第375話 ごめんね、リッキー……
悪魔召喚師からすればそれも驚異だろう。自分たちはライフという取り返しのつかない代償を払っているのに彼らスパーダは気力体力で使用してくる。消費する燃料がまるで違う。悪魔召喚師から見れば彼らこそが卑怯だ。
「だが数はまだまだあるんでね。これ以上長引かせても仕方がねえ、一気に終わらせてやる」
彼の目が鋭さを増す。言葉の通り終わらせる気だ。
「お前、こいつのこと好きだろ?」
その一言に心が引っかかれる。
「分かりやすいんだよ。だからそんなに必死なんだろ」
「だったらなんなんだな。愛理さんとみんなを放すんだな!」
「するわけねえだろ。こいつらは俺のもんだ。でもな、お前が好きなのを認めたらこいつだけは帰してやってもいいぜ」
「ほんとに!?」
「ああ」
吉岡からの提案。みなではないが認めれば愛理だけは助けられる。
誰にも言ったことはなかった。恥ずかしさと照れ、初めてのことですべてが手探りだった。自分だけの秘密だった。
だけど、そんなことを言っている場合ではない。
「僕は、彼女が好きだ」
負けを認めるように、力也は目を伏せる。悔しさに表情が歪む。
「誰だって?」
言葉を濁したことを見過ごさず吉岡が再度尋ねる。
力也は顔を上げ愛理を見た。そこにいる人質となった彼女。自分が見えているはずなのになにも喋らない。それどころかこのままではどんどん衰弱していく。
こんな形で言いたくなかった。こんなことならもっとちゃんと伝えておけばよかった。
初恋なんて、後悔ばかりだ。ああすればよかった、こうすればよかった。反省点ばかりで褒めるところがない。
そんな後悔ばかりで迷ってばかりの道のりだったけど、それでも変わらない本当の思いがあるから。
それを、思いっきり口にした。
「愛理さんが好きだ!」
歪な形での、純粋な告白だった。
「そうか」
力也の告白を聞き届ける。吉岡は静かに呟いた後、口元を大きくつり上げた。
「俺はすべてのライフを払い!」
「止めろぉお!」
それだけはしてはいけない。
必死な訴えは、しかし吉岡に無視される。
「出るだけ出てこい、新たな悪魔たち!」
赤い空、地上の面影を残した狭間の異界。
その空間が、魔法陣で埋め尽くされる。いったいいくつだろう。二十? 三十? そんなものじゃない。将来有望な若者の寿命、それをすべて費やした大量召喚だ。すべてに十使っているとはいえ数多。六十にもなる赤いゲートから黒き者たちが現れる。続々と、異形が顔を覗かせリンボに降り立つ。地面も空も一面悪魔という地獄絵図。
そして、その代償が払われる。
「うう……ああ……」
「愛理さああん!」
彼女の体がわずかに震え始める。見えない力によって生命力が吸い取られていくように。その震えが止まると両手がぶらりと下がる。
搾り取られた抜け殻。もはや操ることも出来ない。
「ほらよ、返してやる」
吉岡は愛理の背中を押し彼女が前のめりに歩き出す。力也は慌てて走り倒れる彼女を抱き留めた。
「愛理さん? 愛理さん!」
仰向けになる彼女。風邪でうなされているように呼吸は大きい。目は焦点が合っていなかったが意識が戻ったのか、視線が力也に動いた。
「リッキー……?」
「愛理さん!」
名前を叫ぶ。だけど反応は小さい。力が抜けて、今にも死にそうだ。
「ごめんね、リッキー……」
力也を見上げたまま、弱々しい声が響く。
「わたし、ばかだよね。あんな男にひっかかってさ」
あんなにも荒かった息が、もう、消えるほど小さくなっている。
彼女の様子に心が締め付けられる。心は絶叫するほどに否定しているのに、彼女の容態は治らない。
それが本人にも分かっているはずなのに。それか分かっているからなのか。
彼女は、愛理は最後に、笑っていた。
「こんなにいい男、そばにいたのにね」
それは弱々しい、力のない笑顔。萎れた花。
その最後の花弁が落ちるように、彼女の瞼が下りる。
息は、止まっていた。
「愛理さん?」
呼びかける。だけど反応はない。
「愛理さん!?」
体を揺らす。だけど反応はない。
「愛理さああん!」
涙がこぼれる。だけど反応はない。
彼女は亡くなった。腕の中で、静かに息を引き取っていた。
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