第426話 でも、本当は辛いはずだから
「マスター! お願いだヅラ、止めてくれヅラ!」
「どうしてマスター、なんで殴るヅラ!? 止めてくれヅラ!」
本物と偽物の頼みが一致する。どちらも必死に頼み込む。
だけど、止めてくれない。
「ぎゃああああ!」
もう一人の自分が、悲鳴を上げて苦しんでいる。
「や、止めてくれヅラ……。お願いだから、やめてくれヅラ、マスター……」
怯えている。殺されると、恐怖に体を振るわせている。
激痛の中でささやかれた精一杯の哀願に、駆は足を上げた。
「いやだヅラぁあああ!」
そう叫んだ幻影は、踏みつぶされ二度と話すことはなかった。
「…………」
一部始終を見終わったポクは言葉を失いうなだれている。
「ポク……?」
リトリィが優しく声をかける。だけどポクは俯いたまま返事をしない。
「そんな」
ヲーが怯えた声を出す。
まさか。そう思って振り返る。
今度は、ヲーが現れた。
自分が現れたことに口にしてはいけないと分かっていても、言ってしまう。
「マスター……?」
それは、縋るような声だった。
意味のないことだったのに。この門を通るなら誰であろうが殺さなければならない。ならどうすべきか。それはヲーとて分かっていた。だけどどこかで期待してしまったのだ。
もしかしたら思い留まり、躊躇ってくれるのではないかと。
そんな期待を打ち壊すように、駆はヲーの幻影を殴りだした。
「止めてくださいマスター! なぜ!? なぜこんなことをッ!」
「…………」
言葉が出なかった。幻影とはいえ、ここで見る幻影は本人の意識と繋がり本物と同様の扱いになる。その幻影をためらいなく攻撃するということは、本物の自分でさえ駆は躊躇い無く殴るということだ。
それがヲーには悲しかった。辛くて、苦しくて、今まで信じてきた忠誠が裏切られたようで、悲しくて仕方がない。
「うっ、っく!」
声を漏らすヲーにリトリィが振り返る。
(あ)
ヲーは、泣いていた。流れる涙が仮面の隙間から流れ出し、嗚咽する声が仮面越しにも聞こえてくる。
「く!」
拳は強く握られ、悲しみに耐えていた。
「ねえ、大丈夫……?」
心配するが、しかしヲーから返事はない。
二体の惨状にリトリィも目を下げる。
言葉が出なかった。なにも言えなかった。なんとも言えない気分だった。唖然と立ち尽くし、もう一人の自分が殺される場面を見せつけられる。
「でも、本当は辛いはずだから」
その言葉を言うために、心情を絞り出す。
たった一言。それは説得のためだったかもしれない。だが、そうあって欲しいという願いだったのかもしれない。心の片隅では今も葛藤し苦しんでいるはずだと。
そう思いたい。そう願いたい。
だけど、駆が浮かべる楽しそうな笑顔が、その願いを粉々にする。
「マスターには、きっと私たちが必要だよ」
自分の言葉が虚しい。なんとかそう言うが、空回りの励ましに乗ってくれる仲間は一体もいない。
駆の凶行にヲーは顔を逸らした。見ていられない。
「すまん」
ヲーは顔を背けたまま指輪の元へと戻っていった。ヲーの退場にほかの仲間たちにも動揺が広がる。
どうするか。ポクとリトリィで顔を見合わせる。
リトリィは必死だった。今は大事な時だ。マスターの悲願がかかっている。だからこそみなで支えていこうと決めたのに。
「み、見守ろうって約束したじゃん!」
訴える。常に飄々としている彼女には珍しく真剣な顔で。それだけ彼女にもこの状況が異様だった。
リトリィからの必死の訴え。しかしポクは気落ちした顔を下げ指輪へと戻っていってしまった。
「あ」
仲間のうちニ体が指輪へと行ってしまう。残るは自分、一体だけだ。
暗闇をずどんとなる足音が聞こえる。
「来たか、マスター」
ガイグンは駆の正面に立っていた。駆を見下ろす三頭の顔は険しく、笑みを浮かべている彼を真剣な目で見つめている。
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