは、無表情と瞳のキラキラを同居させて答えた。
「うん、とっても。せんとーきの弱点が高速での安定性の悪さって、よく分かったね」
「え? そうなの?」
「あれ、なんか思ったのと反応が違う」
急にジト目になるチトセ。
すぐに気を取り直し、チトセは口を開く。
「ところで、模擬戦の飛び方で分かった。あなた、魔泉上空で魔物と一人で戦おうとしてた龍騎士さんだったんだね」
「そうだよ! あの時チトセが思った通りに飛んでくれて、すっごく楽しかった!」
「それは私のセリフ。あんなに戦いやすかった戦場、あれがはじめてだった」
わずかに頬を緩めて、チトセは続ける。
「私、できればまたあなたと――」
「あなたじゃなくて、クーノ!」
「ごめんごめん。私、できればまたクーノと一緒の空を飛んでみたいかも」
まさかの言葉だった。
こんな運命的なことってあり得るのかな?
ちょっと確認してみよう。
「本当に!? 本当にわたしと一緒の空を、また飛んでみたいの!?」
「本当に」
「すごい! わたしもチトセと一緒の空を飛びたいって思ってたの!」
「じゃあ、また一緒の空を飛ぶときは、よろしくね」
「うん! よろしく!」
今までに経験したことのない楽しい空は、今日限定の空じゃなくなるかもしれない。
そう思えるだけで、わたしは嬉しさでいっぱいだ。
小さく手を振りレティス艦長のもとへ向かうチトセの背中を見つめ、わたしは拳を握る。
「やった!」
次はいつ、チトセと一緒の空を飛べるのかな?
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