第6話 FILE 0-6

 組織を訪れた帰り道。

 黒塗りの車が止まったのは、40階建てのタワーマンション前だった。


「ドアロックは指紋認証です。

 お二人の指紋は登録済みですので、エントランスの装置に触れてください。

 家具はご用意しましたので、ご自由にお使いください。それでは」


 運転手はそれだけ言い残すと、静かなエンジン音とともに去って行った。

 指紋は実家かどこかから採取されたのだろう。

 連中なら、俺とミカがここに移動するまでの間に、それくらいできそうだ。


 というわけで、やってきた新居である。

 タワーマンションの最上階。

 一部屋ずつが10畳は優にある4LDK。


「すげえ……」


 魔王時代はこれとは比べものにならない城に住んでいたが、人間界では別だ。

 家族三人、ボロと言って差し支えないアパートに住んでいた。

 組織に自分を売り込んだのは、金銭面的な問題も少しあった。

 金払い良さそうだからな。


「こっちは命をかけてるんだから、これくらいわね」


 ミカはさして気にした風もなく、室内へと入っていく。

 以前も組織から豪華な部屋をあてがわれていたのだろう。


「ミカの私物が見当たらないが、これから運びこむのか?」


 50型を超えているであろう巨大なテレビを始め、豪華な家具がそろっている。

 しかし、室内には女の子らしいものは見当たらない。


「そんなものないわ」


「ないってことはないだろ」


「組織に入ってすぐは、訓練のために本部に泊まり込みだったし、その後は任務で忙しかったから」


 普通の女の子のような生活をする余裕はなかったというわけか。


「ミカはなんで組織に入ったんだ?」


 俺の問いに、ミカの表情が曇る。

 口に出したくない何かがあるらしい。


「言いたくないならいい」


「いいえ、これから相棒になるんだもの。

 助けてもらった恩もあるし」


「無理しなくていいんだぞ」


「いいえ……。

 あなたには聞いて欲しい。

 ふふ……こんなこと思った人、初めてね」


 ミカは寂しさと気恥ずかしさと緊張の知り混じった笑みを浮かべ、ソファに腰掛けた。

 俺もミカの隣に腰掛ける。


「あっさり女の子の隣に座るのね。

 学校じゃ女の子と話すこともできないようなキャラだったのに。

 本当に別人みたい……。

 緊張してる私がバカみたいじゃない」


 別人ということはないが、普通の人生ではありえないような経験をしたのは確かだからな。

 向こうじゃ、人間離れした美貌のエルフやサキュバスなんかもいたし。

 とはいえ、ミカも彼女達に負けない美しさだが。


「ちょうど4年前、私が中2になったばかりの頃……。

 優しい両親に、学校で成績一番の兄。家族四人でそれなりに幸せな生活をしていたわ。

 それが……忘れもしない、風の強い日曜の朝。

 少し遅めに起きて、リビングに行くと、そこには血まみれだった。

 ばらばらで転がった両親の前に、兄が立ってた。

 そして、血まみれの手に、両親の首がぶら下がってたの……」


 一生トラウマになってもおかしくない光景だ。


「もしかして、お兄さんが?」


「ええ。『奪う者(プランダラー)』になってしまったの」


「なぜ私は殺されなかったのかはわからない。

 私を見た兄は、少し苦しんだあと、どこかへ逃げて行ったわ」


「まだ捕まってないんだな?」


 俺の問いに、ミカはこくりとうなずいた。


「今もプランダラーが兄の体を使ってると思うと……。

 絶対に……許せない……」


 ミカのきつく握りしめた拳が小刻みに震えている。


 お兄さんを見つけたら、ミカは彼を捕まえるか、殺すことになる。

 ミカにそれができるだろうか?

 今はできると思っているかもしれない。

 だが、いざその場になると体が動かなくなるのが人間だ。

 

「それで、お通夜に主任が来てね。

 記憶を無くしていなかった私を、組織にスカウトしたってわけ」


「なるほどな」


 組織はプランダラーが起こしたかもしれない事件をチェックしているのだろう。


「今度はしゅ、愁斗の番」


 ミカは自分にそうさせているように、俺のことを名前で呼ぶことにしたらしい。

 対等にってことなんだろうが、テレて真っ赤になるくらいなら、やめときゃいいのに。


 さて、どう話したものか。

 それらしいウソをつくことはできるが、彼女は正直に話してくれた。

 ならば、俺もそれに応えるか。


「俺は今日、異世界に召喚された」


 今日と言うべきか、10年前と言うべきか微妙なところだが。

 とにかく、こちらの世界時間を基準として、今日だ。


「はぁ? ちょっと、まじめにやってよね」


「俺は真剣だよ」


 ミカ目をじっと見つめ、低く静かに、それでいて威圧感はなしで安心させつつ、微かに緊張感のある声音で語りかける。


「う……。

 そう。

 続けて……」


 それだけで、ミカは引き下がる。

 どこか抜けている印象のある彼女だが、地頭は良いようだ。

 こういった方法は、ある程度頭の回る人間か、逆に本能だけで生きているヤツにしか通じない。


「異世界に召喚された俺は、そこで魔王をさせられていた。

 俺が率いていた魔王軍ってのは、世界を掌握しようとする巨大国家だ。

 それを治めるというのは、とてつもないプレッシャーだった。

 優秀な補佐官が何人もいたが、それ以上に荒くれ者も多い。

 魔族達の精神構造は人間とほぼ同じだが、個々の持つ能力が高い分、常識も異なる。

 しかし、魔族にだって生活がある。

 彼らができるだけ戦で死なないよう、毎日頭を痛めたよ。

 世界の定めに従って、勇者達に『倒される』まで10年。

 そこで俺は色んなことを学んだ」


「10年!?

 その割には随分若いようだけど……」


「体の年齢は止まってたからな。

 異世界から帰ってきたときも、こちらの時間は進んでなかったし」


「その話が本当だとすると、あなたが今日使ったのが魔術っていうのは本当なのね」


「そういうことだ」


「すぐには信じられないけど……」


「そりゃそうだろうな。

 ただ、今夜ちょっとだけ俺の力を見せる。

 少なくとも、ミカの足を引っ張るようなことはしないってわかってもらえると思う」


「主任にも似たようなこと言ってたけど、証拠って?」


「それは後でな。

 それより、今の話は組織にはしないでほしい。

 あれこれ詮索されるとめんどくさい。

 コンビ間の秘密ってことでどうだ?」


「……わかったわ」


 ミカには悪いが、今のやりとりに「契約」の魔術を付与させてもらった。

 軽い気持ちで返事をしたのかもしれないが、これでミカの口から漏れることはないだろう。

 彼女は信用できる人間だが、いつ何があるかわからない。

 知らない方が危険が少ないこともある。


 あとは、この部屋にしかけられている盗聴器をどうするかだな。

 かなりの数がしかけられているのは、部屋に入ってきたときに、魔力によるソナー探知で確認済みだ。

 今の会話も、俺の話した内容はミカだけに聞こえるようにし、盗聴器にはたわいない世間話が届くようにしている。


 組織がまだ俺を信用していないのか、ミカに対してもそうなのか。

 またはその両方か。


 ここで盗聴器を外しても、別の方法で監視をしてくるだけだろう。

 ならば、これらを利用する方向で考えるのがよさそうだ。


「私はもう家族がいないけど、あんたんとこは?

 急に今日から家を出ます、なんて言って許すような親はなかなかいないと思うけど」


 ミカの疑問も最もだが、まあ心配ない。


「今頃、あっちはあっちで立派なマンションと、一生遊んで暮らせるお金をもらって喜んでるところだろ」


 ここに移動する途中、組織からそんな連絡が俺のスマホに届いていた。


「売られたってことじゃ……あ、ゴメン……」


 口に出してから、ミカは本当にすまなそうに謝った。


「いや、事実だから。

 両親はもともと家にほとんどいなかったし、金に困る生活をしていたからな」


 控えめに言って、うちの両親はクズだった。

 俺が異世界召喚をされる直前にもいろいろあったから、状況はさらに悪くなっているだろう。


 俺が組織への加入を希望する際、金のことが頭をよぎったのはそういった理由もあったのだ。


「そういえば、プランダラーで1つわからないことがある」


「なになに?」


 ミカが目をきらきらさせて聞いている。

 俺がなんでも先に予想してしまうので、質問されるのが嬉しいのだろう。


「奴らはなんで殺すんだ?

 記憶が消えるから捕まらない、ってのはわかる。

 だが、積極的に殺しをする理由にはならないだろ?」


「良い質問ですね。愁斗君」


 なぜ急に胸を張って偉そうなのか。

 ぷるんぷるん揺れて眼福ではあるが。


「プランダラーはその名の通り、人間の全てを奪うの。

 体だけじゃなく、記憶も」


「そういうことか……」


「えー? もうわかっちゃったの?」


 ミカはつまらなそうに唇をとがらせた。


「記憶ってのは性格や考え方を形作る大きな要素だ。

 そいつと同化するってことは、性格もそいつに似る。

 人間ってのは大なり小なり色々抱えてるもんだ。

 誰かを殺してやりたいっていう思いもな。

 それで、きっとプランダラーってのは、人間より理性が弱くなる。

 だから恋愛や金がらみでの殺しもする。

 そんなとこか」


「ちぇー。せいかーい。

 よくあれだけの情報でわかるよね」


 ミカは肩をすくめると席を立った。


「それじゃあ、お互いのことを少し知れたところで、

 共同生活のルールを決めましょう」


「ゴミ出し当番とかか?」


「その前に!

 こんな美少女と一緒に暮らすのよ?

 間違いがあったら困るでしょ。

 たいていの男なら返り討ちだけど、悔しいことに愁斗はたぶん私より強いし」


 自分で美少女って言いやがった。

 異を唱えるつもりはまったくないが。


「必要だわな」


 魔王時代は、女神に『性欲を無くす』という恐ろしい呪いをかけられていたせいでなんともなかったが、今は復活しているらしい。

 ラッキースケベハプニングなんてあった日には、理性を保てる気がしない。

 ルールは必要だ。


「それじゃあまずはお互いの部屋をチェック……って、寝室が一部屋しかないじゃない!」


 寝室にはダブルベッドが一つ。

 きれいに整えられたベッドの上に、メモが1枚置かれている。


 ――仲良くな。

   だが、エロいことはするなよ。


 主任の指示で置かれたモノなのだろうが……バカなのかな?


「エ……するわけないでしょ!

 ちょっと! こっちみないで!」


 ミカは両の腕でその大きな胸を抱く。

 膨らみが強調されて、よりエロい。

 

「とりあえず、明日は模様替えだな。

 お互いの部屋は必要だろ」


「そ、そうね。

 一緒に寝るだなんて言い出さなくてよかったわ」


 言わねえよ!


「とりあえず、ベッドがもう一つ来るまで、俺がソファで寝るか」


「それはだめよ!」


「なんで!? 床で寝ろと?」


「私をなんだと思ってるのよ!

 どっちがソファにするか、ジャンケンで決めましょ」


「こういうのって、男が譲るものじゃないのか?」


 正直、そういった慣習には思うところもあるが。


「私は男女対等主義なの。

 何かにつけて女を優先しろ、なんていうエセフェミニストと一緒にしないで」


「ほぅ……。悪くないね。

 好きになれそうだ」


「好きって……ちょっと! 変なこと言わないで!

 組織の構成員同士は恋愛禁止なんだからね!

 いざという時の判断に迷いが出るんだから!」


「いや、パートナーとしてな?」


「パートナー!?

 だからそういう関係にはならないって言ってるでしょ!」


 なに真っ赤になって勘違いしてるんだこの娘は。

 こっちが恥ずかしくなるわ!


「コンビとしてな!」


「はっ!?

 そ、そうよね! コンビとしてね!

 当然わかってたわよ!」


 ちなみに、じゃんけんの結果は俺の負けだった。

 ミカ相手のじゃんけんなら、常に好きな結果を出せるからな。

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