第5話 FILE 0-5

 壁を蹴り、一瞬で俺へと肉薄したメイドの両手には一振りずつのナイフが握られている。

 メイドは一本を投擲し、俺の動きを牽制しつつ、もう一本を俺に突き立てようと振り下ろしてきた。

 しかし俺は、一本目のナイフをつまみつつ、空いた手でもう片方のナイフの刃を『握って』止めた。

 おそらくミカと同じような装備を使っているであろう渾身の一撃を止められ、ナイフを押すことも引くこともできなくなったメイドは、再び驚愕に目を見開いた。


 ――キィィィィィ


 その瞬間、人間には聞こえない高周波音とともに、ナイフが高速で振動を始めた。

 分子レベルの振動で、握った俺の手を切断するつもりだろう。

 主任といい、メイドといい、判断が早く容赦がない。

 魔王時代なら、部下に欲しかったところだ。

 だが俺は、ナイフを握る手に少し力をこめた。


「そんな……」


 メイドが震えるのも無理はない。

 虎の子であっただろうナイフの振動を、俺は力任せに止めているのだ。


「冥子(めいこ)、下がりなさい」


 主任の指示に、一瞬悔しそうに口を引き結んだメイドは、一度の跳躍で主任の隣へと戻った。


「え? ちょっと、なにがどうなってんの?」


 完全に置いてきぼりなミカである。


「いやあ、勘違いしてたみたいだから乗ってみたんだけどさ。

 俺、組織の人間じゃないんだよね」


「はぁ!?

 だって、ここに入って来れて……え?

 私と一緒だからって、入れるようなものじゃないでしょ?

 だいたい、あなたが不審者だったら、運転手が気づくはずよ」


「ミカだけを対象から外して、俺の存在が悟られないようにしてみた」


「は? あんた忍者かなにかなわけ?」


「いるのか! 忍者!」


 こんな組織があるくらいだ。

 忍者が活動しててもおかしくない。


「いるわけないでしょ。バカにしてんの?」


 えぇ……。


「あと、ここのセンサー類も俺にだけ無効化してみた」


 科学系のセンサーは、各種魔術の同時発動で回避した。

 光を曲げたり、地面からわずかに浮いたり。

 風系で浮いても、結局は床に圧力がかかるので、ちょっと工夫が必要だったが。


 魔術の説明を始めると面倒なことになりそうなので、結果だけを伝える俺の説明に、ミカは納得できていないようだ。。


「トンデモ技術な上に対象限定……?

 そんな道具ありましたっけ?」


 ミカは主任に目をやるが、彼はゆっくり首を横に振るだけだ。

 そりゃあそうだわな。


「ちょっとまって。

 じゃあ、ここまで私に案内させたってこと!?」


「あ、気づいた?」


「く~~~っ!」


 ミカは真っ赤になって俺を睨んでくる。

 今にも飛びかからんばかりの勢いだ。


「この建物に、外部の者を招き入れるとは、失態ですよ」


「す、すみません……」


 主任の静かな声に、ミカはしゅんとなる。


「とはいえ、彼なら正面突破もできたでしょう。

 処罰は保留しておきます。

 それで、ここに来た目的は?」


 じっとこちらを観察する目だ。

 俺はその目を正面から受け止める。


「ああいった化物を見たのは初めてでね。

 何がおきているのか知りたかったのさ」


「ただの好奇心だと?」


「いいや、俺と俺が大切いしているものに害がないかの確認だな」


「もし、あるとしたら?」


「解決する」


「はっはっは。大した自信だ。

 本心からそう思っているし、その言葉を吐くだけの何かをあなたはお持ちだ。

 それは……我々とは異なる組織の技術……違う……。

 もっと他の何かですか……。

 まさか、魔術なんてことは……魔術……なのですか……?

 そんなものが実在するなんて、いや、しかし我々が相対しているモノを考えれば……」


「なかなかの観察眼だな。

 独り言や質問を俺に聞かせ、俺のかすかな反応から情報を正確に読み取ってる」


 俺が理解してほしいと思って、わざとらしくない程度に表現した情報をな。

 自分の観察眼に自信のある主任のことだ。

 まず信用しただろう。

 今回はウソもついていないから、ちゃんと伝わっただろう。


「おっと、わかりますか。

 では最後に。あなたは、『奪う者(プランダラー)』なのですか?」


「それがあの化物の名前か」


「ふむ……この質問には彼らも嘘がバレないよう、答える訓練をしていますから、なかなかわかりにくいですが……。

 少なくとも、今の質問でボロを出すような方ではないようですね」


「じゃあ、こっちから質問だ。

 『奪う者(プランダラー)』ってのはなんなんだ?」


「どこまでご存知で?」


「何も。

 今日、屋上で見たことが全てだ」


「なるほど。

 おいそれと外部の人間に話してよいことではないのですが……」


「世界レベルの機密ってヤツだからか」


「おや、わかりますか」


「ここは『日本支部』なんだろ?

 それにミカが使ってたオモチャ。

 ありゃ、未公開の最新軍事技術かなんかだろ。

 となれば、組織ってやつが世界規模だってくらい予想がつく」


 その技術の出処は……予想はつくが今は話題にだすのはやめておこう。

 本題から逸れすぎる。


「そうですね」


 主任はあっさり頷いた。

 ここまでは誰でも予想できることだ。


「じゃあ、奴らの正体について、俺なりの考えを言わせてもらう。

 当たってたら、俺の言うことを聞いて欲しい」


「そんなことをする義理はないのでは?」


「いいや、言うことを聞きたくなるさ」


「すごい自信だ。

 まずは話だけでも聞いてみましょう」


「まず、今日俺が遭遇した『奪う者(プランダラー)』は、うちの学校で3人殺してる」


「合ってるわ……なんでわかるの?

 私だって派遣されてから、被害者がもう1人いることに気づけたのは少し経ってからなのに」


「当時、行方不明だと騒がれた生徒が二人いた。

 俺はそいつらのことを俺はなぜか忘れていた。

 その二人に加えて、うちの学校にはしょっちゅう家出をする迷惑な生徒が一人いた。そいつとはちょっと交流があったんだが、そいつのことも忘れていた。

 でもって、三人のことを、俺が今日、突然思い出したからだ」


「ほぅ……今日、ですか」


 主任は興味深そうに俺を見た。


「どういう理屈かわからないが、プランダラーに殺されると、人々の記憶から消えるらしい。

 記憶が完全に消えるまで3日ってとこだな。

 多少の個人差はあるかもしれないが。

 ミカが『期限』と言っていた数字からの予想だ」


 記憶については、少なくとも個別に魔術をかけられたという感じではない。

 世界の理としてそうなった、といった規模ものだ。

 水を熱すると水蒸気になるように、世界のルールレベルでの事象だ。

 これがいったいどういうことなのかまでは、俺にはわからないが。


「なぜ『殺された』と断言を?」


「ミカの対処の仕方だ。

 できれば捕らえたいが、逃がすくらいなら殺すことを優先していた。

 仮にも、もともと人間の形をしていたヤツにその判断ってことは、相手も相応のことをしているはずだ」


 ミカが「また私なんかやっちゃった?」みたいな顔をしているが、これは彼女のミスではないだろう。


「ついでに、プランダラーってのはその名前からも推測できるが、人間の肉体……いや、脳か?

 とにかく、そのまま乗り移るみたいにぶんどるんだろう。

 そして、一度そうなってしまえば、もとの人間には戻れない」


 化物になる前の体は完全に人間だったしな。


「そして、ここで問題がある。

 人々の記憶から消えるってことは、目撃証言はとれなくなるし、被害者の家族はおろか、警察も覚えていられないんだろう。

 記録や物証があっても、誰も思い出せない被害者についての捜査が、まともに進むわけがない。

 地元警察が異変を察知すると、あんたらのところに連絡が入るんだろうが、3日という期限は短すぎるわな。

 結局はあんたらでも後手にまわる。

 だろ?」


「いやいや、今日得た情報だけでよくぞそこまで」


「すごい……」


 二人の驚嘆は、素直に褒め言葉と受け取っておこう。


「さらに言うと、あんたらは深刻な人手不足だ。

 組織の中枢や、現場で働けるのは、『3日経ってもプランダラーにより殺害された人間の記憶が消えない能力を持っている』こと。

 これが条件だ。

 そして、そういった能力を持った人間ってのは極めて少ない。

 でなければ今頃、記憶から消える人間について騒ぎになっているはずだからな。

 それに、プランダラーからすれば面倒な能力だ。

 記憶が残っていると気づいたら、そいつをすぐに殺すだろう。

 そうして、記憶の消えない人間はどんどん少なくなっていく。

 もちろん、組織に入ってからも死ぬ人間はいるだろう」


「そこまで読めているとは……。

 おっしゃる通りですよ。

 この流れで、お願いというのはつまり……」


「あんたらの組織に入れてほしい。

 ほら、俺の言うこと、聞きたくなっただろ?」


 記憶の消えない人間は一人でも多く欲しいはずだ。

 人手不足の中、組織はかなりしっかり機能しているようだ。

 国……いや、世界の中枢にまで根がはっているのだろう。

 一般には知られていないが、世界的にはかなりの危機感を持って対処に当たっているということか。

 公表されないのは、混乱を避けるためだろう。

 もしこんなことが公になったら、誰も信用できなくなり、世界経済は崩壊だ。


「戦力としては、申し分ないどころか、喉から手が出るほど欲しいのですが……」


「得体が知れないか?」


「正直なところ」


 そう言う主任がスマホにちらりと目をやった。


「身辺調査結果は、全く異常なし……ですか。

 それどころか、これまでの人生は、正直申し上げて冴えないものだ」


「ほっとけよ」


 この短時間で、いつの間にか俺のことを調べてたのか。


「本当に今日、何かの能力に覚醒した?

 そんなラノベかアニメみたいな……」


 そこでラノベを例えに出すあたり、ミカもこちら側だな?


「なぜ組織に入りたいのです?

 あなたなら、自分とその周囲くらならいくらでも護れるでしょう?」


 主任の言う通りではある。

 だが……。


「情報がほしい。

 たしかに、関東くらいなら目も届くが……」


「え? そんなに?」


 驚くミカだが、おそらくもう少し広い範囲まで行ける。

 しかし、絶対じゃない。


「全国となるとやはり難しい。

 それに関東と言っても、組織力なしでは、数に対処するのは不可能だ」


 条件によっては、広くも狭くもなるが。


「日本を護りたいと?

 失礼ながら、そういった正義感に燃えるタイプには見えませんが」


「もちろん、日本人全員を護りたいわけじゃない。

 俺が護りたいのは、大粋なゲームやアニメやマンガやラノベを創り出すクリエイター達だ」


「…………」


 しばしの沈黙。

 どうやら主任は、反応に困っているようだ。


「……あ、はぁ」


 かなりの間の後、腑抜けた返事をする主任。

 おいおい、大事なことだろうが。

 2回言うか?


「主任……」


 ミカが頬を赤くさせ、主任の方を向く。


「彼、信用できます!」


「はぃ?」


「オタクってのはそういう生き物なのです!」


「……あ、はぁ」


 だめだこれ、全然伝わってないやつだ。


「結果は出すさ。

 一匹でも多く、プランダラーを捕まえてやる。

 それ以上、何か望むか?」


「わかりました……。

 断っても勝手に動くでしょうし、それでこちらを撹乱されるくらいなら、お互いに情報交換できたほうがいい」


「そう言ってくれると思ったよ」


「ここで暴れられては困りますしね」


「これから仲間になるんだ。そんなことしないさ。

 ただし、俺の体を調べようなんて考えるなよ。

 そんなことをしても、俺の力は手に入らない。

 もし、おかしなことをしようとしたら、組織を潰す」


「あなたならできそうと、一瞬でも思ってしまうのが怖い」


 誇張表現じゃないんだけどな。


「証拠を見せるから、今夜は月でものんびり眺めてるといい」


「ちょっとそのセリフはクサくない?」


 ミカさんや。なんでこんなときだけ、ツッコミいれてくるかな。

 俺もちょっとそう思ったけどさ。


「ただ、監視はつけさせていただきます」


「当然だな」


 ここで野放しにするような連中ではないだろう。


「うわー、監視される生活なんて絶対やだよ」


 うん、ミカには既についてるけどな?

 気付いてないなら、それでいいか。


「というわけで、恵流川さん。

 あなたは今日から彼と一緒に住んでくださいね」


「「ふぇぁ?」」


 その判断には、さすがの俺も変な声を出してしまったのだった。

 それは予想外だったわ!

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