第2話 鉄の鳥さん、すごい!

 ユリィの周りにちっちゃなドラゴンたちが集まってきた。

 このドラゴンたちは、ユリィの眷属たちだ。

 眷属たちに対し、ユリィは指示を出す。


「がう! がうがう!」


「くう!」


 指示に従い、眷属たちは魔物の群れに突撃していった。

 醜い鳥のような魔物たちは、魔泉の大穴から大空に手を伸ばすように吹き出す青い魔力のカーテンに群がっている。

 まるで光に集まる蛾みたい。


 わたしは彼方の空に霞む紫ノ月を眺め、つぶやいた。


「あんなにたくさんの魔物が紫ノ月から降ってくるの、はじめて見たよ」


 魔力に引き寄せられ紫ノ月から降ってくるのが魔物たちだ。


 魔泉の大穴から大量の魔力が噴き出している今は、降ってくる魔物も大量になる。

 はじめての景色がはじめての景色を生み出している、ってことだね。


 未知の世界を眺めていると、ユリィが元気よく言った。


「がう!」


「あ、ホントだ。眷属さんたちが魔物を集めてくれてるね」


「がう~がう」


「うん。それじゃあ、攻撃開始!」


 わたしは手に握った光魔杖を突き出した。

 そして間を置くことなく自分の少ない魔力を杖に込める。


 直後、杖に描かれた文様が瞬間的に輝き、杖の先端にある水晶からは白くまぶしい光の線が飛び出した。

 光の線は雲を突っ切り、眷属たちを追っていた空飛ぶ魔物数匹を貫いていく。


 貫かれた魔物は霧状に消えていった。


「やった! 当たった!」


 最初の一撃はうまくいったみたい。

 魔物たちとの距離は縮まっているし、杖を炎魔杖に持ち替えよう。


 さあ、ここからは近接戦だ!


「ユリィ! 行くよ~!」


「がう~!」


 翼をたたみ、ユリィは滑り込むように魔物の群れに突入する。


 ここまでくれば、魔物一匹一匹の赤く光った目が見える距離だ。

 黒い森みたいな魔物の群れに向かって、わたしは炎魔杖から断続的に炎魔法を打ち出した。


 炎魔法の弾幕は魔物たちを混乱させた上、数匹の魔物を消し去っていく。


「がうぅ!」


 バッと翼を広げ、ユリィはその場で旋回。

 逃すことなく魔物たちを正面に捉えたわたしは、さらに炎魔法を連発した。

 おかげで数匹の魔物の撃退に成功。


 一方で魔物たちは、眷属たちよりもわたしを狙うように。

 大量の魔物がこっちを向いたのを見て、わたしはユリィの手綱を引いた。


「魔物をばらけさせるね!」


 右へ左へ、なるべく複雑な動きで魔物を振り払うように飛ぶ。

 こうすれば魔物の群れはバラバラになるはずだ。


 ただ、今回は問題がある。


「う~ん、ちょっと魔物が多すぎるかな?」


 振り払っても振り払っても、大量の魔物がわたしについてくる。

 これじゃいつまで経っても反撃ができない。


 困ったわたしは、それでもユリィをあっちこっちに飛ばすしかなかった。

 そうやって飛んでいるうち、視界にふと鉄の鳥さんが入り込む。


「あの鉄の鳥さんが後ろの魔物を攻撃してくれれば……」


 ちょっとした希望を口ずさむわたし。


 するとびっくり。

 鉄の鳥さんはこっちに向かってくる。

 そして、わたしの背後にいる魔物たちに光の弾を撃ち込んでいった。


 魔物たちは、轟音を鳴らして去っていく鉄の鳥さんを追っていく。


「おお~! 鉄の鳥さん、すごい!」


「がう!」


「分かってるよ! これはチャンスだよね!」


 手綱を思いっきり引き、ユリィは宙返りを決めて魔物を追った。

 続けてわたしは爆裂魔杖を手に取り、魔法を放つ。

 爆裂魔法は大空に火球を作り出し、数匹の魔物を巻き込んだ。


「1、2、3――いっぱい倒せたね! さっきの鉄の鳥さんのおかげだよ!」


「がうう~がう!」


「もちろん、ユリィもすごいよ!」


「がう!」


 機嫌を良くしたユリィは、翼を広げて高度を上げた。


 高い場所から辺りを見渡せば、雲の向こうで魔物に囲まれた龍母艦が見える。

 海に浮かぶ船そのままの船体に、船首から船尾まで平らな甲板が敷かれた、折りたたみ式の3つの帆を持つ龍母艦は、魔物に襲われ炎上中。


 わたしはユリィのもふもふのたてがみを撫でながら言った。


「龍母艦も助けないとね!」


「がう?」


「鉄の鳥さんもいるから大丈夫だよ!」


 なんとなくだけど、あの鉄の鳥さんと一緒なら勝てる気がする。

 だからわたしは、一切の躊躇もなく龍母艦のもとへ向かった。


「まずは魔物たちの注意を龍母艦から逸らさないとね」


 そのためにわたしは光魔杖を握ろうとする。


 ところが、その必要はなさそうだ。

 鉄の塊たちを引き連れ猛スピードで帰ってきた鉄の鳥さんが、魔物に攻撃を加えたのだから。


 龍母艦への攻撃を邪魔された魔物たちは怒りを爆発させ、鉄の鳥さんを追う。

 魔物に追われた鉄の鳥さんは、わたしがいる方向に飛んできた。


「そういうことだね!」


 わたしは爆裂魔杖を握りしめ、ユリィは加速し鉄の鳥さんとすれ違う。


 すれ違った直後、鉄の鳥さんを追う魔物たちに爆裂魔法を放った。

 爆裂魔法の爆発は魔物たちを叩き落とし、消え去る魔物の霧が風に吹かれていく。


「よし! わたしは鉄の鳥さんを信じる!」


 このまま残りの魔物の群れに突撃だ。

 きっと鉄の鳥さんは、わたしが魔物を攻撃しやすいように飛んでくれるはず。


「後ろに敵がいても――うん! 鉄の鳥さんは来てくれるよね!」


 あえて放置していた背後の魔物は、鉄の鳥さんが撃墜してくれた。

 次はあっちに行こう。


「このまま飛んでれば――あ! 鉄の鳥さんが囮になった!」


 こうなれば、わたしは鉄の鳥さんに意識が向いた魔物たちを一気に撃墜。

 もう何もかもが狙い通り。


――楽しい! こんなに楽しい空、はじめてかも!


 突如として出現した謎の船。

 謎の船から飛び出してきた鉄の鳥さん。

 そんな鉄の鳥さんと一緒に飛ぶ空がこんなに楽しいなんて、想像もしていなかった。

 正直、ここが戦場だということも忘れちゃうぐらいに楽しい。


 でも、楽しい時間は長続きしない。

 魔物と戦うわたしの耳に、一人の女の人の声が届いた。


《その飛び方はクーノね》


「ルっ、ルミール師匠!?」


 聞き間違えるはずがない。これは龍騎士学校でわたしの教官だったルミール師匠の声だ。


「師匠がなんでここに!?」


《緊急事態なんだから、腕利きのあたしがやって来るのは当然じゃない。むしろ、なんでクーノがここにいるの? 撤退命令は?》


「そ、それは……」


《こらクーノ!》


「は、はい!」


《まったく、あなたはなんで……なんで一人で戦場を楽しんでるの! あたしも混ぜなさいよ!》


「はい!?」


 昔から変わらず、師匠は空で戦うのが大好きみたい。


 東の空に目を向ければ、そこには赤の一本線が入ったドラゴンが見える。

 あのドラゴンは師匠のドラゴンだ。


《ここからはあたしが戦場の主役!》


 こうして、楽しかった空は師匠に取られてしまった。


 魔物たちが龍騎士団のエースである師匠に勝てるはずがない。

 一時的に魔物たちは逃げ出し、龍母艦は撤退をはじめる。


 そして謎の船も龍母艦についていき、鉄の鳥さんは謎の船に戻ってしまった。


 残されたわたしは、ため息をつきながら戦場を撤退するしかない。


「あ~あ、また鉄の鳥さんと一緒に飛べたらいいな~」


 撤退していく謎の船を眺めて、わたしは思わずそんなことをつぶやいていた。

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