第427話 駆君、変わったね

 すると真ん中の頭が顎を床に付けた。それは覚悟を決めた表情だった。目を瞑りどっしりと構えている。それに左の頭が動揺しているが、真ん中に倣って右の頭も顎を下につける。それを見て左の頭も恐る恐る顎を下ろした。


 駆は自身から見て左側からその頭に左手を置く。


 頭を撫でる。それは料理人がどう調理しようか食材を触るように。


 反対に食材からすれば死刑までのわずかな猶予だ。


 いつ来るか分からない死の瞬間。右の頭は目を瞑り怯えることなく身構えている。それはさすが上級悪魔と言える見事な姿勢だった。


 駆がデスザを発動する。それにより右の頭はぐったりと倒れ顔が横を向く。駆は移動し真ん中の頭に手を置いた。その様子に恐怖はない。死ぬ覚悟はすでに出来ている。そう言っているようだ。


 駆のデスザが真ん中を死亡させる。最後は左の頭だ。彼だけはまだ覚悟が出来ていないようで小刻みに震えている。歯はがちがちと音を立て目は瞑っているが駆から逃げようと顔を少しずつ逸らしている。


 駆が手を当てる。それにびくっと震える。伝わる恐怖に駆の笑みが大きくなる。


 左の頭は倒れた。首が傾き舌が口からはみ出ている。


 全員、死んでしまった。最後まで忠犬らしく主人のために命を果たした。


 結局、駆は止めることをしなかった。それどころか悩む素振りすらしていない。仲間であることを忘れてしまったかのように。


 築いてきた関係が崩れ落ちていく気がする。それが嫌で顔を背けてしまう。


 こんなものは、見たくない。


「やめてぇぇぇ!」

「え?」


 今聞こえてきたのは、自分の悲鳴だった。


 顔を上げた先。そこでは駆がリトリィを片手で握り締め、苦しんでいるもう一人の自分がいた。


「お願いマスター、やめて。痛いよぉ……」


 もう一人の自分が泣きながら命乞いしている。けれど駆は手を緩めることはせず、さらに力を込めていく。もう一人の自分の悲鳴がさらに大きくなる。


「あ」


 その光景に唖然となる。


 そんなもう一人の自分の横顔に、駆は親指を押しつけた。


「やめてぇ、マスター……」


 もう一人の自分が懸命に頼み込む。


「やめて」


 気づけば自分もつぶやいていた。


 駆が力を入れていく度に心が軋みを上げていく。亀裂が入っていく。


 あの駆が自分を傷つけている。大変なことも困難なことも乗り越えて、仲間なんだと当たり前のように思っていた。


 そんな相手が、自分を殺そうとしているのだ。


 それが辛くて、息が乱れて、瞼の奥が熱くなる。


「やめてぇ……」


 彼の背中に向けて、涙混じりに頼み込む。


 ボキ。


「――――」


 しかし、願いは届かず、駆の親指はリトリィの首をへし折った。


「…………」


 その光景に、これが現実なんだと思い知らされる。


 今の駆はもう違う。自分たちが思っているような彼じゃなくて、今まで築き上げてきた時間も絆も、そんなものなんの意味もなくて。


 自分はもう要らないと、そう言われた気がした。


「くっ」


 頬を涙が流れ落ちていく。


 リトリィは指輪へと入っていった。ここにはもう、居たくない。


 これでここには駆一人になった。壊れた人形を投げ捨て前へと進んでいく。


 家族も、仲間も、駆の歩みを止めることは出来なかった。心のよりどころだった大切な者たちはすべて死体となって横たわっている。


 殺しを重ね、死体を積んで、駆が通る道には死が轍となって跡を刻む。


「来たんだね、駆君」


 そして、新たな希望が現れる。


 それは天神千歌だった。不死王の姿ではなく学校の制服を来ておりメガネも掛けている。


 二人は対峙する。一人は人間だった頃。片や魔王へと成り果てた自分。


 千歌の表情が寂しそうな笑顔へ変わる。彼女が見る駆は不敵な笑みに歪んでいる。普段ならばまず見ることはない顔だ。


「駆君、変わったね。ううん、それともそれが本当の君だったのかな。暴力と殺傷を愛する殺戮の王。私の知ってる駆君とはぜんぜん違う。でも、それが君なんだ」


 隠されていた駆の本性。それに気づくことが出来なかっただけで、それが表に現れたのだ。


「ねえ、君が犬や猫を殺していた事件だけど、もし動物で我慢できなくなったとしたら。そのときは私を殺していたの?」


 千歌からの質問。自分の欲望にあらがえず犯してしまった殺害行為。けれどそれは先延ばしでしかない。行為は日に日にエスカレートしていた。もしあのまま続いていれば、次は人間を襲っていたのか? もしそうだとしたら、一番身近にいた人を襲っていたのか?


 千歌は聞く。その顔は深刻で声も強ばっていた。


 けれど、駆は答えなかった。


 駆は千歌に近づいていく。次に左手を広げ千歌の顔面に当てる。開かれた五指の隙間から彼女の顔が見える。


「そっか」

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