第15話 忠犬ロフケウス
ロフケウスは野犬の子犬だった。
他所からチェスティングの森の『淵留め』にやって来た野犬が産んだ、綺麗な金色の毛の犬。 兄弟たちは茶色とか黒っぽいまさに雑種という感じの毛色だったのに、一匹だけが違う色。
そのせいか、兄弟たちからは仲間外れにされ、母親からも見捨てられた。
家族から追い出された子犬は、なんとか一匹でも生きて行こうとしたが『淵留め』の他の動物や小さな魔物達は容赦がなく、子犬は傷つきながら必死に逃げ、森の深奥へと入り込んだ。
不思議なことに、森の奥まで追って来る生き物はいなかった。それに、今自分がいる領域にも他の生き物がいる様子は無い。
金の子犬は安心した。
そのかわり、食べ物を探すのには苦労した。木の実や食べられそうな葉っぱで飢えを凌ぎ何日か生き延びることは出来た。だが、なかなか空腹は満たされずに子犬は不安を感じ始めた。
子犬は森の外へ出ようと思った。森の中よりも、もっと食べ物がたくさん手に入るかもしれない。だがそのためには『淵留め』を通らなければならない。
覚悟を決めた子犬は走り出した。お腹が空いていたけれど、必死に走った。途中、いろんな動物達の気配を感じた。怖いと思ったが、なぜか追いかけてくる様子は無い。子犬は振り返らずに走った。一心不乱に走って、森の外の明るい場所に出た。
子犬はもうヘトヘトだった。お腹が空いて、歩くのもやっと。遠くには、大きな石の壁がある。あそこには、何か食べ物があるかな。
子犬はよろめきながら歩いた。だけど、もう遠くまでには行けそうにない。
近くに花がいっぱい咲いている。食べられるかな?
子犬は花の咲いている場所に横たわり、花の茎を齧る。
あんまり美味しくないけど、もうちょっとだけ生きていられそう。
「ねえスルア!こっちに来て!子犬が倒れてるわ!」
大きな生き物が近づいてきたけど、もう動けない。
「この子死んじゃいそう。助けてあげてよスルア」
「傷などはありませんね。ひどく疲れているか、空腹か……何か食べさせて見ましょう」
「私のサンドイッチをあげるわ!大丈夫よね?」
「犬が食べてはならない物は……入っていません。大丈夫ですよ」
「よかった!」
こうして子犬は助かった。
その後、まだ幼い貴族の令嬢ベスレーレに『ロフケウス』と名付けられた子犬は、シュティーペラン家で大事に育てられすくすく成長。
ベスレはロフケウスをよく可愛がり、自分自身でも一生懸命世話をした。
ロフケウスがベスレに対して強い忠誠心を持つようになったのは、いたって自然な事だったろう。
そして時は流れ、ベスレに危機が訪れる。
黒く恐ろしい魔物が、思うように動けなくなった主を苦しめようとしている。
そんなことはさせない!僕がベスレを守るんだ!
ロフケウスは主と魔物の間に割って入り勇ましく吠えたてる。
ベスレを傷つけるな!お前なんか噛み殺してやる!!
ロフケウスは樹木の姿をした黒き魔物の根元に噛みついた。
黒き妖樹は痛みに驚いた。こんな小さな犬の牙がこれほど自分に損傷を与えるとは思いもしなかった。
この時はまだ、樹木の魔物は動いたり根を触手のように操ることが出来なかった。しかし、自らの手足となって働く者はいた。
「ギャウンッ……!!」
ロフケウスは木こり達によってあっけなく惨殺された。
忠犬の遺骸はそのまま樹木の魔物の根元に埋められ、一部始終を見ていたベスレは朦朧とした意識ながらも涙を流した。
ロフケウスはそのまま樹木の養分になったかと思われた。
しかし、復活した。
どのようにしてか、樹木の魔物に捧げられた最初の『
ベスレはロフケウスの帰還を喜んだ。変わり果てた姿でも、愛おしい家族だ。
ロフケウスはずっとベスレの傍に居たかったが、ベスレが樹木の魔物の所へ赴くときは屋敷に置き去りにされた。必ず屋敷に戻って来ることは分かっていても、彼女の心と身体が深く傷つけられる事が許せなかった。
一方、贖罪でもある呪われた暮らしの中で既に精神が不安定だったベスレにとっては、愛犬の存在はとても大きかった、スルアと共にかけがえのない心の支えとなっていたのだ。
やがて、呪われた都市での、呪われた暮らしにも、終わりが来る。
ロベリアという少女と二人の傭兵がベスレの部屋から去った後の事だ。
もう我慢できない!!
ベッドの下に隠れていたロフケウスはベスレに纏わりつく黒蝋濡の蔦に噛みついた。
ドレスの様だった黒い蔦は瞬く間に萎れ、朽ち果ててしまった。
「ワンワン!」
ベスレ!悪い奴はやっつけたよ!
ベスレは力なくロフケウスを撫でる。
「ロフケウス……私はもう、ダメみたい。今までありがとう……」
ロフケウスには主の言葉の意味が分かった。とても悲しかったけど、最後まで主の傍にいようと思った。
「それでね、ロフケウス。お願いがあるの。最後のお願いだから、ちゃんと聞いてね」
ロフケウスはさらに悲しい気持ちになった。彼女が何を言おうとしているかわかったからだ。
「あの子を……ロベリアを守ってあげて……。私の、大切な、娘だから……」
「クゥーーン……」
「さあ行って。いい子だから……」
最後にもう一度頭を撫でてもらい、ロフケウスは走り出した。
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