第13話 ロベリアとベスレーレ
私を産んだというベスレーレさんに会いに行くのは少し怖かった。どんな顔をして会えばいいか分からない。それにずっと首の後ろ辺りがソワソワする。
「おいおいロベっち~。しけたツラしてんじゃねーよ。俺らと一緒の旅は気に食わねーか?」
「もしかして酔ったのかロべ子?吐くならちゃんと外に出せよ」
「酔ってないよ!」
乗合馬車にはダノルとジョーラムも一緒に乗っている。私の事を心配して護衛をしてくれることになったのだ。乱暴な物言いなのは私の気を紛らわせるためだってわかってる。いつもと変わらないふざけた雰囲気の二人が、今はとても頼もしい。
「ねえ、二人は昔ニエルティにいたんでしょ?どんな所なの」
「糞みてぇなところ」「辛気くせぇところ」
「もう!それじゃわかんないよ」
心底面白くなさそうな二人の声がしっかり揃っていて私は思わず笑ってしまう。
結局、ニエルティがどんな場所なのかは聞けないまま目的地に到着した。
ニエルティが城塞都市だということは知っていた。屋根のない馬車から身を乗り出して遠くに見えるニエルティをまじまじと見つめる。だけど近づくにつれ、都市よりもその向こう側に見える物が気になって仕方がなかった。
「あれって森……なの?」
私の知っている森は、もっと鮮やかな緑と濃い緑とで溢れていて、動物や鳥や虫たちの生命力を感じる場所だ。
だけど、目の前に広がる森はどす黒く、生き物が持つのとは違う血生臭い生命力を感じる。本当にこれは森なのだろうか?
不思議なことに、私はこの異様な森を見て変だなぁとは思ったが、そこまで怖いとは思わなかった。むしろ、ニエルティの中に入る方が恐ろしかった。
城塞都市の門前で馬車から降り、三人分の代金を支払う。
「……おいジョー。お前わかってんだろうな」
「そうだなぁ~。ロべ子のエスコートはダノーに任せっかなあ」
「チッ……。わかってんならいいんだ」
ダノルとジョーラムが今までに見たことが無いくらい怖い顔をしている。
「どうしたの二人とも?そんなに怖い顔して」
「怖い顔もしたくなるぜー!ここには嫌な思い出がたっぷりつまってるからよー!」
「そうそう!さっさと貴族のお嬢さんに顔見せて、さっさとこんな所からずらかろうぜロべ子~!」
二人はそう言い、持ってきていた剣と斧をしっかりと握りしめた。
特に何事もなく、話に聞いていた大きな白い御屋敷まで辿り着いた。けれどダノルとジョーラムはまだ何かを警戒している。
微動だにしない門番さんの横を通り過ぎ、屋敷の玄関まで歩く。
「……どうかしてるぜ」
ジョーラムが小さく呟いた。でもどういう意味か分からなかった。
どうしてわかったのか、私達が扉の前に来るのと同時に中からメイドさんが出て来て、深くお辞儀をしてくれた。そのメイドさんはあまり若くはないけど、とても容姿端麗で男の人みたいなカッコよさが滲み出ていた。目が合うと、一瞬だけとても優しそうな目をした。
「お待ちしておりました。お嬢様の部屋までご案内します。どうぞこちらへ……」
正面の階段を登って二階にある大きなお部屋へ入る。
そこには、とても綺麗な人がいた。初めて見る女の人なのに、どうして、こんなに懐かしい気分になるのだろう。
白金の髪、薄紫の目、小さく色白な顔。白い屋敷の白いお部屋で暮らすその姿はまるでお姫様みたいだ。豪華な黒いドレスだけがとても異質だったが、それがかえって美しさを引き立たせているようでもある。
「初めまして。私はベスレーレ。あなたがロベリア、よね?」
「はい。ロベリアです。……初めまして」
それ以上の言葉は私から出てこなかった。目の前の女の人と何を話せばいいのかわからない。
「あなたの……お母さんからはなんて聞いたかしら」
「……私は、ベスレーレっていう貴族のお嬢様が産んだ子だって、でも!あたしのお母さんはニルン母さんだから!」
私は大きな声を出した。貴族のお嬢様の顔を振り切るように、自分を大切に育ててくれた人の顔を強く思い浮かべた。
「ごめんなさい……。あなたに辛い思いをさせたかったわけじゃないの。ただ、一度だけ成長したあなたの顔が見たかったの……。安心して、ニルンとあなたを離れ離れにするような事はしないから」
ベスレーレさんが悲しそうな顔をする。
やめてよそんな顔。可哀そうだって思っちゃうじゃない。
「会うのはこれで最後で構わないわ。……だから、一度だけ。一度だけでいいからあなたの事を、……抱きしめてもいいかしら」
涙を目に浮かべて、今にも零れ落ちそう。
私は断る事ができなかった。あまりにも哀れに思えたから。
「……はい」
ベスレーレさんがゆっくりと歩いてくる。
私も少しだけ歩いて近づく。
ダノルとジョーラムも傍にいる。
ベスレーレさんが跪いて、私を強く抱きしめる。
私も肩に手をまわす。
「ありがとう……。ロベリア……」
ベスレーレさんの手が震えている。いや、手だけじゃなく身体もだ。
私は何も喋らない。
「……ねえ、ロベリア。最後に一度だけ、私の事を『お母さん』って、呼んでくれるかしら?ベスレーレ母さんって、ね?」
緊張が走る。
なぜか分からないけど、それは口にしてはいけない気がした。
「それは、……嫌です」
私はベスレーレさんから離れようとした。
でも離れられない。
強い力で私を掴んでいる。
怖い。
「そこまでにしときなお嬢さん」
ダノルとジョーラムが力ずくで私を引き剥がしてくれた。
ベスレーレさんはそのまま地べたに座り込み、苦しそうに頭を抑える。部屋の入り口で控えていたメイドさんが傍に寄り介抱し始めた。
「お逃げください」
メイドさんがそう言った。
私は意味が分からなかった。どうして逃げなければならないのだろう?
「んじゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらうぜ」
「ほらロべ子!行くよ!」
「う、うん」
二人の頼もしい傭兵は何かを感じ取っているのか、早くここから出たいみたいだ。
「えっと……。さようなら!」
せめて、別れの挨拶はしなきゃと思った。
「ロベリア!……元気でね……」
ベスレーレさんが最後に見せた笑顔は、とても穏やかで優しいものだった。
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