第3話 FILE 0-3
学校の屋上で、化け物と呼んで差し支えない姿に変貌したクラスメイトに、頭を握りつぶされそうになっている。
魔王になる前だったら、比喩抜きでちびってるところだ。
「やめなさい! 今なら助かる方法もあるかもしれないわ!」
恵流川は目の高さに拳を構え、じりじりと間合いを詰めている。
「嘘をつくな!」
「――っ」
山田の一括で、恵流川は口ごもる。
「ここで説得材料がなくなるなら、最初から下手な嘘なんてつかない方がいいと思うよ」
「う、うるさいわね!
あなたなんでそんなに冷静なのよ!」
俺の意見に耳を貸す気はないらしい。
まあ、今更なアドバイスだが。
「せっかく忠告してあげたのに、そんなに怒らなくていいんじゃないかな」
「てめえ、なめてんのか」
山田は俺の頭をにぎる手に力を込めた。
「ん……む? ぐぐぐぐ……」
俺が痛がると思ったのだろう。
全くの手応えのなさに、さらに力を込めているようだ。
なるほど。
寝ているときも常時発動させていたパッシブ系のスキルは、こちらの世界でも有効らしい。
「なあ恵流川さん、この状況をどうにかする手段って持ってるか?」
手柄を奪ってしまうのも申し訳ないので、一応聞いておこう。
「今考えてる! だからそいつを刺激しないで!」
「いやあ、それなら自分の身くらい自分で護ろうかなと思うよ」
俺は自分の頭を掴んでいる山田の手首を軽く握った。
――ぼぎぃっ。
「ぐぎゃぁ!!」
鈍い音を立てて山田の手首が粉砕した。
体をひねりながら着地した俺は、山田と向かい合い、見上げる形になる。
「な、なんだ……何をした貴様!」
涙目になる山田くんである。
「ちょっと手首を握っただけだ」
どうせならかわいい女の子の手がよかったが。
「ふざけるな! 何も装備していないただの人間に、そんなマネができるか!」
現実を認めないとは愚かなやつだ。
とりあえず、物理攻撃力の上昇は、この程度なら使えるようだな。
次は魔術を試してみるか。
「くそがぁっ!」
山田はオリジナリティのかけらもない雄叫びとともに、無事な方の拳を繰り出してきた。
物理防御力のチェックもしたいところだが、この程度の打撃では、テストにもならなさそうだ。
俺は山田の拳を避けつつ、その腹部に二本の指で軽く触れた。
――『塵(ダスト)』
魔術を発動した瞬間、山田の体は微細な塵となり、風に溶けていった。
中級魔術も、問題なく発動するようだ。
それにしても、追い風でよかった。
塵をかぶっちまうと汚いからな。
「な、な、な……」
恵流川は、口をぱくぱくさせながらこちらを指さしている。
ヴァルキリースーツで強調された大きな胸がぷるぷる揺れている。
あれを開発した人間は、よくわかっている。
特に、下半身のデザインを黒タイツにしたのが素晴らしいね。
うむ、現代最高!
「そんなに驚かなくても、証拠は残してないよ。
痕跡を残すと色々面倒だろ?
殺していいものかは迷ったが、どうせ人間には戻れないようだったし、恵流川さんも殺す気みたいだった。
そもそも、元の山田君とは、中身は別人のようだったしね。
違うかい?
そうそう、恵流川さんが残した銃痕はそちらで処理してくれよ」
何かの組織に属しているようだから、そういった部門もあるだろう。
「そういうことじゃないわよ!
なんなの、その力!?」
うん、まあ知ってておちょくった。
「病弱な深窓の令嬢が、リアクション系面白美少女になってるなあ。
俺はこっちの方がスキだけど」
「そんなことどうでもいいのよ!
なぜそんな力を持ったヤツが……。
はっ! 言わなくていいわ。わかっちゃったから」
まじで? わかっちゃったの?
俺が思うに、キミのその洞察はたぶん間違ってるよ?
「『奪う者(プランダラー)』を見ても驚かないこと、そしてその強さ。
あなたも、組織の人間だったのね!
さっきのは組織の新兵器!
そうでしょ?
武器の発動すら死角で隠したのはすごいけど、私の目はごまかせないわよ!
さしずめ、私が失敗したときのバックアップということね。
事件から今日が期日の三日目。
やっと追い詰めたヤツを逃がすわけには行かないものね。
しかし、なめられたもんだわ。
主任に文句言ってやらなくちゃ。
私の推理、当たってるでしょ?」
ドヤ顔に胸を反らせる恵流川だ。
眼福だからもっとやってくれ。
セリフの中身は大外れだけどな。
さて……こちらに戻って来て早々、ろくでもない事態に巻き込まれたもんだ。
本来なら放っておいて、平和な生活に戻りたいところだったのだが……。
もし、今までの俺が気づいていなかっただけで、日常的にあんな化物が世の中に多数いるのだとしたら、大いに問題だ。
俺が楽しみにしている、マンガやゲーム、アニメのクリエイターや声優さん達が被害にあったらどうする!
手を出すべきかはまだわからないが、情報だけでも得ておきたい。
ネットで調べて出てくるような内容じゃなさそうだしどうするか……。
恵流川のセリフに出た『三日目』というキーワードが気になるが、ここで質問をするよりも、良い方法がありそうだ。
「さすが恵流川さんだ。
一発で見抜かれるとはね」
「ふふーん、やっぱりね。
私の洞察力にかかればこんなものよ」
あー、これ、本気でそう思ってるやつだ。
彼女、実はちょっと脳筋だったのかな。
いや、頭が悪いわけじゃないな。
ただちょっと思い込みが強いのか。
「これから報告に行くだろ?
せっかくの戦果だ」
「あなたの、でしょ?」
「いや、俺はいいよ。
俺が攻撃した時には、実はかなりダメージが蓄積しててね。
じゃないと、あの新兵器は効果ないはずなんだ」
「ふーん。
私に貸しを作ろうっていうの?」
「そんなつもりはなかったけど、もしそう感じてくれるなら嬉しいね。
あの恵流川さんに、小さいとはいえ貸しを作れたんだ。
俺が困った時に助けてくれると、とても嬉しい」
「ふ、ふんっ。あなた、なかなかわかってるじゃない。
うちの学校では目立たないぼんくらだと思ってノーマークだったけど、ブラフだったってわけね。
やるもんだわ」
ぼんくらとか!
魔王になる前の評価としては正解だわー……。
「まあね」
と、答えておこう。
「わかったわ。
報告は通信ですませようと思ったけど、日本支部に顔を出しましょう」
「主任に文句も言いたいしね。
だろ?」
「ふふっ。あなた、気に入ったわ」
恵流川はちょっといたずらっぽい笑みを浮かべつつ、サムズアップ。
いつもの上品な笑顔より、断然こっちのほうがかわいいな。
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