異世界帰りの魔王経験者、殺人事件を強引に解決する

遊野 優矢

第1話 FILE 0-1

「左端愁斗(さたんしゅうと)よ。魔王としてのお役目、ご苦労様でした」


 一面に広がる雲の上という、手抜きテンプレにもほどがある空間で、俺は女神を名乗るお姉さんの前にいる。

 お姉さんは、金髪ロングの薄着巨乳に8枚羽という、うっかりなんでも言うことを聞いてしまいたくなる出で立ちだ。


「人間の身でありながら、10年におよぶ使命を果たしたあなたに、奇跡を授けます。

 選びなさい。

 この世界で望みのモノを手にして生まれ変わるか、

 別の世界に転生するか、

 元の世界に戻るか」


「元の世界じゃ、時間はどうなってるんだ?」


 俺の肉体は、魔王になってからの10年、歳をとっていない。


「誤差なく、貴男を召喚した時に戻せますよ。

 肉体の時間も、その時から再び動き出すでしょう」


「じゃあ、元の世界にもどる」


「即答ですね。

 もっと迷うかと思いましたが」


「正直、元の世界に良い思い出はない。

 だが、こっちに転生した日はな、楽しみにしてたゲームの発売日前日なんだよ。

 もう事前ダウンロードも終わってて、0時からスタートできるはずだったんだ。

 西洋ファンタジーなRPGなのに、巨乳セーター&ミニスカ黒タイツなキャラが出るんだ!

 胸揺れがね。すばらしいんだよ。

 太ももも、尻も!

 昨今の規制に負けなかったメーカーにエールを送るためにも、ぜひともプレイせねばならんのです!」


「あっ、はい」


「反応冷たくね!?」


「あなた、本当に世界を恐怖に陥れた魔王ですか?

 露出度の高い服装なら、部下にいっぱいたでしょう」


「んなこと言ったって……因果律の均衡がどうのとか言って、無理やりやらせたのあんただよね!?」


 あと、露出度が高ければエロいなんてのは、素人の考えだ。


「そんなこともありましたねー」


「アンタ……10年前はもっと荘厳な感じだったのに、随分軽くなったなあ」


「魔王の威厳を身に着けたはずが、既にもとに戻ってる貴男も大概ですけどね?」


「魔王の方は、常に演技だったから!」


 正直、素の方が侵食されてきてて、独り言でも「我」とか言いそうになるけど。


「まあいいです。それじゃあ、元の世界に返しますね。さよなら~」


「軽い! 人に散々苦労させといてこの扱いって――――――」


……………………


…………


……


「はっ!?」


 一瞬か、そうでないのか。

 とにかく気を失っていた間の時間感覚はないが、気がつくとそこは、高校の生徒指導室だった。

 古風な学ランの詰め襟が首に触れる感覚が懐かしい。

 眼の前でスラリと長い脚を組み、こちらを睨んでいる二十代もそろそろ終わりを迎えようという美人女教師は担任の……


「ええと、誰でしたっけ?」


「相変わらず、あなたの脳にはウジが湧いているようね」


「ひでえ!?」


 そういやこんな担任だった。

 なにかと俺のことをいびりまくってたんだよな。

 最高の黒タイツだが、ノーサンキューだ。

 まあ、今のは俺もひどかったと思うが。


「イビリ先生でしたっけ?」


「揖斐川(いびがわ)よ! わざとやってんでしょ!」


「そうでした。んで、何の用でしたっけ?」


 名前はしっかり覚えている。

 むしろ、あちらんの世界に行く前よりも、記憶がはっきりしているくらいだ。


「今日は随分反抗的じゃない」


 揖斐川は鬼のような形相で俺を睨んでくる。


「すみませんね。口答えしない生徒相手に説教するのが、数少ないストレス解消法だったのに」


 魔王を経験する前の俺だったら、揖斐川の威嚇するような一声で、押し黙ってしまっていただろう。

 だが、こちとら、人間なんか比じゃないプレッシャーをかけまくってくる魔族と毎日一緒にいたんだ。

 この程度で今更ビビる理由はない。


「な……な……」


 思いがけない俺の反撃に驚いたのか、揖斐川は顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせている。

 これまで小馬鹿にしてきた高校生のガキが急に反抗してきたのだ。

 プライドを刺激されたのだろう。


 しかし今思えば、教師といえども社会経験10年にも満たない若輩者だ。

 しかも、学校(こんなとこ)に閉じこもって、毎年同じことの繰り返し。

 なぜ教師というものが、こうまで増長できるのか不思議でならない。

 一瞬の判断で、部下の命が数千数万と失われる恐怖と戦ってみろというものだ。

 はぁ……。

 こんなのに怯えて毎日を過ごしていたかと思うと、自分が情けなくなる。


 揖斐川は授業中もわざと難しい問題を俺にあて、笑いものにしていた。

 あんな問題、解けるヤツの方が少ないだろうに。

 そういった教師の発する空気はクラスメイトにも伝搬するもので、なんとなく俺は小馬鹿にされるキャラが定着していった。

 はっきりとしたイジメと違い、訴えようにもどうすればいいかわからず、ただなんとなく学校という場所を嫌いになっていった。

 実に無駄な時間を過ごしたものだ。


「不倫相手と上手くいってないからって、俺に当たるのやめてくれませんかね?」


「…………はぁ?」


 精一杯隠したつもりなのだろうが、その反応だけで正解だとわかってしまう。

 魔王であるということは、会社の経営者……いや、世界を獲ろうとする国の独裁者でなければならかった。

 そのためには、部下達のウソや不調程度は見抜けて当たり前。

 そうして身につけたのが、高い洞察力だった。

 一見地味な能力だが、俺が魔王をやっていくにあたって、超火力の魔術が使えたことよりも、重要だったりする。


「お互い結婚してるでしょうに、職場で不倫とか、教育上よくないんじゃないかなーと」


「何を証拠にそんなこと言うの? 子供はすぐドラマの影響を受けるんだから。

 おっと、キミの場合は萌えーなアニメかしら?」


 今時ネタ以外で「萌えー」とかいうオタクはいない。

 典型的な、マスコミの情報に踊らされるタイプだな。


「まず、結婚指輪をここ一ヶ月外していること」


 当時から観察していたわけではないが、意識して覚えたことでなくとも、なぜか記憶が鮮明に思い起こせる。


「し、仕事に邪魔だから外してただけよ」


「あなたの机にあるコップ。

 あれ、先生のでしょう?

 そこに、違う人間の指紋がついている。

 神経質なあなたのことだ。

 飲みかけのコップを誰かに触らせたりはしない。

 だが、アナタの口紅の跡とは別の飲み跡がある。

 それを許すのは、よほど親密な相手だ。

 さらにその指紋は、この部屋のノブについているものと同じだ。

 ドアノブの指紋は、次にだれかが強く触れることで上書きされる場合が多い。

 そして、最後にこの部屋を出たのは、現国の山崎だな。

 これらの状況から、あなたは山崎と不倫をしている可能性が高い」


 おっと、『先生』をつけ忘れた。

 どうでもいいか。


「指紋? 何を言っているの?

 そんなの見えるわけじゃない」


 言われてみればそうだ。

 だが、見えてしまうのだからしかたない。

 魔王時代に習得した、視覚強化のパッシブスキルが残ってるのだろうか。

 かまわず俺は続ける。


「もし二人ががうまくいっているのなら、あなたの機嫌はもっといいはずだ。

 思い出してみれば、ここのところ、稀に機嫌の良い日があった。

 そんな日だけは、俺はここに呼ばれなかった。

 あなたは、結婚相手とうまくいっていないか、仕事のストレスを不倫で解消。

 しかし、それも上手くいかないときは、はけ口を俺に求めた」


「ぜ、全部推論でしょ!」


 ほんとは、二人の匂いが重なって急に離れた跡があるだとか、色々と『視えて』いるのだが、言っても理解されないだろう。


「別に信じなくていいです。

 あなたをどうこうしたいと思ってるわけじゃないし。

 ただ、俺にかまうのをやめてもらいたいだけだ。

 特に今夜はやりたいゲームが出るので、すぐに帰って仮眠をとりたい」


 魔王業務の疲れもあるしな。


「ゲームですって!? バカにしてるの!?」


「個人的にあなたのことはバカにしてますが、教師という職業も大変だなと思いますよ。

 生意気なガキの相手を毎日しなきゃならないんですからね」


「この……っ!

 黙って聞いてれば!」


 黙ってなんてなかっただろ、とツッコミたいがこれ以上相手にするのもバカバカしい。

 掴みかかってきちゃってるし。

 あーあ、この人、教師が生徒に手を出したらどうなるかわかってないのかね。


 しかしおっそいなあ。

 トロルでももっと機敏に動くぞ。

 この手を捻り上げるのは簡単だけど、そんなことしても意味ないしな。

 こういうタイプの人は、力で負けたら自分が被害者ヅラするだろし。


 しょうがないな。掴まれてやりつつ――

 俺はスマホをポケットから取り出し、自撮りモードでカメラアプリを立ち上げた。


「はい先生、チーズ」


 揖斐川が俺の胸ぐらをつかんでいるところをばっちり撮影。


「な……」


 ここにきてようやく、自分の立場がわかったらしい。

 お顔が真っ青だ。


「消しなさい!」


「あ、クラウドにアップしちゃった。

 スマホ壊されても、いつでもサルベージできるから」


 嘘である。

 さすがに、どこにも用意していないクラウドに、この短時間でのアップは無理だ。

 今度、ちゃんと契約しとこう。

 ケチって、オプション全部解約しちゃってるからな。


「どうするつもり?

 まさか、それで私を脅すつもりじゃ……」


 揖斐川はその薄い胸を抱きしめる。


「安心してください。

 あんた程度の体に興味はないから。

 せいぜいおじさん達を悦ばせてやってくれ」


「このガキ……っ!」


「生徒にむかって、『ガキ』とかいかんでしょ。

 今後、俺にかまわないようにしてくれれば画像はどこにも出さないから安心してよ」


「ぐ……ギギギギ……」


 すげえ。悔しくて歯ぎしりする人、初めて見たわ。


「んじゃあ、そういうことでよろしくね」


 俺はさっそうと生徒指導室を後にした。


 気ん持ちいいわー!

 魔王業で鍛えててよかったわー!

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