第5話 二人目の犠牲者
ヴァンヘマンの死因はトーテンタスと同じであった。
ただ、死んだ後が大きく違った。
遺体からは舌が抜かれており、顎が外れるほどに無理やり開かれた口には大量の針が詰め込まれていた。口に入りきらなかったものは喉から下の方へと刺されていっている。抜かれた舌は何処に行ったのというと、机の上に置かれた本の中に挟まっていた。題名は『真実の言葉』。
非常に強い怒りと憎悪が動機だと捜査員は判断。喉の切り口からトーテンタス殺害事件と同一犯であろうとも認識され、犯人特定までそれほど時間は掛からないだろうと思われた。
司法局長が殺されたことで組織が一時的に混乱に陥ってはいたものの、優秀な捜査員たちの捜査は極めて円滑に進められていたと言えよう。
しかし、やはり、犯人は見つけられなかった。
深夜、都市の外では一組の男女が密会をしていた。
僅かな月明かりとカンテラの拙い灯火が、ひしと抱き合う二人の輪郭を浮かび上がらせる。
か細く震えている女はベスレだ。泪の小さな粒が頬を伝い、男の服に染みを作る。
ベスレをしっかりと抱きしめているのは『エパテヴィーロ』。司法局長の息子だ。彼はベスレの頭を優しく撫でている。
「僕は大丈夫だよベスレ。父さんは犯罪者から恨まれる立場の人だ。もしかしたらこういうことがあるかもしれないって覚悟してたよ。だから泣かないで」
「違うのエパ……。私、怖いの……!あなたにまで恐ろしいことが起こらないかって」
エパテヴィーロは陽気な笑顔を見せて否定した。
「そんなこと起こらないって!ボクが何か恨まれるような事をしたかい?それに法務官でもない、親父とも仲が悪い、長男でもない、ボクみたいな奴をわざわざ殺そうなんていう暇な奴はいないよ!可能性があるとしたら、王都で修行中の兄貴じゃない?」
「そんなこと言わないで!!」
ベスレはヒステリックに叫んだ。元気づけようと軽薄な態度をとってくれていることが逆に辛かったらしい。
「ごめんごめん物騒な事言っちゃって。とにかくボクの事は心配しないで。君がそんな辛そうに泣いてたら、そっちの方がボクは辛いよ」
「……あなたがずっと傍にいてくれたらいいのに」
「そうだね。そうできたら一番嬉しいのに」
「もしも、もしもよ……?都市を出て別の町へ行こうって言ったらエパはどうする?町じゃなくって王都へ行くのだっていいわ」
「それは……大変な事になりそうだね。でも……愛しいベスレがそうしたいって言うなら、うん。いいよ。ボクもついて行く」
「嬉しい……」
「……」
夜は深まってゆき、暗い空気が人間の心許ない体温を少しずつ奪い始める。
きつく抱きしめ合い、互いの熱を確かめるように二人は口づけを交わした。やがて男女の影はゆっくりとたどたどしく、都市の中へと戻っていく。
いくつもの影が見て見ぬふりをする中、たった一つの影だけは、不揃いな熱の行く末を見守っていたのだった。
ヒュールカミンの惨殺死体が発見されたのはそれから数日後の事である。
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