第376話 今日、お前はここで死ぬ
「うあああああ!」
彼女の体を抱き寄せる。小さな体。それを強く、壊れるほどに抱きしめた。
最愛の人だった。はじめて恋を教えてくれた人だった。守りたかった、絶対に。
なのに結果はこれ。なにも出来なかった。救えなかった。
喪失によってできた巨大な穴を埋めるように、悲しみがあふれ出す。
「そんなにこいつが好きなら一緒に死なせてやるよ」
悪魔が宙を飛ぶ。地を這う。何十にもなる黒い翼が力也に襲いかかった。
力也に悪魔が群がる。爪を突き立て牙が噛みつく。さらに後続が押し寄せ力也は埋め尽くされていた。
まるで軍隊蟻の狩りのように。大勢で囲んで獲物が見えない。黒い群衆が一つにまとまり蠢いている。その様は悪魔が密集した一つの球体になっていた。
それを笑いながら吉岡は見ていた。敵は悪魔が片づけてくれる。その代償も他人が払ってくれる。自分はただ女を操って楽しんでいればいい。こんなに楽なことはない。悪魔召喚様々だ。いや、それを使いこなしている自分の才覚こそ褒めるべきものだ。そう思い直してさらに笑いがこみ上げる。
その大笑が、この時ぴたりと止んだ。
「ん?」
小さな変化を感じ取り笑顔が真顔に変わる。
悪魔たちの動きが止まっている。いや、なにかを押さえ込もうと全身に力を入れ、膠着している。
それが一斉に弾け飛んだ。
それは爆発に近いものだった。何十という悪魔すべてが吹き飛び地面に激突していく。吉岡も両手を前にかざし強風に耐える。
いったいなにが起こった? すぐさま爆心地に目を移す。
そこにいるのは愛理を抱え片膝をつく力也の姿だった。しかもその体は無傷。さきほど悪魔たちの攻撃を一方的に受けていたはずなのにかすり傷すらない。
どういうことだ? 不可解な状況に思考が迷走をループする。
そんな吉岡の混乱をよそに力也は愛理の遺体をそっと地面に置いた。その額を名残惜しそうに撫でた後立ち上がる。
彼の目が愛理から吉岡に移る。
目が合った。瞬間、全身に緊張が走った。
視線から送られるすさまじいほどの感情の波。それが押し寄せる。
力也が一歩を踏み出す。
同時にこの場が急激に冷めだした。それは気圧の変化か、高山地帯は気圧が低いため寒いのと同じ。それが今度は一気に上昇し始める。気温がぐちゃぐちゃだ。
力也がさらに足を踏み出す。瞬間地面が沈んだ。
三歩目を踏み出す。直後風が巻き起こる。
怒りで大地が叫び。
悲しみに空が鳴く。
「なんだ?」
世界が震えている。
その中心に彼はいた。
重力変動の成せる技か、大質量の登場によるためか。
判別つかないなにかが、この場を一変させていた。
力也が吉岡の前に立つ。それを見上げて思う。
でかい。こんなにも大きかったか? まるで巨人に見下ろされているかのように萎縮する。
感じる違いは身長だけじゃない。彼の雰囲気だ。
まるでマグマのような怒り。見て分かる。肌で感じる。彼は怒っている。それも並じゃない。
「お前、名前は?」
そう聞かれ心臓が跳ねるほど恐怖した。
別人か? そう思わずにはいられない。それほどまでに先刻とはまるで違う。
「吉岡、浩人」
「そうか」
なんとか答えるがそれで精一杯。
声の振動。それだけで肌が痺れるほどだ。
「吉岡」
力也が見下ろす怒りに満ちた瞳。
燃える双眸が、吉岡を凝視する。
「今日、お前はここで死ぬ」
この時吉岡は二つ理解した。
この敵には勝てない。あまりに違いすぎる。
もう一つは、人は真に怖い時声が出ない。
力也の体が動く、その直前。それで察する。攻められる。力也の視線、指先の揺れ、重心が僅かに前屈みになる。それだけの機微で十分。最大級の危機感で警報が鳴り響く。
吉岡はすぐに人質を動かし前に置いた。言わなければ殺される。その一心がなんとか口を動かした。
「う、動けばこいつが死ぬぞ!」
愛理同様、その女子生徒も虚ろな瞳で首を掴んでいた。攻撃どころかこれ以上前に出れば殺すつもりだ。これでは手出し出来ない。
対して力也は片手を持ち上げ、それを振り抜く。
直後、女子生徒の顔は吹き飛んだ。
「え」
頭のなくなった首からは大量の血液が吹き出している。
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