第424話 ここを通るためにはマスターは試練を乗り越えなくちゃならない
「ここを通るためにはマスターは試練を乗り越えなくちゃならない。そうしなければマスターはここを通れないの」
駆は、今まで多くのことを頑張ってきた。多くの者を救ってきた。
リトリィ、ポク。ヲーやその仲間。ガイグンだって偽りの依頼から解放してあげた。それからも多くの戦いを経てみんなを救ってきた。
その彼が、まだ目的を達成していない。本当の目的を果たしていない。
「だからさ、私たちはマスターを助けてあげよう。ここを通れるように。なにがあってもマスターを見守って、支えてあげるって。ね?」
もらった恩を返すなら今だ。彼の目的の手助け。
「そうヅラね」
「分かった」
それは願ってもないことで、ようやく来た機会だ。
「ねえ、マスター……?」
リトリィは恐る恐る隣にいる駆に聞いてみる。けれどいくら待っても反応はない。あらゆる希望を捨てよ。その残酷さに一度は破れた。その門の前に立ち、緊張するなというのは無理な話だ。
しかしそうではない。
リトリィはゆっくりと横顔を覗く。
駆は、笑っていたのだ。
「…………」
これから自分がなにをするのか知っているはずなのに。以前はボロボロに泣いていたのに。今の駆は笑っている。なにがそんなに楽しいのか、笑っているのだ。
「マスター? ねえ、マスター?」
弱々しい声で何度も名前を呼ぶ。いつもならこれで振り返ってくれるのに。それでも駆は笑ったままで反応してくれない。
そんな駆を見て、リトリィはゆっくり視線を落とした。
「……行こっか」
駆は扉に両手を当て押し開ける。そこには暗闇の空間がありそこへ入っていく。数歩進むと扉は閉じられ唯一の光もなくなってしまう。
静かだ。雰囲気で言えば洞窟に近いだろうか。音も、光も、なにもない。だけど不思議と前は見える。リトリィにも駆の姿は明瞭に見て取れた。駆の足音だけがこの空間に響いていく。
一歩、一歩。足取りは淀みなく。
一歩、一歩。確かな意思で前へと進む。
そこにある、絶望に向かって。
「お兄ちゃーん!」
それは現れた。
「あ」
その姿に見覚えのあるリトリィは声を漏らす。
暗闇の中からこちらに向かって走ってくる小さな女の子。
それは義妹の夏目苺だった。
彼女は前回もここに現れた。記憶を元に再現されているのか、おまけに本人だと思い込む暗示までされる完全なる幻覚。
あらゆる希望を捨てよ。それが出来ず以前は失敗したのだ。
天真爛漫で明るい彼女は駆の前まで来ると元気よく手を上げる。
「オイース!」
アニメの影響で最近よくやっている彼女の挨拶。母親はよく思っていないようだが気に入ってらしい。
「お兄ちゃん、ガム!」
そう言って手を差し出す。彼女にはこうしてよくせがまれ、それが嬉しくてその度にお菓子をあげていた。
けれど駆はなにもしない。ポケットに入れてあるガムを取り出すことなくじっと見下ろしている。
「?」
不審に思い苺が小首を傾げる。いつもと様子が違う。どうしたのかと見上げるその目は無垢な小動物のように愛らしい。
駆は手を伸ばした。それは彼女の手ではなく頬に触れ、上にずらして頭を掴む。反対の腕は持ち上げて背中の後ろまで反らす。苺はそのまま駆を見上げているだけだ。
自分を見つめる苺の顔。
それを、殴った。
「!?」
小学生になったばかりの体は倒れ込み殴られた痛みに号泣している。
「ああああ! ああああ! お兄ちゃんが殴ったああ!」
地面の上で体を丸め顔を覆っている。
その光景にリトリィらは声が出なかった。それほどまでに衝撃だった。
駆は倒れた苺を何度も踏みつける。
苺の悲鳴がさらに大きくなる。駆に踏まれた場所を庇うため手が下がりその隙に顔面を思いっきり蹴り上げた。
それに飽きれば次は馬乗りになり顔を殴りつける。必死に抵抗する腕を掴み反対の手で何度も何度も殴った。
「ああああ! あああああ!」
泣くことしかできない非力な妹を容赦なく殴る。
駆は暴れる苺を無理矢理立たせた。それで逃げ出す苺だったがその体を掴まえ罰だと言わんばかりにまたしても殴りつける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます