第5話 チトセの戦い方
龍母艦の甲板から見えるのは、山脈と大空、太陽、西の空に沈む霞んだ紫ノ月、そして謎の船――ライラだけ。
チトセは南へ、トリオンは北へと向かった。
しばらくすれば、龍母艦から大きな花火が打ち上がる。
あれは模擬戦開始の合図だ。
わたしと師匠は甲板から大空に体を乗り出した。
「はじまったよ!」
「異世界の空の戦い方、見逃すわけにはいかない!」
「二人ともぉ、あんまり乗り出すと危ないよぉ」
「だって、特等席で見たいんだもん!」
楽しいイベントを見逃すわけにはいかないんだ。
ちょっとぐらいの危険なんて構ってられない。
おかげで甲板から落ちそうになったのをフィユに助けてもらった頃のこと。
北と南の空に小さな点が見えはじめた。
南の小さな点――チトセのせんとーきからは、白煙を引く〝細長い筒〟がいくつか飛び出す。
「来た! チトセの攻撃だ!」
空を突き進む〝細長い筒〟たちは、まっすぐとトリオンを狙っていた。
これにトリオンは急上昇し、高空から光魔法で対抗する。
空を切り裂く白の光線は、なぎ払うように〝細長い筒〟たちを破壊していった。
複数の爆発に飾られた大空で、白い光線はそのままチトセを攻撃。
チトセはせんとーきを加速させ、轟音とともに光線から逃げ続ける。
「せんとーき、速い! あんなのドラゴンじゃ追い付けないよ!」
「雷みたいな音が、ちょっと怖いよねぇ」
「そう? わたしはかっこいいと思うよ!」
体の芯まで響き渡る轟音は、わたしの気分を盛り上げるのにぴったしだ。
轟音と光線とドラゴンとせんとーきが飛び交う大空は、見ているだけで楽しい。
とはいえ、模擬戦自体は盛り上がりに欠けていた。
さっきからチトセは、遠くから高速でトリオンに近づき、そして遠くへ去っていくのを繰り返している。
戦闘らしい戦闘は起きず、まるでチトセがトリオンから逃げ回っているみたい。
だからこそ龍母艦の艦長は、レティス艦長に向かって胸を張っていた。
「私たちの優秀な龍騎士の実力、見ましたかな?」
対するレティス艦長は、軽い笑みを返すだけ。
それは師匠も同じだった。
ただし、師匠はあからさまな嘲笑を浮かべているのだけど。
「龍母艦の艦長が、あの程度の認識? あ~あ、つまんないの。ねえクーノ、あなたならチトセとトリオン、どっちが優勢か分かるでしょ」
「うん? うう~ん、優勢なのはチトセ!」
断言しちゃったけど、実はまだどっちが優勢かは分からない。
師匠に聞かれて、直感で答えただけ。
それでもわたしの答えを聞いた師匠は、わたしの頭をわしゃわしゃと撫で、にんまり笑った。
「さすがクーノ! きちんと分かってる!」
「分かってる? 何を?」
「チトセはいろんな高度、角度で突撃と離脱を繰り返してる。あれは逃げ回ってるんじゃなくて、優等生ちゃんの攻撃パターン、操縦の癖、ドラゴンの性能を確認してるんでしょ。だから、相手の情報量が多いチトセが優勢ってわけ」
「へ~、そうだったんだ~」
「え!? それを分かってて、チトセが優勢って言ってたんじゃないの!?」
「違うよ! 直感で答えただけだよ!」
「アッハハハ! さすがはお空大好きっ子ね!」
おかしそうに大笑いした師匠は、それからまた模擬戦を眺めた。
彼女はチトセの乗るせんとーきを見つめ、おもむろに言う。
「勝負は終わりね」
再びチトセはトリオンに突撃をはじめた。
今回の突撃は、トリオンよりも少し高い位置から、わずかに下降しての突撃だ。
猛スピードで迫るチトセに確実に攻撃を当てようとしたのか、トリオンは高度を上げ、魔杖を持ち替える。
相手よりも高度を高くとり、最適の武装を選ぶのは空の戦いの基本。
だからこそ、師匠は目を細める。
「優等生らしい教科書通りの戦いは見事ね。教科書通りの動きほど簡単に見破れる動きもないけれど」
そんな言葉の直後だ。
トリオンが魔杖を持ち替えている間に、せんとーきが光の弾を撃ち放った。
光の弾が向かうのは、トリオンの頭上。
驚いたトリオンは、とっさにドラゴンを下降させる。
結果、ドラゴンの動きが急激に鈍くなった。
動きの鈍いドラゴンはせんとーきの敵じゃない。
チトセの乗ったせんとーきが続けて放った光の弾は、吸い込まれるようにトリオンのドラゴンに直撃、ドラゴンをオレンジの塗料で染め上げる。
模擬戦はチトセの勝ちみたいだ。
龍母艦の乗組員たちが唖然とする中で、師匠は笑っていた。
「クーノが言った通り、チトセはすごいね。ドラゴン、それも飛龍は特に下降力が弱いこと、見抜いてた」
ドラゴンの弱点が下降時の安定性の悪さなことは、ドラゴンの上で過ごす時間が長いわたしもよく知ってる。
ユリィによると、ドラゴンだって生物だから、急激な下降は怖いらしい。
加えて、下降の途中は体の制御が難しいとかなんとか。
こうしたドラゴンの弱点を、チトセは短時間で見破っちゃったんだ。
「おお~! すごい! チトセ、すごいよ! 勝つとは思ってたけど、本当に勝ったよ!」
「戦闘、一瞬だったねぇ。あれは強いねぇ」
わたしもフィユも素直に驚く。
模擬戦の勝者となったチトセは、悠々と龍母艦に戻ってきた。
着艦したせんとーきから降りたチトセは、クールな表情で長い黒髪を風に揺らすだけ。
一方、同じく龍母艦に戻ったトリオンは、オレンジの塗料でカラフルになりながら悔しそう。
ついでに龍母艦の艦長も悔しそう。
誇らしげな表情をしていたのはレティス艦長だ。
「よくやったぞチトセ。グッジョブ」
「ありがとうございます」
こうして模擬戦はチトセの完勝で終わり、みたいな雰囲気だけど、わたしは満足できない。
わたしはチトセの前に立ち、人差し指を突き立て、宣言した。
「チトセ! わたしもチトセと模擬戦、やりたい!」
「え?」
ポカンとするチトセ。
背後からは龍母艦の艦長の怒鳴り声が聞こえる。
「貴様はまた問題を起こす気か!? 模擬戦など認めな――」
言い切る前に、レティス艦長の言葉が甲板に踊った。
「いいじゃないか。相手のことを知る機会は、多ければ多いほどいい」
「あいつは問題児だ! 龍騎士の恥さらしを模擬戦の代表にするなど――」
「それに、負けっぱなしは悔しいはず」
「…………」
黙り込む龍母艦の艦長。
さらに畳み掛けたのは師匠だ。
「龍騎士が異世界人に負けたとなれば、それはそれで面倒ごとが起きると思うけど?」
ニヤニヤした龍騎士団の英雄の言葉に、龍母艦の艦長は負けたらしい。
龍母艦の艦長は今にも舌打ちしそうな表情で言った。
「……分かった。クーノ、さっさと準備しろ。問題は起こすな」
「やった~! それじゃあ、行ってくるね~!」
もう一度、チトセと空を飛べる。
それだけのことでわたしの心は楽しさでいっぱいになり、体は自然とユリィが待つ龍舎へ走り出していた。
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