第409話 だれしもが、つよくなれますように……

別々の目標に向けた道は角度を少しだけ変えた。進むごとに両者の距離は離れていき交わることはない。


 これが、その結末だというのなら。


 それは、なんて残酷なのか。


「そう、終わるのね、私……。ここまでして、失敗するんだ……」


 敗北など考えていなかった。自分が終わることなんて、予想すらしていなかった。


 自身に訪れる想定外の死。だけど、千歌は落ち着いていた。


 見上げる先には駆がいる。自分の死に、大粒の涙を流してくれる。


「でも、少しだけうれしい」


 この死に彼の涙が手向けられるなら。


「君は、人のまま、私を殺してくれるんだ……」


 それは、地上では叶わなかったことだから。


 夢は砕け、破片が散らばる。


 その欠片の中に、ほんの僅かにも愛が残るなら。


「さようなら、かけるくん……さよう……なら……」


 彼女の瞳から光が消えていく。


「だれしもが、つよくなれますように……」


 不死王千歌。誰よりも人の強さを信じ、自由に捧げた彼女が、炎となって消えていく。


「ううう!」


 駆は、虚空となった空間を抱きしめる。そこにはもう誰もいない。彼女の体温も重さも感じない。


 ただ、無となったそれを抱きしめる。周りには彼女の炎が浮いていた。

 その炎が駆の体に集まってくる。それだけでなく体の中に入り込んできた。


「ぐ、がああああ!」


 部屋中にある炎という炎が引き寄せられるように駆に吸い込まれていく。駆は両手を床に付き全身が焼かれる痛みに耐える。


 炎が全身から吹き上げた。それが終わりの合図だったのか、痛みはようやく引いてくれた。


「はあ、はあ」

「マス、ター……?」


 ヲーがなんとか立ち上がる。体は重傷だ、けれど自分より駆の身を案じてくれる。

 駆もなんとか立ち上がるものの俯き両手で頭を抱えている。


「マスター? なにか――」


 駆の異変に近づく。


 が、駆はヲーの体を押し返し距離を取ってしまった。


「マスター」


 駆はなにかに耐えている。


 それがなにかは分からないが離された以上様子を見守ることにした。


「リトリィ、動けるか……? 今籠を壊すぞ」

「うん……」


 リトリィのいる籠に近づき槍で天井部を破壊する。それでリトリィは飛び立つがすぐにへなへなと床に着地した。彼女も焼けた籠の中に閉じこめられダメージがでかい。


「ご無事ですか?」


 そこへ扉が開けられ声が掛けられた。見ればそれはサラだった。


「サラ? なぜ君が」


 サラの背後には他にも何体ものリザード兵たちがいる。


「やはり、三体での出撃では心配で。数は少ないですが援軍に来たのです」

「そうだったか。ここに来るまで不死王軍とは?」

「それが、不死王が敗れたと騒ぎすでに撤退を初めていました。不死王に勝ったのですか?」

「ああ、マスターがやってくれた」

「駆様が」


 サラが駆へ向く。そこには未だ頭を抱える駆がいる。


「今はそっとしておいてくれ」


 本来なら不死王打倒に賛辞を送るところだがその異様な雰囲気に当てられる。まずは命に別状はなさそうなのがなによりだ。


「分かりました。ですがあなた方には治療が必要です。バイコーンの厩舎に馬車を見つけています。それに乗ってください、警護は私たちが」

「頼む」


 来た時と同じように歩いて帰るのは考えるだけでも苦行なのでそれは助かる。


「リトリィ、指輪に戻るぞ。外よりマシだろう」


 指輪に戻れば体の怪我や痛みが引くわけではないが歩く手間は省ける。


「ううん、いい」


 だが、リトリィは断った。


「無理するな、ここで意地を張っても仕方がないぞ」

「私はいいから、あんたは休んでていいよ」


 そう言うとリトリィは駆を見た。時折うめき声を上げ一人苦しんでいる。


「……分かった、無理はするなよ」

「こっちの台詞よ、馬鹿。……ぼろぼろじゃん」


 ヲーの怪我はここにいる誰よりも酷い。千歌の火炎を直接受けたのだ。前面は焼け黒く焦げた皮膚もある。瀕死と言って差し支えなく今も立っているだけで重労働だ。


「そうだな」


 リトリィの悪態に小さく笑いヲーは指輪へと戻っていった。


「駆様、こちらへ」

「マスター、聞こえる?」

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