龍騎士さん、航宙軍パイロットさんと空を飛ぶ

ぷっつぷ

第1章 航宙軍、出現

第1話 謎の船と鉄の鳥

 空飛ぶドラゴンの背中に乗って、わたしは辺りを見渡した。

 視界に映るのは、地平線まで続く海岸線、流れる雲、彼方に広がる大空、紫ノ月、太陽。


 わたしはこの自由な空間で手綱を離し、大空に向かって両手を広げる。

 こうしていると、わたし自身がドラゴンになったような気分だ。


 わたしが乗るドラゴンのユリィは、もふもふのたてがみを風に揺らしながら心配そうな表情をする。


「がう~」


「平気だよユリィ! 落っこちたって、ユリィが空中でキャッチしてくれるもん!」


「がうがう!」


「え~、ユリィを信用してるってことなのに~」


「がう~がう!」


 ちょっとだけ口を尖らせるユリィだけど、わたしは楽しさでいっぱい。


 それなのに、耳に届いた龍騎士団指揮官の遠話魔法は、わたしの楽しみを半減させた。


《クーノ、私語をやめ編隊に戻れ。哨戒任務は終わりだ》


「は~い」


 妙にトゲのある口調でそう言われれば、わたしも返答するしかない。


 でも、せっかくの楽しい空を自由に飛び回りたい気持ちまでは抑えられない。

 わたしはすぐに手綱を握りしめた。


「ユリィ!」


「がう!」


 わたしの合図を聞いて、ユリィは大きく旋回した。

 ユリィの広げた翼は空を切り、太陽がわたしたちの前を横切る。


 そうして旋回した先でわたしたちを待っていたのは、水平線で二分された海の青と空の青。

 海にはポッカリと穴があき、そこからは青い光が空へと昇っていた。


 あれは『アオノ世界』に漂う魔力が地上へと吹き出す場所――魔泉と呼ばれるもの。

 魔泉のすぐ近くには、帆を畳んだ空中龍母艦が飛んでいる。


 空に海に魔泉に魔力に空中龍母艦なんて、最高の景色だ。

 これで指揮官の遠話魔法が届かなければ最高だったんだけど。


《おいクーノ! 何をしている!? 真面目にやれと言ったろ!》


「哨戒任務なら、遠くまで飛んだ方がいいと思うよ!」


《ふざけたことを言うな! これは命令だ! 規定の飛行経路に戻れ! さもなければ――》


 怒りの指揮官の言葉は、けれどそれ以上は聞こえなかった。

 なぜなら、指揮官の遠話魔法も飛び散るぐらいの魔力の塊が辺り一面に吹き出したから。


 何が起きたんだろうと辺りを見渡すと、魔泉の景色が一変していた。

 魔泉の穴は何倍にも広がり、そこから青い魔力のカーテンが吹き出している。

 まるで火山が噴火したみたい。


 これだけで十分に驚きなんだけど、驚くことはもうひとつ。

 さっきまで何もいなかった空に、街ぐらいの大きさはありそうな巨大な鉄の船が浮いている。

 見たこともない形の船は、この世のものとは思えない。


 わたしは思わず叫んだ。


「訳が分からないけど、なんかすごいことが起きてるよ!」


 見たことのない景色に、わたしの心はワクワクを隠すことができなかった。

 一方で、ユリィはやっぱり心配そうな表情をしていた。


「がう~」


「そんなに心配することないよ! わたしとユリィなら大丈夫!」


「がうがう!」


「え? 心配なのはそこじゃない?」


「がう。がう~がう」


「わたしが暴走しないかが心配? え~仕方ないでしょ~、空飛ぶの楽しいんだもん」


「がふう~」


 大きなため息をついたユリィは、それ以降は何も言わなかった。


 さてと、わたしは龍騎士団に所属する龍騎士だ。

 事件が起こればお仕事の時間。


 今この空には、わたしを含め6人の龍騎士が空飛ぶドラゴンに乗っている。

 もちろん、すぐに指揮官の声がわたしたち龍騎士の耳に届いた。


《魔泉の暴走だ! しかも規模が大きい! 吹き出している魔力の量も尋常じゃない! 気をつけろ! 魔力に誘われて、すぐに紫ノ月から魔物たちが降ってくるぞ!》


 なんだか指揮官さんの口調に余裕がない。

 余裕がない口調のまま、指揮官さんは指示を出す。


《謎の船からは複数の飛行物体が発進した。お前たちは謎の船が敵かどうか確認してこい。戦闘になる可能性もあるから注意しろ》


「了解!」


 言われた通り、わたしたち6人の龍騎士は魔力のカーテンと魔物に背を向け、謎の船に向かった。


 謎の船は、おとぎ話でも見たことないような形をしている。

 全部が鉄でできているみたいで、帆はひとつもない。

 細長い船体にゴテゴテと建物を乗せたみたいな、それこそ街みたいな船だ。


――一体どんな人が乗ってるんだろう? どこから来たんだろう?


 ワクワクしながら船を見つめていると、仲間の龍騎士が話しかけてくる。


《ねえクーノ、ねえねえぇ》


 妙に間延びした口調でわたしの名を呼ぶのは、わたしの右側で飛ぶフィユだ。

 わたしは言葉を魔力に乗せて答えた。


「どうしたのフィユ?」


《いやさぁ、なんだかクーノ、楽しそうだなぁと思ってねぇ。一応、戦闘前なのにぃ》


「楽しいに決まってるよ! だって、見たことない大きな空飛ぶ船だよ! おとぎ話に出てくる魔法の船より大きいんだよ!」


《いつも通りだねぇ、クーノはぁ》


 フィユは苦笑するけど、わたしは気にしない。

 他の龍騎士さんたちが小馬鹿にしたように笑うのも気にしない。


 空を飛ぶだけで楽しいのに、目の前に未知の存在があれば、楽しくないわけがないよね。


 謎の船に向かって飛んでいると、いくつもの小さな点がこっちに向かってくるのが見えた。

 龍騎士の一人は緊張感に包まれる。


《来たぞ》


 その言葉と同時、わたしたちはドラゴンの鞍にぶら下がる近距離戦闘用の炎魔杖を握った。

 杖の先端にある水晶は小さな点を狙う。

 小さな点は数を増やし、徐々に大きくなり、わたしたちに近づいてきた。


《攻撃はしてこないねぇ》


 安心したフィユの言う通りだ。

 小さな点はわたしたちを攻撃する気配を見せていない。


 少しすれば、小さな点は白煙を引く大量の〝細長い筒〟だったことが分かる。


「すれ違うよ!」


 ドラゴンのはためく翼をかすめるように、大量の細長い筒は後方へ。

 これで全部の点とすれ違った、わけではない。


「別のが来た!」


 細長い筒を追うように現れたのは、小さな翼を生やした数十の鉄の塊。

 そしてそれらに囲まれ、轟音を鳴らしながら、銀翼で大空を切り裂く鉄の鳥。


 鉄の塊も鉄の鳥も、猛スピードでわたしたちとすれ違う。


 すれ違う時、わたしははっきりと見た。

 鉄の鳥に乗る人の姿を。


「女の人!?」


 間違いない! あれは人間だよ! 謎の船に乗っていたのは人間だった!


 でも、だとすると、謎の船は人間が作り出したもの?

 あんな船、見たことがない。

 じゃあ、あの人は一体どこから来たの?


 そんな疑問を抱いていると、背後から爆発音が聞こえてくる。


 何事かと振り返れば、細長い筒が魔物たちに体当たりし、大爆発を起こしていた。

 これはもしや。


「さっきの女の人が、魔物を攻撃したってこと?」


「がう?」


《たぶん、そうだと思うよぉ》


「おお~! ならなら、謎の船も味方だね! 頼もしい味方の登場だね!」


《そうと決まったわけでもないと思うよぉ》


「敵じゃないのはたしかだよ! よおし! さっきの鉄の鳥さんと一緒に魔物を退治だ!」


 謎の船と鉄の鳥は魔物と戦っている。

 なら、わたしたちも一緒に魔物と戦わないと。

 魔泉の上空では龍母艦も戦ってるしね。


 そう思ったのだけど、龍騎士団の指揮官さんはそう思わなかったらしい。


《龍騎士団、撤退せよ》


 とっても簡潔な命令だ。

 わたしは思わず言い返す。


「どうして!? 謎の船は魔物と戦ってるんだよ? 龍母艦も戦ってるんだよ? みんなを見捨てるの?」


《謎の船が敵でないなら放っておけ。そして、勝ち目がない戦いをする必要はない》


「おかしい! 勝ち目はあるよ! わたしなら、魔物の相手なんて大したことない!」


《問題児の新兵がいると聞いたが、お前がその新兵か? これは命令だ。黙って撤退しろ》


「むう……」


 どうしても納得できない。

 他の龍騎士さんたちは撤退をはじめたけど、わたしは撤退する気になれない。


 どうやらユリィはわたしの思いを察したらしく、諦めたように叫んだ。


「がう! がうがう!」


「もう好きにしていい? うん! 分かった! よし、行こう!」


 わたしたちは龍騎士さんたちの編隊から離脱し、魔物のいる方に針路をとった。

 当然だけど、指揮官さんは怒鳴り声をあげる。


《何をしている!? 命令に逆らう気か!? 撤退しろ! この龍騎士の恥さらし――》


 うるさい声はカットだ。


 ユリィは翼をはためかせ、加速し、魔物たちが暴れる魔泉上空へ。

 わたしは中・長距離用の光魔杖を握りしめ、戦場を前に心を躍らせた。


 やっぱり空を飛ぶなら、こうでなくちゃね。

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