第423話 指輪の中で休んでなよ、マスターには私がついてるからさ

「マスターはどこに向かっているヅラ?」


 てっきり魔王城へ帰るものかと思っていたが進路が違う。森の中に入っていくが目的地は違うようだ。


 不死王と未来王を倒し三王決戦は殺戮王の勝利で幕を下ろした。本来なら祝勝だ、城に戻って盛大に祝うのが自然だが。しかし駆の背中には慰めにもならない祝賀を置き去りにする覚悟があった。


 城とは別の進路を歩くが今の駆には声を掛けづらい雰囲気があり三体とも見守りながら後をついていた。


 仲間たちの心配を余所に駆は歩いていく。迷いのない足取りで。


 浮かべる笑顔の裏で自身でも分かっていた。


 もう残された時間は少ない。


 もう、余裕がない。


 その思いが駆の足を動かした。


 休むことなく歩き続ける。


「つ、疲れたヅラ」


 ポクの顎が上がっている。無理もない、これまでいろいろあった。


「指輪の中で休んでなよ、マスターには私がついてるからさ」

「でもだヅラ」

「ヲーも休んでなよ、いざって時にみんなバテてたら駄目でしょ?」

「そう、だな」


 いざという時のことを考えればここで三体とも歩いて体力を消費するのは賢いとは言えない。様子を見るのは一人で十分だ。


「頼んだ、リトリィ」

「はいよ」


 ヲーとポクは指輪へと戻っていった。


 それを確認し駆へと目を向ける。いつもと同じ、彼の横顔の位置に入っていく。


 いつも見ていた彼の横顔。その隣は大人しくて、落ち着いて、自分とは全然違うのにどこか安心感があって。いつしか自分の居場所になっていた。


 ふと隣を見る。獲物を狙うかのような目。興奮を隠しきれない口。いつもと違う危険な雰囲気が漂っている。その体に傷や怪我はなく歩く様は普通そのものだ。


 だけど気に掛けずにはいられない。


 なぜなら、無事なはずがない。さっきまであんなに苦しんでいたのに、それが進行して改善したはずがない。


 今の状態は、本当は恐れていたものなのだ。それに対し抵抗することすら出来ていない。


「マスター……」


 つぶやきが寂しい。駆はただ真っ直ぐと前を見つめていた。


 それから時間は経ちリトリィは見覚えのある場所に出た。


「この道は」


 森を抜け町を抜けた先、そこはこの魔界に初めて降り立った丘だった。そこにはリンボに続く抜け穴がある。


 駆は歪んだ空間へと迷うことなく足を踏み出した。リトリィも慌てて追いかける。


 向こうの空間は体育館の中だ。懐かしい。ここでガイグンと出会い初めて上級悪魔と戦ったんだ。


 体育館から出てさらに向かうのは正門だ。


「そっちは」


それで思い出す。そこにあるものを。


 正門には抜け穴と同じように歪んだ空間がありそこへ駆とリトリィは入っていく。


 目の前が真っ白になる。体を包む重力がなくなって体が軽くなる。自分が世界から切り離されたようになにも分からない。


 しばらくして、波の音が届いた。


 目をゆっくりを開く。リトリィの視界には清々しいほどの青空がある。その下には押しては引いていく赤い波が砂浜を濡らしていく。まるで血液のような真っ赤な海が地平線の向こうまで広がっていた。


 赤い海岸。地上にはない幻想的でありながらどこか寂しさと不穏な空気を併せ持つ場所。


 そんな自然な中に場違いにぽつんと置かれた台と扉。浅瀬の中に建てられた台の上には両開きの扉が設置されている。建物があるわけでもなく扉だけだ。


 駆は躊躇うことなく海に踏み込んでいく。ピクシーは飛んでいるので気にならないが駆も気に掛けている様子はない。扉を目指し他には脇目も振らない。


 階段に足をかけ扉の前に立つ。その扉は壁画になっており多くの人が炎に焼かれ苦しんでいる姿が描かれている。苦痛、苦悶、後悔、絶望。描かれる数々の表情はここがどれほど凄惨な場所なのかを表している。


 そして、扉の上にはここを通ろうとする者への警告文が掘られている。


『ここを通る者、あらゆる希望を捨てよ』


 この先には心が作り出す希望、それをすべて潰す絶望がある。


 指輪からポクとヲーが出てくる。ポクは二度目だがヲーは初めてだ。魔界とは違う青空を不可思議に見つめている。


「ここは」

「この先に、マスターの助けたい人がいるんだ」


 ヲーが振り返る。


「以前も来たことあるんだけど、その時は駄目だった」


 門の上の文字をを見上げリトリィは思い返していた。


 ここには以前も来たことがある。その時はまだ駆と出会ったばかりで他にはポクしかいなかった。この先にいる大切な人を救い出すために駆はこの扉に挑んだ。


 だけど、それは失敗に終わった。あれほど仲間思いで、誰かを助けることに躊躇いのない彼でさえこの扉を通ることは出来なかったのだ。


 いや、だからこそ通れなかった。

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