第372話 いいから、重要なことだ
夕暮れに染まった帰り道。力也は一人自分の影を見つめ歩いていた。道路に伸びる大きな影が歩く度揺れる。それは不安定な心情を表しているようで、黒い自分が鏡のように自分を見つめていた。
それをじっと見ながら思う。
(これでいいんだ)
好きな人の恋を応援すること。それは自分の恋を諦めるということ。
(好き、だったんだけどな)
割り切るしかない。彼女の幸せを第一に考えて行動するべき。そう思うのに心のどこかで引っかかっている部分がある。
完全に踏ん切りなんてつかない。それもまた愛しているからなのか。
迷っているわけじゃない。ただ引っかかっているだけ。この影のように自分について離れない未練があるだけだ。
そんな時携帯が鳴り出した。誰かと思って見てみれば星都からだ。
「もしもし?」
『力也、ちょっといいか』
「え、うん」
通話口から聞こえてくる彼の声はせっぱ詰まっていた。何かあったようだ。
『お前が好きになった女の子、その子が好きになった相手って誰だ?』
「いや、それは……」
自分が好きになった相手というのは相当親しい相手でなければ明かしたく秘密だ。星都は信用できる友人だがだからとって勝手にそれを言うのは違うだろう。
『いいから、重要なことだ。デビルズ・ワンに関わっていることかもしれないんだ』
「え?」
デビルズ・ワン? 意外な言葉が飛び込んでくる。
本来なら教えない。しかしそういうことなら言わないわけにはいかない。
「確か、吉岡浩人って名前だったけど」
『やっぱりか!』
「やっぱり?」
『実はな』
やっぱりとはどういうことなのか。
「聞き込みしてて分かったんだが最近その浩人って男に惚れてる女子が多いんだよ。この一ヶ月で十人以上やつに惚れてる」
「それはすごいんだな」
自分とは別次元の話でただ唖然となるしかない。
『アホ、異常だよ! レオナルド・ディカプリオとトム・クルーズの子供でもそこまでモテねえよ!』
「じゃあどうして」
ますます分からない。モテる秘訣なんて力也には想像も出来ないことだ。
『いいか、悪魔っていうのはなにも人を襲うだけじゃない。人の心を操るやつだっている。もし相手に好意を抱かせることができるならこの数字も納得だ』
「じゃあ、これらは悪魔の仕業!?」
相手に自分を好きにさせる。それをすれば一ヶ月に十人以上口説くなんてことも不可能ではない。
それはすなわちその人が悪魔を利用している、悪魔召喚師ということに他ならない。
『でだ、力也。その浩人ってやつ今どこにいるか知らないか? その女の子に聞くとかよ』
「居場所……」
彼が今どこにいるか。友達どころか話したこともない相手だ。知る由もない。
「あ」
でも今日だけ、今だけなら分かる。
力也は走り出した。危機感が体を急かす。
『おい、力也? もしもし!』
友の声も聞こえない。スマホを切り一心不乱に走る。
頭の中に彼女の姿が浮かぶ。自分を守ってくれた時の彼女、自分をからかって笑っていた時の彼女。
自分を頼りにしてくれて、喜んだ時の笑顔。
手に入らない恋だった。届かない思いだった。
だけど、彼女は守る!
校舎三階、今は使われていない教室がある。力也は扉に手をかけ勢いよく開けた。
「愛理さん!」
夕日に染まった教室に入り込む。
そこには男女が抱き合い今まさに口づけしようとしていたところだった。教室の後ろ、窓際の角で背の低い愛理は目をつぶり顔を上げ、男の方はゆっくりと顔を近づけている。二人の顔がもう少しで当たるところだった。
「誰だ!?」
「リッキー?」
突然の闖入者に二人が振り返る。男は睨みつけ驚いた表情で愛理がつぶやく。
二人の抱擁、そして口づけしようとしていた光景に胸が激しく揺さぶられる。内側からかきむしる思いがあった。
それを耐えて力也は真っ直ぐと彼を見る。
「君が、吉岡君なんだな?」
「誰だお前。とりあえず出てけよ」
「ううん。君には質問がある。それに答えてもらうまで出て行くつもりはないんだな」
「はあ?」
彼が放つ怒気を帯びた声。当然だ、男と女がいい雰囲気だったところを邪魔されてば誰だって不機嫌になる。
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