第14話 ロベリアと呪われた都市


 ベスレーレさんと別れを済ませた後、私達は特に何事もなく御屋敷の外に出た。こんなに広い屋敷なのに、人が全然居ないのが不思議だった。

「ロベっち。気をつけねーと死ぬぞ」

「えっ?」

 ダノルが急に怖いことを言い出した。訳が分からない。

 ジョーラムも厳しそうな顔つきになってダノルと同じ方向を見ている。

「どうしたの二人とも……」 

 向こうを見ると、入ってくるときに立っていた二人の門番さんがこっちに近づいてくるのがわかった。

「いいかロべっち、俺らから絶対離れんなよ」

 二人は右と左に分かれて私を挟むようにして少し前を歩いていく。

 近くまで来た門番さんが槍を構えて私に向ける。

 怖い!と思った時には、ダノルとジョーラムがあっという間に門番さんを叩き斬っていた。

「門番さん……私を殺そうとしてたの……?」

「……ロべ子。後ろ見てみな」

 ジョーラムに言われて後ろを見る。

 屋敷の周りから屋敷の使用人達がもゾロゾロと現れ、私達に迫って来た。皆、何かしらの武器を持っている。

「皆私を殺そうとしてるの……?どうして!?」

「ハッ!こいつらに直接聞いてみるか?」

 ダノルの方を見る。

 さっき二人がやっつけたはずの門番が、ゆっくりとだが再び動き始めている。

「嫌ぁ!!」

「嫌だってさ!」 

「そんじゃあさっさとズラかるぞ!」

 私達は慌てて逃げ始めた。


 逃げるのは簡単じゃなかった。

 広い通りに出た途端、沢山の通行人が襲いかかって来たからだ。

 最初にここを通った時はみんな普通だったのに、どうして急に変わっちゃったの?どうしてみんな私を殺そうとしてるの?さっきダノルが言ったみたいに誰かに聞けたらいいのに。

 ダノルとジョーラムは私の事を必死に守ってくれてる。鬼のように怖い顔をしてるけど、それがとても頼もしい。

 対照的に、襲ってくる人たちの表情はむしろ穏やかで、それがとても不気味で恐ろしい。「ころす……ころす……」と呟いてなければ敵意を感じなかったかもしれない。もっと不気味なのは、穏やかだったはずの住民達の表情が、打ち倒された後にはまるで別人のように生気のない苦し気なものに変わる事だ。

 

 私の目がおかしくなったのかな?


「ロべっち!ぼさっとしてんな!こっちだ!」

 狭い路地をうまく使いながら、ダノルは私達を先導していく。

 迫りくる住人達をやっつけながら、広場のようなところまでやって来た。

 けど、そこまでだった。

 広場の先、都市の城門までは狂乱の群衆で埋め尽くされているのがわかる。絶対に私達を逃がさないと言わんばかりだ。

「おいおいどうするよダノー!」

「……こんながっちり壁みたいになってるとは思わなかったぜ」

「もう……逃げられないの?」

「いや、……まだ外に出れる場所はあるっちゃあるが……」

 ダノルが東の方を見る。そっちの方に抜け道でもあるのだろうか。

 けれど、私達が通ってきた方からも住人達が追いかけてきていて囲まれ始めている。


 もう、ここで三人とも死んじゃうのかな?


 そう思った時、広場の植木が急に動き出して人を襲い始めた。動き出した木は、よく見ると外にある黒い森の樹木に似ていた。木だけじゃなく、住人同士でも争いが始まっている。

「……なんだ?仲間割れか?」

「なんでもいいだろ!今のうちになんとかしねーと!」

「それもそうだな!いくぞ!」

 ダノルが東の城壁の方を目指して走り出す。同士討ちを始めた住人たちの中を搔い潜りながら、ジョーラムが悲鳴のように文句を言った。

「一体どうなっちまってんだよこの都市は!」

「全くだ!イかれた住人と!住人に混ざった木人間と!黒い木のバケモノ!わかるのはよ!人間共はロベっちを殺そうとしてて、木の方は守ろうとしてるってこった!」

 黒い木が動いて人を襲ったのはわかる。でも『キニンゲン』ってなに?

「どういう事!?」 

「知らねぇーー!」

 ダノルの言った事が気になりながらも、私達は壁の近くまでやって来た。

「門番担当の衛兵達が使ってる通路があってな。ここは外に繋がってんだ。道も狭いし、普段人が少ねぇ所だから囲まれることはねえ。外側で待ち伏せされてたら終わりだが、行くしかねえ!」

 ダノルの言う通り、人は少なかった。だけど、壁の入り口から衛兵の人達が何人も出てきた。

「まあ、こいつらを相手にすることにはなると思ったけどな……」

 屋敷の門番と比べてここの衛兵は全然動きが違うみたいで、鈍いとは言っても彼らの相手をするのは骨が折れるらしく、屋敷からここまでの疲労も重なってかなりの時間が掛かっていた。

「二人とも!後ろからも来たよ!」

 追いつかれてしまった。完全な挟み撃ちになってしまった。

「クソったれ!!」

「チクショウ!!」

 そっか。ここまでなんだ私達。

「ごめんね二人とも……」

 

 諦めかけたその時。


「ワンッ」


 という勇ましい咆哮が聞こえた。


 後ろから迫り来る住人達をかき分けて、凛々しい中型犬が現れた。

 そして、襲いかかって来ている者達に向かって荒々しく吠え立てると、たちまちに彼らを怯ませた。

 この犬の事がそんなに怖いのかな?

「なんだ一体?うわっ魔物!?」

 ジョーラムが犬を見て驚き斧を振り上げる。

「待ってよ!」

「待てジョー!その犬……なのかはわからんが、そいつからは悪いもんを感じねぇ!」

「どう見ても犬でしょう!殺しちゃダメだよ!」

「ワンワン!」

「わ、わかったよ」

「いったいどっから声出してんのか分からねえが、助かったぜイヌ公!」

「ウォフン!」

 

 突如として現れた犬のおかげで私達は窮地を脱することが出来た。

 だけど、都市を出てからもまだ危機は去っていなかった。


 私達……いえ、私は、黒い森へと入らざるを得ないのだ。

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