第2話 FILE 0-2
気持ち良い気分のまま帰りたいところだが、急いで確認したいことがある。
俺の能力についてだ。
生徒指導室で、意識せずに離れた場所の指紋が見えた。
もしかして、魔王の能力が残ってるんじゃないだろうか。
体の調子がめちゃくちゃいいし、壁をなぐったらそのまま校舎を破壊できそうな気がする。
少しでもいいので、早く試してみたい。
俺は放課後の校内で最も人が来ず、広い場所――
屋上へと向かった。
フィクション作品とは違い、多くの学校がそうであるように、この高校も屋上は立ち入り禁止である。
屋上へ続くドアに手をかけ、鍵穴に意識を集中する。
――『解錠(アンロック)』
呪文を唱える必要もなく、意識するだけで魔術が発動し、ドアの鍵はカチャリと小さな音を立てて開いた。
少なくともこの程度の魔術は使えるようだ。
禁呪や戦略級魔術をどこまで使えるかはわからないが。
意外なことに、屋上には二人の先客がいた。
一人は学校……いや、日本でもトップクラスの美少女、恵流川(えるかわ)ミカだ。
身長は平均よりもやや小さいが、胸のボリュームは学校一。
いつもは下ろしている長い黒髪を、今はポニーテールにまとめている。
クラスは違うが、俺と同じ2年生で、芸能界からのスカウトがたびたび学校を訪れるとか。
だが、病弱らしく、その全てを断っているという噂だ。
いつも物静かなその佇まいは、男女ともに羨望の的となっている。
もう一人は、冴えない男子生徒。
うちのクラスの山田だ。
わざわざ屋上で、それも鍵をかけなおしてまで何の話だろうか。
告白をしているのならば遠慮しようかとも思ったが、どいうもそういう雰囲気ではない。
少し離れて対峙する二人の間には、戦いの前のような緊張感が張り詰めている。
「つまり、久谷(くたに)さんと有田(ありた)さんの件、犯人はあなたよ! 山田!
証明……終了!」
恵流川は山田と呼ばれた男子生徒を、びしっととを指さした。
物静かで病弱って話はいったいどこへ?
もしかすると、演劇部にでも入ったのかもしれない。
次の文化祭で探偵モノでもやるんだろうか。
なんで本名で練習してるのかは知らんが。
久谷に有田ね。そっちも本名だろうか。
あれ……? そんなやついたか?
いや、間違いなくいた。
別の学年だが、それぞれバスケ部と野球部でそれなりに目立っていた。
珍しい名字だからよく覚えている。
しかし、異世界に行くまでの俺は、記憶から彼らの存在が抜け落ちかけていた。
異世界に行っていたから忘れたなどではなく、昨晩見た夢のように、すっぽりと抜けかけていたのだ。
それが今……いや、異世界から戻った瞬間、急に思い出せた。
強烈な違和感を覚えつつも、俺は恵流川達に意識を戻す。
「やれやれ、よく調べたもんだ。
オレはまだ『こちらに来て』間がなくてね。
失敗だったな……。
俺たちを狩る組織があるってことは、仲間から聞いてたんだ。
もっとよく知っておくんだった」
「あらそう。それは残念だったわね。
じゃあ、大人しく捕まってくれるかしら?
お仲間とやらのことも聞きたいし」
恵流川は腰の後ろから拳銃を引き抜くと、銃口をぴたりと山田の眉間に向けた。
実に様になった構えだ。
「捕まったら、二度と無事に帰しちゃくれねえんだろ?」
山田はじりじりと下がりなが恵流川を睨み付けた。
「さあ? それは本部の決めることだから。
どちらにしろ、抵抗するなら殺すしかないけど?」
恵流川から溢れたのは、明確な殺意だ。
演技……じゃねえなこれは。
平和な世界に帰ってきたと思いきや、なんだこれは。
「どちらにしろ殺されるなら、抵抗するに決まってらあな!」
山田は姿勢を低くし、恵流川にタックルをしかけた。
速いっ!
一流の格闘家と比べても遜色ないどころか、さらに速い。
人間離れしていると言っていいくらいだ。
「残念ね」
恵流川は迷うことなく引き金を引いた。
――ぱんっ。
サイレンサーをつけていないのに、拳銃からは小さな破裂音しかしなかった。
しかし、屋上のコンクリートに穿たれた穴が、拳銃が決しておもちゃなどではないと語っている。
見覚えのない拳銃だ。
俺は拳銃に詳しくないが、どうにも映画などに出てくる拳銃とは、基本的な造りが違うように見える。
最小限の動きで放たれた弾丸を、山田は真横にステップして避けていた。
さすがに弾丸を見てから避けたわけではないだろうが、いずれにせよ驚異的な動きだ。
「ちいっ!」
恵流川もまた、山田の動きに合わせて、銃口を向け続ける。
――ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。
連続で放たれる弾丸を、山田はかすり傷程度で避けていく。
「組織とやらの人間もこの程度かよ!」
恵流川に肉薄した山田は、力任せに殴りかかった。
技術も何もあったものじゃないが、当たれば女子一人程度、軽く吹き飛ぶだろう。
そんな山田の拳に、恵流川は飛びつき、腕ひしぎ逆十字固めを極めた。
拳銃は一連の流れの中で、ホルスターに収められている。
――ぼきんっ!
そのまま折りやがった!
一方の山田は、折れた腕を無理矢理引き抜きながら大きく飛び退く。
しかし、その着地を刈り取るように、恵流川はスライディング。
山田の右足を極め、折った。
そのまま背後に周り、腕で首を締めにかかる。
「ぐっ……ちきしょう……てめぇ、ほんとに人間か?」
山田は青ざめた顔で恵流川を睨み付けた。
片手、片足を折られ、残った足もまた、恵流川に捕まれている。
たしかに、彼女達の能力は気になるところだ。
――『測定(メジャーメント)』
魔術の発動とともに、俺の視界に二人のステータスが表示される。
もちろん、あちらの世界に『スキル』や『ステータスウィンドウ』といったゲームのようなものが存在するわけではない。
スキルという呼び名はあったが、それはあくまで個人が使える魔術や技術に名称をつけたものだ。
今見えているステータスウィンドウもまた、オリジナルの魔術で俺が作り出したものだ。
魔王軍最高戦力として、時には前線にも立ち、億を超える敵と戦ってきた俺は、その膨大なデータから、相手の力量を数値化できるようになった。
それをオートで視覚化できるよう組んだのが、この魔術だ。
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名前:山田 啓太
LV:8
物理攻撃力:10
物理防御力:10
魔術攻撃力:6
魔術防御力:15
スピード :8
備考:なし
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名前:恵流川 ミカ
LV:10
物理攻撃力:15
物理防御力:1
魔術攻撃力:0
魔術防御力:0
スピード :10
備考:
特殊装備の効果は一部のみ発動中のもの。
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ちなみに、地球の一般成人をLV1、ステータスも1としている。
なお、数値が2倍になったからといって、2倍強いという意味ではない。
男女の差程度は、異世界の人間とこちらの人間の差からすれば微々たるモノなので無視したざっくり仕様だ。
世界一の格闘家でも、それぞれの数値はせいぜい3~4といったところだろう。
これらの数値は、特殊なスキルを使われれば、当然ながら変動する。
あくまで、俺が見抜いた現状値ということだ。
さて、数値を見るかぎり、どう考えてもまともな人間じゃないなこいつら。
ただし、恵流川は特殊な装置で身体能力を底上げしているようだが、その真価はまだ発揮していないらしい。
「しょうがねえ。やるしか……ねえか」
山田は何かの覚悟を決めたようだ。
「やめておきなさい。戻れなくなるわよ」
「どうせ殺されるなら同じことだ!」
山田がそう言った瞬間、彼の体が一回り大きく膨らんだ。
「くっ!」
急な体積の変化に、恵流川はたまらずはじき飛ばされる。
山田の全身が紅潮し、筋肉もはちきれんばかりだ。
先ほどは一般人と変わらない太さだった腕も、一抱え以上にも膨れあがっている。
折られたはずの腕と足もしっかり動いているようだ。
「力が溢れてきやがる……これなら、負けねえ!」
山田は再びタックルをしかける。
迎え撃つ恵流川の放つ弾丸を、山田は正面から受け止めつつ、突っ込んでいく。
「なんで止まんないのよ!」
拳銃を撃ちながら、横へと大きく跳ぶ恵流川。
その背後にあったエアコンの業務用室外機に、山田はつっこんだ。
スチール製であろうそれらの機材は、山田によって吹き飛ばされた。
山田が機材の山からのっそりと立ち上がる。
その眼球はぎょろりと飛び出し、髪がごっそりと抜け落ちる。
急激な変化に体がついていっていないのだ。
「イグニッション!」
恵流川が銃身の背についているボタンを押した。
――どどどんっ!
すると、山田の銃弾を受けた部分が、爆発を起こした。
飛び散る肉片と血液。
さすがに少しよろめく山田だが、筋肉が収縮することで、出血は一瞬で止まる。
「うっわ……爆裂弾もだめ?
やっぱ、コレを使うしかないみたいね!」
恵流川は胸の中からグローブを取り出し装着、さらに腕にはめているスマートウォッチを操作した。
すると、クラシックな黒いセーラー服の上着が、ぴったりと体に吸い付くように密着し、巨乳の輪郭が顕になる。
グローブをはめた拳を、胸の前でガツンッと打ち鳴らした。
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名前:恵流川 ミカ
LV:20
物理攻撃力:40
物理防御力:30
魔術攻撃力:1
魔術防御力:1
スピード :50
備考:
特殊装備の効果発動中。
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これはすごい。
数値だけなら、人類最強を名乗っても問題ないレベルの能力だ。
スカートはただの防弾防刃仕様だが、上着と黒タイツ、そしてグローブが何か特殊な素材で作られている。
スマートウォッチを起点にした微弱な電流により、その性質が大きくかわるようだ。
ただ丈夫というだけではなく、何か人体に特殊な作用をし、人間のもつ潜在能力を無理やり引き出している。
「せいっ!」
気合一閃。
恵流川は一瞬で山田との間合いを詰めると、拳をみぞおちに叩き込んだ。
「ごばぁっ!」
山田の体はくの字に折れ曲がり、その足は屋上の床からふわりと浮いている。
肋も何本かまとめて折れたのだろう、鈍い音が周囲に響く。
人間の思考を読み取り、スーツ側が収縮することで、人間の動きをサポートしている?
どんな技術だよ!
さらに恵流川は、下がった山田の顎をつま先で蹴り上げる。
――どんっ!
およそ人間の体で発せられたとは思えない、低く鈍い音とともに、山田の体はきれいな弧を描き、仰向けに転がった。
「ふぅ。今日も戦乙女装衣(ヴァルキリースーツ)は絶好調ね」
ぱんっぱんっと手を叩く恵流川だが、それは油断というものだ。
ひっくり帰った山田と俺の目が合った。
気配を消しているとはいえ、ここまで直視されれば流石にバレる。
山田は跳ね起き、3メートルは跳躍しながら、俺の背後へと着地した。
飛び上がった時点で迎撃しても良かったのだが、こいつにはテストに付き合ってもらうとしよう。
「左端君!? なんでこんなところに!?
全然気配を感じなかった!」
「日本一の美少女に、名前を覚えてもらっていたとは光栄だね」
「こんなときに何言って――って、しまった! 病弱設定が!」
「お前もそんなこと気にしてる場合じゃないぞ」
山田は恵流川を睨み付けながら、俺の頭を片手でつかみ、そのまま釣り上げた。
「このまま見逃せ。でなければ、こいつの頭を握りつぶす」
ま、そう来るよね。
さてさて、どうしますかね。
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