第20話 エピローグ


 都市が一つ消えた。

 尋常でない損害を被った王国は、直ちにニエルティ消失の調査を行った。

 調査隊の規模は大きく、優秀な人材も多く投入していたが、調査は難航し最終的には打ち切られた。

 原因は、調査にあたった人間のことごとくが身体や精神に異常をきたし始め、それによってさらに人的損害を被ることになったからである。

 異形の如く変化した森が人間に影響を与えている事はすぐに分かったが、近づくどころか目にしただけでも危険なので、王国は有効な対策を打つこともできないでいた。

 やがて、王国の法律で巨大樹を視認できる広大な範囲が禁足地帯と定められる直前まで話は進んでいたのだが、とある報告によりこの話は保留となる。

 報告とは、精神に異常を来していた者たちの何人かがペンゲルースの町で正常に回復したというものである。

 詳細を調べると、調査隊の一人が故郷であるペンゲルースで療養していた際、とある少女に貰った木の実を食べた所、たちまちに体調が良くなったのだそうだ。そして、回復した男は木の実を幾つか譲ってもらい、王都に戻って何人かの仲間に分け与えた。すると同じように全員が回復したのだという。

 その後、役人が重症患者を連れてペンゲルースを訪れ、実際に少女と会って木の実を貰って試し、確証を得た。他にも、葉を煎じた飲み物でも大きな効果があることや、くだんの少女が触れただけで大幅に回復することなどもわかった。

 木の実は一年中っており、一度に沢山収穫できたため、苦しんでいた調査隊達は瞬く間に皆救われることになった。一口大の果実であるため運搬が楽だったことも一助となった。

 王国は、少女とその家族に聖なる木の管理を依頼し、実を高額で買い取ることにした。


『エスティスの家』は大きな財を成し、ペンゲルースの町も都市と呼ばれるまで大きく発展した。

 ピオニスは『清浄の乙女』と呼ばれ、多くの人から慕われた。崇拝されたと言ってもいい。彼女が結婚して産んだ子供たちも黒蝋濡の呪いに対して強い耐性を持っていたが、不幸なことに夫となる人物は早逝した。三人目の夫を亡くした後は、未亡人として生涯を過ごしたという。

  

 王国はエスティスの実によって黒蝋濡の呪いに対抗することは出来るようになった。しかし根本的な解決には至っておらず、巨大樹の可視領域を減らすべく背の高い木を植林したり、街道の要所に壁を作ったりするに留まった。

 もちろん、黒蝋濡を魔物と認定し呪いへの対策を整えた討伐隊を組んで森へ送り込んだりもしたが、帰ってきた討伐隊は皆無であった。

 結局、初期に提案されていた禁足地の設定が成されることになり、一帯が高い防壁で封鎖された。それでも、ピオニスの協力やエスティスの実のおかげでもあって、禁足地の範囲は大幅に縮小した。

 領土を大きく失う事になったが、王国の必死の対策によって黒蝋濡による呪いの被害はほぼ無くなった。

 そのかわり、防壁の傍を通った者が行方不明になる事件が時々発生するようになったという……。


 長い年月が経ち、王国の中でも特に神聖な都市として知られるようになったペンゲルースでは沢山の人が行き来している。不思議な都市で、エスティスの木と聖堂を中心にして広大な田畑があり、その外側を囲むように街があるのだ。

 黒蝋濡の森の傍を通行したりする者は必ずこのペンゲルースで食事をとり、エスティスの実を購入する。

 ピオニスは死後エスティスの木の根元に埋葬され、それからペンゲルースで収穫される作物はエスティスの実と同等の効果を持つようになった。その為、エスティスの実の購入は必須ではないのだが、黒蝋濡の森の恐ろしさを知る者は必ず入手した。

 相変わらず防壁付近での行方不明者は絶えなかったが、突如として無事に戻って来る者もいる。戻って来た者全員が女性であるというのは何かの偶然であろうか?

 黒蝋濡の森は静寂を保っており、防壁の中から外へ侵食してくる様子はない。

 

 ……今のところは。


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黒蠟濡の森 泥船太子 @green_gargantua

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