第425話 マスターを全力でサポートするヅラ!

 それはあまりにも残虐だった。あまりにも卑劣だった。あまりにも理不尽だった。


 あってはいけない、暴力だった。


 掴む手を彼女の胸ぐらに変え持ち上げる。苺は足をばたつかせ抵抗するがびくともしない。あとは大声で泣くだけだ。なぜ殴られるのか、こんな小さな子に分かるはずがない。誰にだって分かるはずがない。訳の分からない暴力を受けて、痛い、痛いと叫んでいる。顔は腫れ鼻からは血を流し、両頬には大粒の涙が通っている。


 駆は振りかぶった手を拳から抜き手に変える。


「ああああ! 痛い! 痛いよぉ!」


 そして、泣きじゃくる苺へと。

 その手を突き刺した。


「――――」


 胸を貫通する。その腕を引き抜いた時苺はすでに息をしていなかった。ぶらんと力が抜けた体がぶら下がっている。


 前は、触れることすら出来なかったのに。あらゆる希望を捨てるという試練に涙まで流して挫折した相手を、駆は容赦なく殺してみせた。


 駆が体勢を変えその横顔が見える。


「あ」


 その顔は、笑っていた。まるで美しいものでも見るように。


 それで理解した。全身の熱が下がっていくのが分かる。心が冷えていくのが分かる。


 彼は、変わってしまったのだと。


 動かなくなった苺に興味をなくし、駆は彼女の遺体を暗闇に放り捨てる。そして歩みを再開させた。


 次の希望(じんぶつ)はすぐに現れた。リトリィは見るのは初めてだったが大人の女性はすぐに駆の母親だと分かる。


「苺ぉお! 苺おおお!」


 愛娘を殺され走ってくる。駆の両肩を掴み激しい形相で詰め寄った。


「どうして!? どうして苺を殺したの? なんでよ駆!」


 その顔は怒りと悲しみが混ざり合って、なりより困惑した表情をしていた。どうして。なぜ。疑問形の言葉を途切れることなく吐き出している。


 必死に問い正す母を、駆は不敵な笑みで見つめている。


 駆は彼女の腕を払い、手を一閃させた。それは彼女の首をなぎ払い断面から血の噴水を作り出した。


 絶命し、物言わなくなった体を足蹴りし前へと進む。


 次に現れたのは同じくらいの年齢の男性だった。駆の父親は呆然と立ち尽くし信じられないように見つめている。


「なぜ……なぜ苺と母さんを殺した……? あんなに可愛がっていたじゃないか」


 絶望に沈んだ男の顔。その目からは光をなくし悪夢でも見ているようだ。


 そんな彼をにやりと笑いながら、駆は胸に手を突き出した。左胸に突き刺した手を引き抜くとその手には心臓が握られており、見せつけるようにして握り潰す。父親は意識を失い後ろに倒れていく。


 死んだ者に用はない。父親の横を素通りし駆は進んでいく。


 三つの試練。それを突破した。だけどリトリィに達成感は微塵もなかった。


 駆は、家族を殺した。妹を。母を。父を。本人同然の彼らを。躊躇うことなく容赦なく殺したのだ。


 それは見ているだけで辛くて、リトリィは暗い気持ちになる。前までの駆はこんな人ではなかった。自分たちの知っている駆は、こんなことが出来る人ではなかった!


 それが、妙に、とても悲しいのだ。


 だが、本当の絶望はこれからだ。


「ああ……」


 ポクが怯えたような声を出す。いったい何事だと俯いていた顔を上げた。


「あ」


 目に見えたそれに声が漏れる。同時に理解する。


「マスター!」


 前方からやって来たのは――


 紛れもなく、ポク自身だった。


 ここを通る者、あらゆる希望を捨てよ。


 その時が来たのだ、自分たちの番が。


「マスターを全力でサポートするヅラ!」


 意気揚々と片手を振り駆の前に現れる。


 その出来事に全員に動揺が走る。その中でもポクが一番怯えていた。自分そっくりの幻影を見つめ、駆に目を移す。それは弱々しい、すがりつくような目だった。


 反対に幻影は無邪気に駆を見上げている。今まで一緒に戦い困難を乗り越えてきた。全幅の信頼がその笑顔から伝わってくる。


 駆は緑の帽子に手を置き、それに気を良くしたポクは恥ずかしそうに笑っている。


 次の瞬間、その顔が殴られた。


「ぎゃああ!」


 ポクが倒れる。その体を拳で滅多打ちにする。痛がり、嫌がる体を無理矢理殴り続ける。


「うわあああ! ぎゃああ!」


 恐怖に悲鳴が上がる。


 だけど、止めてくれない。


「マスター……」


 その光景にポクの表情がみるみると青ざめていく。たとえそれが幻影だとしても紛れもなくそれは自分なのだ。信頼していた人が、自分を殴っているのだ。


 自分の体は痛くない。だけど、心が張り裂けそうに痛い。

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